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ドラマチック・ラヴァーズ
作:梶原ちな



第30話 うんめいのひと




 だれか、たすけて。



「――っ、おい!」

 揺さぶられる感覚とうずくような痛みに、目が覚めた。
 脳に直接叩き込まれるような大声の持ち主は、ぼんやりとした視界の中心で必死な形相をしていた。

「……あ、たし? っつ、」
「だ、大丈夫か? 救急車呼んだほうがいいか?」

 肩と、左足に強烈な痛みがはしった。
 けれど、救急車という聞きなれない言葉によってはっきりと思考がめぐる。

 そんな大ごとにするわけにいかない。
 どう考えても闇雲に走っていたあたしが悪いのであって、この人は巻き込まれただけなのだから。

「へ、いきです。ちょっと痛いだけで」

 ゆっくりと体を起こして、辺りに目をやる。
 ほのかな明かりはどうやら自販機のものだったらしく、真っ暗な住宅街の中でも相手の顔ははっきりと見て取れた。

 体を支えてくれている腕のせいで、顔が近い。
 よく考えてみればこの抱きかかえられている体勢は、ちょっといただけないんじゃないだろうか。

「はー、もう、俺死ぬかと思った。いや、死にそうだったのはアンタだろうけどさ」
「はあ……」

 相手の顔をよく見てみれば。
 明るい髪の色、ピアス。
 甘い顔立ちは、いかにもイマドキのひとみたいだった。
 某アイドルグループにいそうなカンジの。

 長い長いため息をつくひとは、安心したのかずいぶんと可愛く笑いかけてくる。
 これは、オンナノコに人気があるなと一瞬にしてそう思った。
 そんなひとに横抱きにされ、近い距離で会話をしている自分が何だか非現実的に思えてならない。

 胸の痛みは、肩と足に置き換えられて。
 真っ黒な気持ちは、衝撃によって拡散。
 でも、こんなのは一瞬だ。
 きっと、また波のように押し寄せてくるにちがいない。

 だって、今もすでに。
 目の前がぼやけはじめている。

「お、おい?」

 笑える。
 彼の前で泣かないと決めたのに、最後の最後でだめになって。
 大好きで、どうしようもなくあたしをしあわせにしてくれる友達を胸の中で汚して。

 走って、泣いて、知らないひとに迷惑をかけて、泣いて。
 いったいあたしは、何なのだろう。

 ちっともいい子じゃない。
 未羽にふさわしくなんてない。

 あたしは、最低だ。
 最低の人間だ。

「ごめんな!」

 なにを勘違いしたのか、目の前のひとはこれでもかというくらいに頭を下げた。
 思考の中に溺れていたあたしは一瞬にして引き戻されて、あっけにとられた。

「ホント、ごめん! 痛かったよな。一応避けたんだぜこれでも。間に合わなくて足をこすったみたいだったんだけど、まさかそんなに痛いなんて思わなかったんだよ。ホントごめんな」

 深々と頭を下げる彼は、どうやらあたしが痛みで泣いていると思ったらしい。
 原因が自分にあると思って自身を責めているのだろう。
 どう考えてもあたしが悪いのに、なんていいひとなんだろう。

「いえっ、あの、泣いてごめんなさい。違うんです。あなたのせいじゃないんです」
「でも、ぶつかったのは俺だし」
「ほんとうに、あなたのせいじゃないの。ごめんな、さい」

 もう、いっぱいいっぱい。
 誤解を解こうとしているのに、次から次に涙が出る。
 これじゃ、何の説得にもならない。

 あたしの体は、もう水であふれてしまってとめどなくて。
 自分の意思ではもうどうすることも出来なくなってしまっている。

 くちびるを強くかんで、どこかに力は入れているのに、嗚咽すら漏れてくる。
 泣く場所はここじゃない。
 だけど、もうどこにもない。

「――わかった。とにかく泣け。もうどんどん泣け」

 頭を上げた彼は、あたしの顔を見て何かを決めたらしい。
 どん、と自分の胸を叩いて、あたしの背をさらに押した。

「なんかの出会いってやつだろ。ウンメイみたいな。落ち着つくまで泣け。痛くなくても泣け。俺は場所を提供してやるから」

 押し付けられた顔。
 目の前には知らないひとの胸。
 彼とは違うにおい。

 泣けといってくれたその言葉にしがみついて。
 あたしはようやく声を出して、涙を流した。









ドラマチック完結記念
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