第35話 ひみつのはなぞの 3
この花は、あたしだけのもの。
「おさな、なじみ?」
「そう」
「しかもヒロくんと同じ高校で、同じクラスなの?」
「そうそう。ちなみに家もご近所」
順番がすっとんでしまったけれど、ようやく知った衝撃の事実。
目の前で愉快そうにうなずくナツキは、あのひとと未羽にもっとも近い存在だった。
年上になんて全然見えなかった。
あのひとと、ナツキは本当に両極端。
目の前の彼は、その甘い顔立ちのせいかとても幼く見えてしまう。
普段なら年上には敬語をかかさないあたしだけれど、いまさら変える気にもなれず。
あのひとには散々、敬語をやめろって言われていたのに。
ナツキの言葉をすんなり信じてしまうのは、彼の幼さと素直さがひとに心を開かせるのかもしれない。
あたしがこんなに泣いたのだってはじめてのことなのだから。
「奈緒は未羽と同い年でクラスもいっしょだろ。俺が奈緒を知ったのは、未羽が話してくれたからなんだぜ」
立ち上がったナツキは、寒さで固まった体を伸ばすかのように空に手を上げた。
「奈緒はね、奈緒はねって、それはもう高校に入ってからはよく聞かされた。未羽はあんまり人付き合いが上手いほうじゃないから、昔から俺とヒロで守ってやっててさ」
未羽が人付き合いが苦手なんて、初めて知った。
あんなにいい子で、かわいいのに。
けれど、だからこそ女子からうとまれていたのかもしれない。
未羽のことを語る彼は、伸ばした手の先にある月をいとおしそうに見上げる。
まるで、そこに彼女がいるかのように。
「未羽のこと、すきなの?」
思わず口にしてしまった言葉は、もう取り返しがつかなくて。
あわてて口を押さえたあたしを見て、肯定も否定もせずにいたずらっこのように笑った。
「なのに、突然現れた奈緒に未羽をとられて、俺、マジ嫉妬。ジェラシー」
あたしが青いマフラーを見て、彼を想うように。
ナツキは月を仰いで、未羽を想う。
未羽のことを話す彼の口調はとてもやわらかい。
あたしもあのひとについて話すとき、こんな風に見えているのだろうか。
「――だけど、ヒロは奈緒に興味持った」
一変して声が硬くなった。
月に伸ばしていた手を下ろして、彼はあたしを捉える。
あのひとは、ナツキよりも強い感情をあたしに抱いていたのだろう。
妹の口からあたしの名が出るたびに、沸き起こる炎。
そんなことも知らないで、あたしは彼に出会ってしまった。
「アイツは、未羽を自分の手から放したくないんだよ。二人で生きてきたようなもんだから」
「ふたり、で?」
「奈緒はヒロのことも俺のことも聞かされてなかっただろ。未羽は、自分の家族について話さないからな」
未羽の家は両親が会社経営をしているために、常に家を空けていること。
幼い頃から、あのひとはそんな未羽を育てて、守っていてこと。
三人はいつも一緒にいたこと。
ナツキの口から語られる思い出。
見上げた真っ白い月の向こう側。
幼いあのひとと、小さな未羽。
「でも」
次の一言を発する前に、急にナツキの表情が曇った。
落とした視線の先に、なにを見ているのかあたしには分からない。
「未羽は、ヒロに兄以上の気持ちを抱くようになった」
『俺達は兄妹だよ』
反芻する、あのひとの声。
あんな顔を見たのははじめてだった。
『すきになりすぎて、どうしようもないひとだよ』
未羽の涙が、落ちてはねる。
彼女の苦しい恋に、あたしはずっと気がつかないでいた。
――つながる、糸。
「俺はあがこうと思った。けれど、ヒロは俺から未羽を遠ざけ始めた」
ばんそうこだらけの手を、ナツキは固く握り締めた。
あたしには見えない、二人の関係。
「奈緒のことをアイツが大事に思ってるとわかったいま、俺はこのままでいるつもりはないんだ」
幼さも、甘い笑顔も消し飛んだ、強い瞳。
うつりこんだ月は、あのひとと同じ。
「俺は、未羽を手に入れる。そのためには、お前が必要なんだよ」
月に叢雲。
花に風。
花園におとずれた、嵐。
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