第13話 かわいいひと
夜のはじまりはいつも緊張する。
めいいっぱいのイルミネーション。
腕を組み、体を寄せ合って歩くひとたち。
つないだ手は、もう冷たくなかった。
手があったかい体質で、本当によかったと思った。
「こ、混んでますね」
「この時間帯の駅前はさすがにね」
声が裏返って、ココロの中でわめく。
何でばかみたいに緊張しているんだろう。
こんなに混雑している中じゃ、誰もあたしたちを見ていないのに。
人ごみを避けつつ歩くために、何度かトナリの彼と体がぶつかった。
そのたびに謝っていたら、笑われてしまった。
「奈緒は見た目に反してずいぶん優等生だな」
「見た目ってどういうことですか」
口元を押さえて笑う彼の言葉にむっとして聞き返す。
そのとき、つないでいた手が急に引っ張られて、あたしは彼の胸におさまった。
「なっ、」
そのまま肩に手がまわって、パニック寸前。
そんなあたしの横をスーツ姿のおじさんが足早に通り過ぎて行く。
前のほうでは、そのおじさんのかばんが道行くひとたちに当たって不満の声が聞こえた。
納得。
あのかばんを避けるために、手を引いてくれたらしい。
「あ、りがとうございます」
「いいえ、どういたしまして。俺は役得」
「……もう離してください」
いつまでたっても離れない腕に、顔が熱くなってしかたない。
彼にもたれるようにして歩くあたしは、いったいどんな女に見られているのか。
べたべた歩くカップルを見て、恥ずかしくないのかなとずっと思っていたけれど。
恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
まずそもそも、カップルじゃないのに。
「女子高生にあるまじき純情って感じかな」
「は?」
「褒めているんだ。奈緒はかわいいって」
「からかってますね」
からかってないよと、ようやく腕を離してもらって。
それでも手はつないだまま。
かわいいかわいいと連呼されて、うれしくない女はいない。
オンナノコ同士のかわいいという言葉とは、違った響き。
たんにからかわれているのだろうけれど。
それでも、急に自分の格好が気になった。
前髪、ぐしゃぐしゃじゃないかなとか、靴下が下がっていないかなとか。
立ち並ぶ店のウインドウで見たあたしの姿。
隣で歩く彼の姿は、とてもかっこよくて、一緒に歩いている自分が恥ずかしかった。
「ここに入ろうか」
「あ、はい」
彼の足が止まったのは、レトロなカフェ。
オレンジの明かりが、木目を浮かせてとても落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「まずお茶にしよう。のどが渇いたし、混雑しているから休憩ってことで」
扉を押したとたん、上についていたらしい鈴がちりんと音を立てた。
窓側の席を選んで、そして離れていく手。
ほっと息をついたのは、緊張していたから。
少しだけさみしかったのは、どうしてだろう。
イスに腰を下ろして、小さく体を伸ばした。
だるい足と固まったカラダ。
自分で思っていたよりも、あたしは緊張していたようだ。
「気になっていたんだけど」
飲み物を待っているあいだ、窓の外を眺めていたはずの彼が口を開いた。
間が持たないと足をぶらぶらさせて話題を考えていたあたしは、彼の声にすぐさま反応した。
「なんですか」
「それ」
「ど、どれですか」
「だから、それ」
注文した飲み物が運ばれてきて、いったん話は中断。
甘ったるいココアのにおいと、コーヒーのかおりが席を包む。
それ?
自分の体に視線を落とす。
制服にゴミでもついていたかな。
それとも、顔になにかついていたのか。
「敬語。使わなくていいっていったのに」
制服の袖についていたほこりをはらっていたあたしを指差す彼。
ほっとして、ココアに口をつければ熱すぎてのどを通らなかった。
「だって、ヒロさんはあたしより年上じゃないですか」
「奈緒は一年?」
「あたりです。 ヒロさんは……三年生ってトコロですよね」
どう考えても彼は年上だ。
落ち着いているし、浮き足立ったところもない。
昨日分かったけれど、あんなに帰り時間が遅かったのはきっと勉強しているからだろう。
何たってあの有名高校に通っているくらいだし。
今日は、本当に良かったのだろうか。
「残念、二年だよ」
「でも年上には変わりないじゃないですか」
「早生まれだから、奈緒と同い年。なので敬語はナシで。あとヒロさんってのはいただけないな」
コーヒーを一口飲んで、考えるように彼は眉をひそめた。
前は呼び捨てにしろとかいってたけど、それは無理。
できるわけない。
「呼び捨てにって言ったとしても無理そうだから、くん付けで許してあげよう」
「……ヒ、ロくん?」
そうそう、上手と向かい側から褒められて。
そんなことで喜ぶ彼が、とてもかわいく思えてしまった。
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