第26話 真白月が見ていた真実
首筋につきたてられた牙の感触。
逃げない。
もう、逃げられない。
冬のにおいを含んだ風が、星を流して月を隠す。
またもや、深い闇。
小さな外灯だけが、支えだった。
「まず、どうして定期を拾ったのか。あの日はもちろん遅刻したけれど、これはいい機会だと思ったんだよ。きみに近づくための」
足を組んで、ヒザにヒジを乗せて彼は頬杖をついた。
さながら探偵のような格好に、まるであたしが犯人で追い詰められているような気さえする。
「探すのは骨が折れたけれど、それだけの収穫はあった。まさか追いかけてきて、ホームから叫ばれるとは思ってなかったけどね」
見覚えのある笑い顔に、一瞬緊張がゆるんで、それから血が上がった。
確かに、あのときの自分の行動にも驚いたけど、そういうふうに思われていたのがたまらなく恥ずかしかった。
「帰りに駅で待っているきみを見て、俺がどれだけ嬉しかったか」
月明かりも星明りもない夜の公園。
ベンチからゆっくり立ち上がった彼が、一歩前に踏み出した。
その影を背負った姿に、口調に、一歩足を引いたところから砂と石が擦れる音がした。
音は足元から胸まで駆けのぼって、咲き乱れる花に強い風を吹きつける。
「これで、ようやく確認できると思った」
「か、くにん?」
「そうだよ。すれ違う電車から見ているだけでは、いまいちわからない部分が多かったからね」
電車。
すれ違う、あの瞬間。
彼はあたしを見ていた。
あたしは彼の視線に気がつくようになった。
目が合うようになったのは、いつからだった?
「きみを見ていたのは」
彼の言葉に気をとられて、いつの間にか距離は縮まっていた。
覆いかぶさるような影に飲み込まれていきそうになって。
でも、足が動かない。
「きみに近づくために定期を拾ったのは、きみがどんな人間なのか知りたかったから」
獣の目の中に、あたしが捕まる。
「あの子に近づいてもいい人間かどうか。俺はそれを知りたかった」
あの子。
その言葉を刻んだ彼のくちびるが、あたしの耳元に近づく。
耳から直接流された事実は、脳を揺さぶって、花を揺るがした。
「いつも未羽と仲良くしてくれてありがとう。きみは合格だよ」
彼の向こう側に見えたのは。
色を失ってしまったかのような、真白い月だった。
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