第38話 幸福論
「……おぼっちゃま?」
ナツキの家に着いて、第一声。
そんなあたしのヒトコトに、彼はお腹を抱えて笑い声を上げた。
「確かに俺んちは金持ちかもしんないけど、おぼっちゃまとはな。初めていわれた」
「だって、この部屋だってうちのリビングより広いよ」
ゆうに二十畳はあるだろう私室に通され、部屋に設置されていた冷蔵庫から飲み物を受け取ったあたしは口を開けたまま部屋を見回していた。
まず、その外観からありえなかった。
レンガ作りの大きな家の周りには蔦がめぐっていて、庭はガーデニングが趣味ですとばかりに冬にもかかわらず花が出迎えてくれた。
自動開閉の門をくぐり、玄関までたどり着くのに一分はかかったと思う。
うちなんか五秒もいらない。
玄関を抜けて、あめ色の手すりに触れ、階段を上がっていちばん奥の部屋がここ。
他にも扉がいくつか見えた。
ナツキには申し訳ないけど、心底驚いた。
彼の外見からは、想像もできないお家だった。
「まあ、座れって」
足元には柔らかい真っ白なカーペット。
腰を下ろすのも正直ためらってしまう。
慣れたようにキングサイズのベッドへコートを投げ捨てたナツキは、そのままベッドの端に腰かける。
その足元の床に腰を下ろしたあたしは、なんだかとても居心地が悪くてしかたなかった。
「では改めまして、神原夏希です。どーぞよろしく」
「はあ。三波奈緒です」
頭上から差し出された手を握れば、昨日の感触が呼び起こされた。
どうしようもない夜に、あたしを救ってくれたこの手。
甘い顔に明るい髪、ピアス。
本当にいまどきのオトコノコ。
年下かと思ったのに、年上。
そして、どうしようもなく優しいひと。
「昨夜はちゃんと眠れた?」
離れていった手が、そのまま目元をなでていく。
ヒドイ顔をしたあたしの目は、ごまかしがきかないくらいはれあがっているのだろう。
たくさん泣いた。
泣かせてくれたのは、このひと。
「昨日は、ありがと」
「どういたしまして」
きっと少ししか笑えなかっただろうあたしに、倍になって返ってきた笑顔。
あのひととは全然違う、ナツキ。
あたしたちは、ゆずれない想いのために手を組む。
大切なものを失う覚悟を決めて。
「じゃあ、作戦会議といこうか」
友達をを失うかもしれない。
だけど彼は、きっと未羽をしあわせにしてくれるだろう。
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