妖霊万来 「黒蛇」その八
そこに鎮座していたのは、巨大な蛇だった。
全身が墨で塗られたように黒く、目がどこにあるのかすらもわからない。ただ、時折出し入れする先の分かれた舌によって、おおまかな口の場所だけがかろうじてわかる。
蛇のとぐろを巻いた全長は三十メートルをゆうに越している。
「……るり」
「……なんですかー?」
「今度からちゃんと霊視をしようと思う」
「いい心がけですー。対策と傾向を知るのは大切ですからねー」
「のんきなこと言ってる場合じゃないですよっ!」
やいこが叫ぶと同時に、黒の大蛇が大口を開けて幽介たちに迫りくる。
「くそっ! とりあえず太郎、頼む!」
幽介はポケットから犬の形をした紙を取り出し、蛇へとかざした。
紙がびしり、と硬直し、そこから霊気があふれ出し少しづつ犬の形を成していく。
蛇がその犬へと近づく。が、犬の前で壁に当たっているかのように前へ進むことができないでいる。
「あれは、式神!?」
「うん、そうだねー」
式神とは、形代と呼ばれる紙に霊を宿し、自分の分身として使役するものだ。
「でも太郎とは?」
「交通事故で死んだ野良犬だからねー。ほんとは名前はないんだよー。」
「の、野良犬……」
確かに式神は高等な霊だけでなく、動物霊などの下級の霊を使役することがあるが、それでもその辺の野良犬を使役することはありえない。
「毎日ゆうくんの霊力をえさにしてるからねー。へたな式神よりよっぽど強いよ」
「あはは……」
自分の常識が一切通用しないことに、やいこは力なく笑うしかなかった。
(でも、なんだろう……。この光景、どこかで)
やいこは巨大な蛇が眼前に迫っているというのに、なぜか恐怖を感じていなかった。
むしろ、なつかしい、という気持ちが胸に湧き上がっていた。
「やいこちゃん? どうしたんですかー?」
どこか遠い眼をしていたやいこに、不思議そうな表情で瑠璃が訊ねる。
「え? あ、いえ、なんでも……」
「?」
バチッ、と鋭い音が響き、やいこと瑠璃は慌てて幽介の方へと向き直る。
式神の作る高圧の霊壁によって蛇の進行を食い止めてはいるものの、徐々に式神の力が押されてきていた。霊壁を突き破られるのも時間の問題だ。
「そろそろ時間切れか……。るり! 離れすぎないように離れてろ!」
「無茶を言うですねー」
幽介の言うように、瑠璃とやいこは十歩ほど後ろへ下がった。
それを確認した幽介はポケットからさらに二枚の形代を取り出す。
「小梅、佐助、もうちょっと時間を稼いでくれ!」
その形代も同じように犬の姿となり、霊壁をさらに厚くした。
「どこまでやれるかはわかんねーが、やるだけやるか」
幽介はけだるげに息を吐き、ポケットから鳥型の形代を放り投げた。
「行け、颯、烏丸!」
形代はそれぞれ燕と烏へと姿を変え、黒蛇へと向かっていく。
それを見ながら幽介は指を組み、呼吸を整える。
「行くぞ、『冥結界』!」
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