第10話 スタートライン
「奈緒ちゃんお願い、オトコ紹介して」
「なおなお、今度遊ぼうよ。そのウワサの彼氏とさ」
女子高生は日々飢えている。
根も葉もないウワサに尾ひれがついて、大変なことになってしまった。
比較的クラスで上手く立ち回っているあたしだけれど、トモダチでもない子がいつのまにかトモダチになっていたりと、朝からどうしていいものかわからない。
どうやらあたしと仲良くなると、もれなくカッコイイ男子とお近づきになれるらしい。
残念ながらそんなオプションはありません。
四時間目終了の鐘が鳴り響いて。
同時に未羽の腕を掴んだ。
「未羽、あたしといっしょに逃げて」
「ちょ、な、奈緒?」
そんなこんなで、お昼休みイン屋上。
こんな寒い中、屋上でご飯を食べようと思う生徒はいないらしく、あたしたちの他にはだれもいなかった。
「寒い」
「だ、よね」
むきだしの膝の上にお弁当を広げた未羽は、隣でうらめしそうな声を出した。
横目で彼女を見てみれば、その目はじっとあたしを見つめていた。
「ごめん! ごめんね」
未羽のお弁当の上に、彼女の好きな甘い卵焼きをのせた。
買収なんてされないから、といいつつもフォークで刺して口に運んでいる。
「あたしも奈緒ちゃんに、かっこいいオトコノコ紹介してもらおっかな。知らなかったなあ、奈緒にかっこいい彼氏がいたなんて」
「それは、ウソなの。彼氏なんていないよ。あたしが好きなのは未羽だけだよ」
「また、そんなコトいって。で、朝に電車で手を振ってくれる有名進学校の、背が高くて顔が遠くてよくわからなかったけどかっこいい、多分年上、運動部というより生徒会役員ぽい彼ってだれ」
もぐもぐとよく噛んで、ペットボトルのお茶で流し込んだ未羽の口から、一気にウワサのもとになっている情報があふれだした。
よくもあのすれ違う一瞬で分かったものだ。
あの二人の観察力には感服する。
「それは」
別に言ってもなんてことはない。
未羽は大切な友達だし、クラスの子たちみたいに触れまわったり、ひやかしたりなんてしないと思う。
だけど。
「よ、よくわかんない」
それが、正直なところ本音だった。
電車ですれ違って、定期を拾ってもらって、マフラーを借りてしまった。
それだけのことを口で説明すればいい。
けど、あたしも彼のことがよくわからない。
『糸偏に広いと書いて、ヒロ。呼び捨てにしてくれて構わないよ』
わかるのはその名前と。
『……どうしてだと思う?』
『奈緒はかわいいな』
サワヤカな外見に隠された意地悪な性格と笑顔。
たった、それだけ。
「よく、分かんないひとなの。電車でよくすれ違うだけで、それだけで」
口に出して、泣きそうな自分に気がついた。
声がふるえる。
なんだか、バカみたいだ。
どうしてこんなに胸が痛いの。
「じゃ、これからだね」
隣の未羽が、風に煽られた自分の髪を押さえてあたしを見た。
「これからじゃない。好きになるのも嫌いになるのも。好きなところを見つけるのも、嫌いなところを見つけるのも」
フォークでりんごを突き刺して、あたしの口元に運ぶ。
ふるえるくちびるでくわえれば、未羽が笑った。
「好きになったら、教えてね」
その意地悪な笑い方があのひとに似ていて、小さな熱が頬を染めた。
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