君に伝えたいこと
どうしたら伝わるのだろう?
言葉で?行動で?それともココロの声?
さすがにココロの声は無理か……でも、どうしても伝えたいんだこの気持ちを。
俺は桐生 省吾。
面白みもない真っ黒な髪を目を隠すように伸ばしている。
その他の特徴といえば声か……。
どうやら聞くに堪えない声らしい。
自分では良い声だと思っていたんだが、さすがに気絶者が出てしまえば歌うことは止めた。
あとは、そうだな無駄に伸びた身長か……、今は高1で185cmある。
周りよりもデカイため目印ぐらいの役にはたてるようだ。
そんな俺にも好意を抱いている女性がいる。
いや、好意なんて生温いもんじゃない、……きっと愛している。
出会いは高校の入学式。
俺は元来の生真面目な性格がしゃしゃり出て、普通の生徒より1時間以上早く高校に着いた。
そんな俺よりも早く登校していた生徒がいた。
彼女は高校の通学路にある桜並木を見つめていた。
風が吹き、舞い散る桜吹雪の中の彼女はとても神秘的で俺はただその姿を瞼に焼きつけるのに必死だった。
幸運なことに彼女とはクラスが一緒だった。
彼女の名前は九重 遥。
俺は瞼に焼きついているあの姿が忘れられなかった。
彼女はこんな俺にも優しかった。
みんなが避けるのに俺の目を見て話そうとしてくれたり、150cmと小柄な彼女にしてみれば大男の俺にも臆さず接してくれた。
しかし話しかけてくれる彼女に俺は頷いたり、首を振って態度を示すことしか出来なかった。
何故なら問題はこの声にある。
それは授業が始まって1週間が経った頃、現代文の時間に先生に当てられ教科書を読むことになった。
正直気は進まなかったが、先生に当てられたのではしょうがない。
俺は諦めて読み始めた。
俺が声を出し読み始めた瞬間クラスの雰囲気が一変した。
みんなが驚きの顔で俺を見てくる。
正面にいる先生はガン見だ。
そして男子はみんな耳を塞ぎ出した。
……ああ、いいよ。慣れてる。中学もこんなんだった。
対して女子はみんな魂が抜けたような表情になっている。
すまん。
俺は早く先生が止めてくれるのを願い読み進めた。
しかし一向に止める気配がない。
俺は不審に思い先生を見た。
目を閉じている……。
まさか、気絶か?
しかし先生は俺が読むのを止めたから目を開けてくれた。
良かった、気絶してなくて。
「え、あ、っは、はい。桐生君ありがとう。す、座っていいわよ。」
先生が動揺している。
そしてこの先生の授業では本読みを当てられることは無くなった。
同様に他の授業も1回当たれば次は無い。
俺の声って……。
ちょっと悲しくなった。
俺が声で悩んでいることに気づいてくれた彼女はコミュニケーション手段として紙に書くことを提案してくれた。
彼女はこんな俺にもこんなにも優しくしてくれる。
俺はココロが暖かくなった。
それからは彼女とはもっぱら筆談で意思の疎通を行っている。
もどかしいと思うこともあるが、彼女と過ごせるこのやり取りは俺の大切な宝物だ。
ある日何気なく彼女から質問された。
『桐生くん、そんなに前髪伸ばして目は痛くならない?』
俺のことを心配してくれる彼女に俺は嬉しくなった。
しかし前髪は切るわけにはいかん。
大変なことになる。
たぶん歌に引き続き気絶者が出るやもしれん。
入学してから1ヶ月くらいたった頃、体育の時間にサッカーをやった時のこと。
いつもの通り目立たないようにチョロチョロとボールから離れたところで動いていたら、何を考えたのかクラスメイトのサッカー部のやつが俺の方にボールをパスしてきた。
「ナイス桐生!ベストポジションだぞ!そのままゴールを決めてくれ!」
そう言って蹴ったボールは俺の頭上にきた。
おいおい素人にヘディングしろってか?
俺はどうにでもなれと思いボールに頭突きをかました。
その結果俺とボールに注目していた何人かがぶっ倒れた。
周りも驚いている。
だが俺は1人理由を知っているから冷静に倒れた奴らの介抱に向かった。
理由は何かだって?
そんなのヘディングをした時に前髪が上がってしまい、目が見えたこと以外無いだろう?
これも中学の時と一緒だ。
俺の目を見た奴は大変な目にあう。
いくら前髪がウザかろうと、たとえ彼女に心配されても切ることは出来ない。
大量に気絶者を出しかねんからな。
それにしても声といい、目といい、こんなんでは彼女に好かれるなんて夢のまた夢だ。
このままでは彼女を他のやつに奪われるかもしれん。
そんなことを考えて数ヶ月たった頃、彼女が告白された。
相手は俺にサッカーの時にヘディングさせたサッカー部の奴だ。
本当に余計なことばかりしてくれる。
ただ幸いにも彼女は速攻断ったようだ。
ひとまず一安心だ。
でも、第2、第3の刺客が現れるかもしれない。
その中に彼女が気にいる相手がいたら俺は…………。
俺は悩みに悩み抜いて彼女に想いを伝えることにした。
最初は手紙にしようとしたんだ、だけどそれではいつもの筆談のようで特別感がない。
それにもし、万が一俺が彼女に受け入れられたとして、ずっと筆談では虚しい。
俺は迷いに迷って声に出して伝えることに決めた。
俺の声がマズイことはわかっている。
でもこの声と目を受け入れてもらえなければ一緒にいることは出来ないと思う。
俺はいつものように彼女と筆談をして、その中で今日の放課後時間が取れるか確認した。
「うん?今じゃなくて放課後?別にいいよ特に用事もないし。」
優しい彼女は笑顔で快諾してくれた。
本当に良い子だ。
そして放課後。
俺と彼女は連れだって屋上にきた。
誰にも見られたくないし、聞かれたくない。
誰だって告白を見られたくないと思うだろうが俺は心の底からそう思っている。
さすがに告白の場面で周りで他人がぶっ倒れるのは嫌だ。
「どうしたのこんなところまで来て。何かあった?」
彼女が心配そうに問いかけてくる。
俺はそんな彼女に背を向けて準備をした。
「え?どうしたの本当に?大丈夫?」
優しい彼女は俺をいつだって心配してくれる。
きっと大丈夫。
俺は準備を終えてゆっくりと彼女の方へと向き直った。
彼女が息をのむ音が聞こえた。
顔は夕焼けに照らされて真っ赤になっている。
俺は前髪を上げ目を見せている。
俺は愛しい彼女に初めて笑みを浮かべて語りかけた。
「九重遥さん。俺は初めて会った時から貴方のことが好きです。こんな欠点だらけの俺だけど一緒にいることを許してくれませんか?」
1人の人に向けてこんなに長く話したのは家族以外ではきっと初めてだ。
彼女はどうやら今にも倒れそうになりそうなところを頑張って立っているようだ。
…………やっぱり無理か。
そうだよな、こんな俺じゃあ。
俺が謝って今のことをなかったことにしてもらおうとしたその時彼女が口を開いた。
「あ、う、あの!」
彼女が真っ赤になって頑張っている。
ごめん、そんなになるまで頑張ってもらちゃって。
俺は自分が情けなくなって、下を向いた。
だけどそれに気づいた彼女が大きな声で俺に言った。
「あのね!わ、私も桐生君に初めて会った時から好きだったの!桜吹雪の中で桐生君の前髪が風で舞上がって目が見えて、私その目に恋をしたの!」
え?今彼女は何て言った?
俺の目に恋をした……だと?
俺は驚きのあまり彼女のことをまじまじと見てしまった。
すると彼女はまた倒れそうになった。
俺はとっさに彼女の体を支えた。
小柄な彼女は俺の腕の中にすっぽり埋まってしまった。
何て収まりが良いんだ!
このまま閉じ込めておきたい……。
しかし彼女はびっくりしたのか暴れている。
そんなにしたら危ない。
俺は彼女の耳元で注意した。
「遥さん、そんなに暴れたら危ないよ。」
彼女が固まった。
なんかボソボソ言っている。
「耳元でなんて……」彼女の顔はこれ以上にない程赤い。
ところで彼女は俺のモノということで良いんだよな?
俺は今までにないくらいきっと笑っている自信がある。
そして限界がきたのか俺の笑顔を直視した彼女は……気絶した。
気絶したっていい。
だけどもう離してあげられない。
これからも俺のこの声で君に愛を伝えよう。