第十一話:ふぉっくす!
「クーナ、ちょっと待っていてくれ。すぐにお茶を用意するから」
クーナを招き入れ、ベッドに座ってもらう。
部屋に用意されている水差しの水を魔術で温めて、ティーポットにお湯を注いだ。
クーナは緊張しているみたいなので、気分を落ち着ける効果があるハーブを使った。
「いい匂いですね。このお茶」
「街を歩いているときに、良さそうなハーブを見つけた。俺のお気に入りなんだ」
エリンでは手に入らない種類のハーブだ。
俺の好きなハーブなので、それなりの量を買いだめしている。
「ほら、クーナの分」
「ありがとうございます。ソージくん」
クーナは俺からお茶を受け取り、ふうふうと冷ましながら啜る。
彼女には、いつもより色気があった。やけにクーナの唇が気になって仕方ない。
「あっ、美味しいです。これ」
「喜んでもらえて嬉しいよ」
クーナはゆっくりとお茶を味わって飲んでいる。
そして、お茶がなくなり沈黙が部屋を支配した。
俺は、クーナが話しかけてくるのを待つ。催促をするのは無粋だ。
「ソージくん、その、秘密にしていたこと怒ってないですか?」
クーナが上目遣いになって、ためらいがちに尋ねてきた。
「それは、クーナがエルシエの長の娘ってことを、隠していたことを言ってるのかな?」
俺の問いかけにクーナは無言で頷く。
「怒ってないよ」
「ほんとうに?」
「うん、本当に。どうして俺が怒らないといけないんだ」
「だって、私、エルシエのお姫様ですよ! 一緒に居れば変なことに巻き込まれるかもしれないですし、いろいろと面倒くさい女の子なんです! そのことを隠して近づいたんです。いつか言おうと思っていたのですが……今の生活が楽しくて、言うと、嫌がられそうな気がして、ずっと言えなくて……」
クーナが声を張り上げてまくし立てるように言いはじめ、最後の方はどんどん小声になっていった。俺への申し訳なさのせいだろう。
「だから、なんだって言うんだ」
俺は呆れたような口調でクーナに言う。
「だって……お姫様だったらって、あれ、ソージくん、気がついたあとも全然態度変わらない!?」
「あたりまえだろ。いちいち、クーナがお姫様だからって態度を変えていられるか、それとも、お姫様扱いしてほしいのか。だったら、それらしく振る舞おうか?」
「いえ、そんなつもりはないです。むしろ、いつも通りのほうがありがたいです」
「なら、いいじゃないか。それに、もともとクーナは俺のお姫様だよ」
「……そのセリフ、いつもどおりのソージくんです」
クーナはジト目で俺をみて、冷たい口調で呟いて、そして笑った。
そんなクーナを見て、俺も笑う。
「なんだか、色んな心配をしていた私がバカみたいじゃないですか」
「そうだ。俺をなんだと思っているんだ。俺は、クーナのためなら、王様だって殴る男だ。クーナがお姫様だろうが関係ない」
「それは言いすぎです」
「本気だけどね。実際、今日だってクーナを泣かせたエルシエの王様を殴ってきたよ」
「えっ!? 倒したって聞いたけど、そこまで!?」
「うん、おもいっきり、こう右ストレートが、相手の頬に綺麗にはいって気持ちよかった」
俺の言葉を聞いたクーナが目を丸くして驚く。
「信じられないです。あの父様に……ほんとうにソージくんならなんでもできそうです。でも、できればその場に居たかったですね。その戦いを見たかった」
クーナが残念そうに言った。
俺も、クーナに見せてやりたかった。あれは、いい戦いだった。
「さすがに、クーナにもう一回見せるためだけに殴りかかることはできないかな。人として」
「誰もそんなことお願いしてないです!」
クーナが、勢い良く突っ込みを入れていく。
このテンポが心地よい。
「……ソージくん、改めて自己紹介させてください。本当の私のことをソージくんに知ってほしい。自分の口からちゃんと話したいです」
そして、クーナが微笑んでそう言った。
透明で、それでいて暖かな最高の笑顔。
クーナはベッドから立ち上がり、俺と目線を合わせてくる。
「私は、クーナ・エルシエ。エルシエの長、シリル・エルシエの末娘にして、エルシエの歌姫。どうか、よろしくおねがいします。私はソージくんとずっと一緒にいたい」
クーナ・エルシエと名乗るクーナには、いつもと違い、思わず跪きそうになるほどの気品があった。
本当に、お姫様なんだっていうのが、伝わってくる。
「こちらこそよろしく。俺はソージ。ヴェルグランデ騎士学校の学生だ。いずれは世界最強の魔術師になる予定だ。死が二人をわかつまでに共に行こう」
そして、二人で微笑み合う。
やっと、本当のクーナに会えた気がする。
「最後の死が二人を分かつまでって、いったいなんですか」
クーナがくすくすと笑いながら問いかけてくる。
「うん、言葉のとおりだよ。死ぬまで一緒にいようって。あとはちょっとしたおまじないかな」
地球では、結婚式での言葉。
クーナと添い遂げられるように願って口にした。
これはまだ俺の胸の中だけにしまっておく言葉だ。いつか、この意味を解説しよう。
「私も約束します。死が二人をわかつまでに共に」
胸が高鳴った。
クーナは意味も知らずに言っているが、それでも嬉しい。
「ねえ、ソージくん。疲れてますか」
「今日は、いろいろあって少し疲れてる」
「じゃあ、こっちに来てください。尻尾枕してあげます」
クーナが再びベッドに腰掛けると、ぽんぽんとベッドを叩き、尻尾を横に向ける。
「尻尾は、ずっと触らせてくれなかったのに、いいのか」
「はい、今のソージくんにならいいです。でも触るのはいいけど握ったらだめですよ。握ったらふぉっくすになっちゃいます」
「わかった。尻尾は握らない」
俺は、クーナの言葉に甘えてベッドにいく。
そして、クーナの豊かな尻尾に頭をあずける。クーナのふさふさの毛が柔らかく俺の頭を受け止める。お日様の匂いと、クーナの匂いに包まれて幸せな気持ちになる。
そして尻尾を触ると、表面はさらさらとしてそれでいて柔らかく沈み込んで、極上の触感だ。
「どうですか、尻尾枕気持ちいいですか?」
「うん、最高だ。ずっとこうしていたい」
「なら、ソージくんが寝付くまでこうしてあげます。今日は、特別です」
クーナが優しげな表情で見下ろしてくる。
「ねえ、クーナ一つ聞いていいか?」
「なんですか?」
「ふぉっくすってなんだ?」
「えっ知らないんですか?」
クーナが驚いた表情をする。
クーナは顎に手をあてて、そう言えば言ってなかったと呟いた。
「えっと、ふぉっくすって言うのは、火狐の尻尾をぎゅっと握ることを言うんです」
「なんだ、そんなことか」
「そんなことってなんですか!? 火狐が尻尾を握らせるのは、この人になら、自分の全てを任せていいって意思表示なんです。だから、永遠の愛を誓った相手か、絶対服従を誓った相手だけなんです。それぐらい、ふぉっくすは特別なことなんです」
「なるほど、行為に隠された意味があるのか」
「意味があるってだけじゃなくて、尻尾握られると火狐は気持ちいいんです。体の奥がぎゅっとなって、熱くなって。母様も、大好きな人に握られると、本当に幸せな気持ちになれるって言ってました。私もたまに一人で……って何を言わせるんですか!」
クーナが顔を真っ赤にして俺を睨みつける。
なるほど、それは大事だ。
間違っても俺以外のやつにふぉっくすなんてさせてやらない。
「クーナ、ふぉっくすしていいか」
「なっ、なっ、なっ、何を言っているんですか?」
「俺はクーナを一生大事にするよ」
それは本心だ。俺はクーナと一緒に生きていくためにこの世界に来た。
「本気なんですね……じゃあ、私も真面目に答えます。今はダメです。今は、尻尾枕で我慢してください」
「そうか、理由をきかせてくれないか」
「秘密です。言ったら、ソージくん絶対に無理しちゃいますから」
クーナが優しげな笑みを浮かべた。
「そうか、それは残念だ……」
眠気が押し寄せてくる。
この尻尾が俺を深い眠りに誘う。
意識が遠ざかっていく。
「でも、今はだめでも、ソージくんなら、いつか、ふぉっくすさせてあげると思います。それぐらい私もソージくんのことが……いえ、なんでもないです」
最後にその言葉が、聞こえるのと同時に俺の意識は闇に包まれた。