第24話 月に吼え犬
どうか、あなたを信じたいから。
「あのとき出した宿題の答えを教えてください」
つめたさと、ぶつかった感触とで、手はとても痛かった。
きっと彼も同じことだろう。
高鳴る胸と、押しつぶされそうな不安。
立っているのも、息をするのもその方法すら見失いそうだ。
「宿題って?」
目の前の人は、驚くほど表情を変えなかった。
ほんの一瞬だけ、その目があたしを捕らえたと思ったのに、すぐさま平常に戻ってしまった。
サワヤカに、にこやかに笑うひと。
あたしにうそをつくひと。
あなたを信じたいから、その口から答えが聞きたい。
「定期をわざわざ遅刻してまで拾ってくれた理由です。あとは、なぜあたしを見ていたのか、そのわけを教えてください」
笑うヒザに力を込めた。
爪が食い込むほど握り締めたてのひらには、嫌な汗がにじむ。
怖い。
耳を塞いで、逃げたい。
怖い。
でも、彼を信じたい。
「どうして、このタイミングなんだ? まあこの公園を選んだときから何かあるなとは思っていたけれど」
「え?」
「ここで俺がもし、奈緒のことが気になっていたからといってもきみは納得しないだろう? 何かキリ札みたいなものを持っているのかな」
笑顔。
張り付いたような、笑顔。
小さな外灯は彼の顔半分に影を作る。
もう半分の表情が、あたしの位置からは見えない。
「あなたは、あたしに、ウソをつきました」
ふるえる声。
彼の顔を、見るのが怖い。
「その鞄の中には、手袋と携帯電話が入ってます、よね」
「どうして、そう思う?」
「見たから、です」
肯定も否定されない。
正面を向いていられなくなってうつむけば、彼の影があたしの足元まで伸びていた。
まるで、飲み込まれるかのように。
暗く、深く。
見えない、闇の中。
「昨日、この公園であなたを見ました。……あたしの知らない、声で、笑ってました」
ゆっくりと、顔を上げた。
彼の靴、彼の制服、マフラー。
そして、その表情。
「ただすれ違うだけのひとが、偶然にも定期を拾ってくれて、そこからあたしはあなたを知りました。だけど、本当に偶然、なんですか?」
笑顔は、どこかに消え去ってしまっていた。
「偶然だと、いうのなら、信じます」
芽吹いた花。
咲き誇って、色づいて、この胸を染めて。
たまには雨をも降らせて。
それでも、大事だと思った。
偶然と彼が言うのなら、あたしはもう疑わない。
あたしに向けられたその言葉を信じる。
お願い。
偶然だといって。
どうか、あなたを信じたいから。
「――ミスったな。昨日の話を聞いていたのだったら、偶然も何もないだろう」
月が、雲間から顔を出した。
外灯よりもひかりを放つそれは、頭上からあたしたちを照らし出した。
目の前のひとは、だれ。
あたしの知らない、ひとが笑ってた。
|