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ドラマチック・ラヴァーズ
作:梶原ちな



第20話 シークレット・ラブ



 
 風もコンクリートも涙も、つめたかった。
 背中を撫ぜる手だけが、唯一のものだった。


 
 水没した胸からあふれ出る水は、とどまることなく目から流れ落ちた。
 嗚咽は吐き気をともなって襲いかかる。
 泣きすぎた頭に響く終わりの鐘の音が、どこかでじんじんと痛んだ。

 泣かずに過ごした夜のツケは、ここで一気に返ってきた。
 とめどない雨のように、屋上に降り注ぐ涙。
 あたしの背を黙って撫でる未羽は、どこか遠くを見ていた。

「み、はね」

 途切れ途切れのあたしの声に、未羽はようやくこちらを向いた。
 痛々しい表情を浮かべて。

「なに?」

 背中を行き来する手の温度は、直接この胸を撫でられているかのような感覚に陥った。
 あふれる花。
 あふれる水。
 彼の声が、消えない。

「すき、な、ひとが、できたの」
「うん」
「すきだと、思ったら、なにも、知らない、ことに気が、ついたの」

 アドレスも番号も知らない。
 あんな甘い声も知らない。

 手袋を持ってたなんて知らなかった。
 マフラーが貰いものだなんて知らなかった。

「どうしよう、でも、すきに、なったの。でも、どうしたらいいのか、わかんない」

 最後は、声をしぼりだすのも必死だった。
 なにを言っているのか、自分でもよく分からない。
 なにをどうしたらいいのか、分からない。

 背中を撫でていた手は、うつむいた頬に伸ばされた。
 涙は未羽の手を伝って、地面へ流れ落ちた。

「あたし、奈緒がすきだよ。ずっと奈緒になりたかった」

 顔が近づいて、こつんとおでこがぶつかった。
 伏せられた目に、長いまつげ。

 かわいくて、きれいな未羽。
 大事な友達。
 あたしはずっと未羽みたいになりたかったのに。

「頑張りやで、いっしょうけんめいで、強がりの奈緒がすきだよ。でもあたしも奈緒の全部は知らない。だけど、こんなにもすきになった」

 くっついたおでこは、外の風のせいでつめたかった。
 未羽が口を開くたびに振動が胸まで伝わった。
 あふれる水に波紋が広がる。

「もう嫌いになんて絶対なれない。奈緒のことすきだなって思う部分が、ここで声をあげているもの」

 自分の胸を二回叩いた未羽は、目を開いてあたしを見た。

「奈緒を泣かせたひとをぶっとばしてやりたいくらいだよ」
「み、はね」

 やわらかく笑う未羽の息が頬をくすぐる。
 思わず頬をゆるめたあたしを見て、未羽の肩から力が抜けたのがわかった。

「すきになったら、もうどうしようもなくなるよ。わかんなくなったら、聞いて、知って、もっとすきになって、この胸にためていけばいい」
「でも、」

 怖い。
 聞いてはいけなかった気さえする。

 あのひとがすきだけど、見えない部分が怖い。
 知らないままでいたかったくらいなのに。

「大丈夫。あたしがいるから」

 くっついたおでこをぐりぐりとこすりつけられて、頬をつかまれた。

「怖いのも恋愛の醍醐味でしょ。だからたくさん泣いたっていいんだよ」

 あの日の、空の色。
 土のにおい、風の音。
 小さな彼女の肩の温度。

『痛いとき、笑わなくていいんだよ』

 あのときの未羽の顔と重なって見えた。




 ようやくおさまってきた嗚咽と涙。
 未羽はフェンスの近くで体をのばしていた。

 柔らかな髪が風に舞って、きらきらひかる。
 きれいで、強くて、やさしい未羽。
 あたしを励ましてくれたあの言葉は、きっと自分の経験から生まれたもの。

 なんで、気が付かなかったんだろう。
 
「未羽のすきなひとは、どんなひと?」

 突然のあたしの質問に、ゆっくりと振り返った彼女は笑ってみせた。

「すきになりすぎて、どうしようもないひとだよ」

 彼女のこぼした涙が、空を割って流れた。













ドラマチック完結記念
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