妖霊万来 「黒蛇」その十
十年前。
やいこが神社の裏を掃除していると、いきなり背中にぞわり、と悪寒が走った。
「なんだろう……」
嫌な予感がしたやいこは、掃除を中断し裏の森へと入っていった。
歩いて数分もしないうちに、その悪寒の元へとたどり着いた。
そこでは数人の子供たちが騒ぎながら何かに石を投げつけていた。
やいこの位置からは何に石を投げているのかわからない。
「何してるの?」
やいこが声をかけると、少年が振り向き答えた。
「蛇退治だよ」
「へび?」
「ああ。そこにでっかい蛇がいるんだ。そいつを退治してるんだ」
近づいてみると、子供たちの視線の先に大きな白い蛇がいた。体長はおよそ五メートルほど。威嚇音を出しながら子供たちへ飛びつくが、見えない壁に当たっているかのように、一定以上動けないでいる。子供たちはそれに気づいているらしく、全く動じず石を投げ続けている。
(あれは、結界?)
この結界は中からは出られないが、外からの侵入はできるタイプのようだ。蛇を覆うように薄く霊壁がつくられ動くことができないが、子供たちの投げる石は蛇を傷つけている。白い体からところどころ出血し、その赤い色が痛々しい。
そして、蛇からはどす黒いオーラが漂っている。そのオーラは結界を超え、子供たちにまで広がっている。やいこの感じた悪寒の元は、この憎しみのオーラだった。
「ねぇ、やめてあげなよ。かわいそうだよ」
「うるさいな、黙ってろよ」
「そうだそうだ。こいつ、怪獣の子供かもしれないんだぞ!」
「ここで退治しないと、またぼくたちの町が壊されるかもしれないんだ!」
やいこの注意に耳を貸さず、執拗に石を投げ続ける子供たち。
大異変以降、怪獣と呼ばれる未確認巨大生物は既に十回以上襲来している。その度に町を破壊し尽し、人々に恐怖と憎しみを植え付けている。この子供たちも例外ではない。
「違うよ! この子はそんなんじゃないよ!」
もちろんそれはやいこもそうだ。しかし、やいこにはこの美しい白い蛇を憎む気にはなれなかった。今は憎しみの色しか見えないが、なんとなく、この蛇は『いい蛇』のような気がしていたのだ。
「離せよ!」
「きゃっ!」
少年は止めようと腕をつかんだやいこを無理やり振りほどく。その勢いでやいこは地面に倒れた。
蛇の黒いオーラが増大した。
「! だめ!」
結界は蛇の度重なる体当たりにより、すでに強度が弱っていた。次の体当たりで壊れてしまうほどに。
蛇の体当たりは結界を突き破り、一直線に子供たちへと向かっていく。その尖った牙を突き刺そうと、大口を開ける。
だが、その牙は子供たちに刺さることはなかった。
蛇の牙は、飛び出してきたやいこの肩に深々と突き刺さった。
「っ!」
激痛で声を上げることもなく、その場で膝を折るやいこ。
子供たちはやいこの肩からにじみ出る血に悲鳴をあげ、そこから逃げ出して行った。
「だめ……だよ、へびさん」
痛みに泣きそうになりながら、やいこは蛇へ話しかける。
「白い蛇はね、神様に近い存在なんだよ。だから、弱い人を守らなきゃいけないの。傷つけちゃ、ダメなんだよ」
蛇から立ち上る黒いオーラは、少しづつ弱まってきている。
「さっき私が倒されたとき、怒ってくれたんだよね? 本当は、優しいんだよね? ……だから、お願い。もうどんなことがあっても、誰かを傷つけないで」
蛇はゆっくりと牙を抜く。もうその体から黒いオーラは見えない。
するすると体躯をうねらせながら、蛇は森の奥へと消えていった。
それを見送ったやいこは、痛む肩を押さえながら神社へと戻ったのだった。
そして現在――。
「……約束、守ってくれたね」
巨大な黒蛇は、やいこの眼の前でぴたりと動きを止めていた。
蛇の体から黒い何かが抜けていき、その体が少しづつ小さくなっていく。そして、全てが抜けきった黒き巨大な蛇は、小さな純白の蛇へと戻ったのだった。 |