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チート魔術で運命をねじ伏せる  作者: 月夜 涙(るい)
第三章:クーナの焔《ほのお》
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第十一話:ふぉっくす!



「クーナ、ちょっと待っていてくれ。すぐにお茶を用意するから」


 クーナを招き入れ、ベッドに座ってもらう。

 部屋に用意されている水差しの水を魔術で温めて、ティーポットにお湯を注いだ。

 クーナは緊張しているみたいなので、気分を落ち着ける効果があるハーブを使った。


「いい匂いですね。このお茶」

「街を歩いているときに、良さそうなハーブを見つけた。俺のお気に入りなんだ」


 エリンでは手に入らない種類のハーブだ。

 俺の好きなハーブなので、それなりの量を買いだめしている。


「ほら、クーナの分」

「ありがとうございます。ソージくん」


 クーナは俺からお茶を受け取り、ふうふうと冷ましながら啜る。

 彼女には、いつもより色気があった。やけにクーナの唇が気になって仕方ない。


「あっ、美味しいです。これ」

「喜んでもらえて嬉しいよ」


 クーナはゆっくりとお茶を味わって飲んでいる。

 そして、お茶がなくなり沈黙が部屋を支配した。

 俺は、クーナが話しかけてくるのを待つ。催促をするのは無粋だ。


「ソージくん、その、秘密にしていたこと怒ってないですか?」


 クーナが上目遣いになって、ためらいがちに尋ねてきた。


「それは、クーナがエルシエの長の娘ってことを、隠していたことを言ってるのかな?」


 俺の問いかけにクーナは無言で頷く。


「怒ってないよ」

「ほんとうに?」

「うん、本当に。どうして俺が怒らないといけないんだ」

「だって、私、エルシエのお姫様ですよ! 一緒に居れば変なことに巻き込まれるかもしれないですし、いろいろと面倒くさい女の子なんです! そのことを隠して近づいたんです。いつか言おうと思っていたのですが……今の生活が楽しくて、言うと、嫌がられそうな気がして、ずっと言えなくて……」


 クーナが声を張り上げてまくし立てるように言いはじめ、最後の方はどんどん小声になっていった。俺への申し訳なさのせいだろう。


「だから、なんだって言うんだ」


 俺は呆れたような口調でクーナに言う。


「だって……お姫様だったらって、あれ、ソージくん、気がついたあとも全然態度変わらない!?」

「あたりまえだろ。いちいち、クーナがお姫様だからって態度を変えていられるか、それとも、お姫様扱いしてほしいのか。だったら、それらしく振る舞おうか?」

「いえ、そんなつもりはないです。むしろ、いつも通りのほうがありがたいです」

「なら、いいじゃないか。それに、もともとクーナは俺のお姫様だよ」

「……そのセリフ、いつもどおりのソージくんです」


 クーナはジト目で俺をみて、冷たい口調で呟いて、そして笑った。

 そんなクーナを見て、俺も笑う。


「なんだか、色んな心配をしていた私がバカみたいじゃないですか」

「そうだ。俺をなんだと思っているんだ。俺は、クーナのためなら、王様だって殴る男だ。クーナがお姫様だろうが関係ない」

「それは言いすぎです」

「本気だけどね。実際、今日だってクーナを泣かせたエルシエの王様を殴ってきたよ」

「えっ!? 倒したって聞いたけど、そこまで!?」

「うん、おもいっきり、こう右ストレートが、相手の頬に綺麗にはいって気持ちよかった」


 俺の言葉を聞いたクーナが目を丸くして驚く。


「信じられないです。あの父様に……ほんとうにソージくんならなんでもできそうです。でも、できればその場に居たかったですね。その戦いを見たかった」


 クーナが残念そうに言った。

 俺も、クーナに見せてやりたかった。あれは、いい戦いだった。


「さすがに、クーナにもう一回見せるためだけに殴りかかることはできないかな。人として」

「誰もそんなことお願いしてないです!」


 クーナが、勢い良く突っ込みを入れていく。

 このテンポが心地よい。


「……ソージくん、改めて自己紹介させてください。本当の私のことをソージくんに知ってほしい。自分の口からちゃんと話したいです」


 そして、クーナが微笑んでそう言った。

 透明で、それでいて暖かな最高の笑顔。

 クーナはベッドから立ち上がり、俺と目線を合わせてくる。


「私は、クーナ・エルシエ。エルシエの長、シリル・エルシエの末娘にして、エルシエの歌姫。どうか、よろしくおねがいします。私はソージくんとずっと一緒にいたい」


 クーナ・エルシエと名乗るクーナには、いつもと違い、思わず跪きそうになるほどの気品があった。

 本当に、お姫様なんだっていうのが、伝わってくる。


「こちらこそよろしく。俺はソージ。ヴェルグランデ騎士学校の学生だ。いずれは世界最強の魔術師になる予定だ。死が二人をわかつまでに共に行こう」


 そして、二人で微笑み合う。

 やっと、本当のクーナに会えた気がする。


「最後の死が二人を分かつまでって、いったいなんですか」

 

 クーナがくすくすと笑いながら問いかけてくる。


「うん、言葉のとおりだよ。死ぬまで一緒にいようって。あとはちょっとしたおまじないかな」


 地球では、結婚式での言葉。

 クーナと添い遂げられるように願って口にした。

 これはまだ俺の胸の中だけにしまっておく言葉だ。いつか、この意味を解説しよう。


「私も約束します。死が二人をわかつまでに共に」


 胸が高鳴った。

 クーナは意味も知らずに言っているが、それでも嬉しい。


「ねえ、ソージくん。疲れてますか」

「今日は、いろいろあって少し疲れてる」

「じゃあ、こっちに来てください。尻尾枕してあげます」


 クーナが再びベッドに腰掛けると、ぽんぽんとベッドを叩き、尻尾を横に向ける。


「尻尾は、ずっと触らせてくれなかったのに、いいのか」

「はい、今のソージくんにならいいです。でも触るのはいいけど握ったらだめですよ。握ったらふぉっくすになっちゃいます」

「わかった。尻尾は握らない」


 俺は、クーナの言葉に甘えてベッドにいく。

 そして、クーナの豊かな尻尾に頭をあずける。クーナのふさふさの毛が柔らかく俺の頭を受け止める。お日様の匂いと、クーナの匂いに包まれて幸せな気持ちになる。


 そして尻尾を触ると、表面はさらさらとしてそれでいて柔らかく沈み込んで、極上の触感だ。


「どうですか、尻尾枕気持ちいいですか?」

「うん、最高だ。ずっとこうしていたい」

「なら、ソージくんが寝付くまでこうしてあげます。今日は、特別です」


 クーナが優しげな表情で見下ろしてくる。


「ねえ、クーナ一つ聞いていいか?」

「なんですか?」

「ふぉっくすってなんだ?」

「えっ知らないんですか?」


 クーナが驚いた表情をする。

 クーナは顎に手をあてて、そう言えば言ってなかったと呟いた。


「えっと、ふぉっくすって言うのは、火狐の尻尾をぎゅっと握ることを言うんです」

「なんだ、そんなことか」

「そんなことってなんですか!? 火狐が尻尾を握らせるのは、この人になら、自分の全てを任せていいって意思表示なんです。だから、永遠の愛を誓った相手か、絶対服従を誓った相手だけなんです。それぐらい、ふぉっくすは特別なことなんです」

「なるほど、行為に隠された意味があるのか」

「意味があるってだけじゃなくて、尻尾握られると火狐は気持ちいいんです。体の奥がぎゅっとなって、熱くなって。母様も、大好きな人に握られると、本当に幸せな気持ちになれるって言ってました。私もたまに一人で……って何を言わせるんですか!」


 クーナが顔を真っ赤にして俺を睨みつける。

 なるほど、それは大事だ。

 間違っても俺以外のやつにふぉっくすなんてさせてやらない。


「クーナ、ふぉっくすしていいか」

「なっ、なっ、なっ、何を言っているんですか?」

「俺はクーナを一生大事にするよ」


 それは本心だ。俺はクーナと一緒に生きていくためにこの世界に来た。


「本気なんですね……じゃあ、私も真面目に答えます。今はダメです。今は、尻尾枕で我慢してください」

「そうか、理由をきかせてくれないか」

「秘密です。言ったら、ソージくん絶対に無理しちゃいますから」


 クーナが優しげな笑みを浮かべた。


「そうか、それは残念だ……」


 眠気が押し寄せてくる。

 この尻尾が俺を深い眠りに誘う。

 意識が遠ざかっていく。


「でも、今はだめでも、ソージくんなら、いつか、ふぉっくすさせてあげると思います。それぐらい私もソージくんのことが……いえ、なんでもないです」


 最後にその言葉が、聞こえるのと同時に俺の意識は闇に包まれた。

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