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甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
本編(完結済み)
17/262

第十七話

昨日の続きになります。

 まず、十センチ四方ほどの赤い色紙を五枚ほど重ねる。

 それを、一センチ幅ほどで折り扇状にする。

 そして棒状になった紙を縦半分に折り、中心に跡をつける。

 さらに、中心部を紙と同色の糸できつめに結ぶ。

 あとはリボン状に広げ、紙を左右一枚ずつ同じ方向に立てていく。

 そうすれば、ほら簡単。

 紙の薔薇の完成である。


 ポカンとした表情で完成した薔薇の花を見つめるルツェに、出来上がったばかりのそれを投げてやる。突然投げられた前世の入学式や卒業式ではお馴染の紙薔薇を慌てて両手で受け止め、恐々とした様子ながらもしっかり観察するルツェに俺はさらに話しかけた。


「その中心に残した紐に棒を括りつけて、緑の紙を巻きつけて止めれば完成だ。簡単だろう? 色々な色で百は作りたいから手伝っていってくれないか? 勿論バラドもな」

 

 そう言いながら、バラドが持ってきてくれたお茶を飲む。

 紙薔薇の説明中に戻ってきたバラドに居なかった間の事を簡単に話し、お茶を入れて貰った。その後、花の作り方を覚えるように命じたのはつい先ほど。

 不測の客人にも即座に対応し、お茶を出したバラドは側仕えの鏡だったことをここに告げておこう。


「畏まりました! このバラド、ドイル様の為に全力を尽くさせていただきます!」

「ああ。頼りにしている」

「お任せ下さい! ――――それにしても、ドイル様は一体どこでこんな高度な細工物の技術を学ばれたのですか?」

「ん!? それは、まぁ、ちょっとな。昔暇つぶしに遊んでいたら出来たと言うか、なんというか……「素晴らしい!」」


 いつも通り俺の命に力一杯返事を返したバラドからの、最もな問い掛けになんと答えるか返答に窮していたところ、突然ルツェが叫び出した。


「素晴らしい! 素晴らしいですドイル様!! これは紙の改革! 今まで字を書くか、包み紙程度の用途しかなかった紙の新たな可能性です! この手法ならば作り手を選ばないでしょうし、紙に染料を混ぜるだけで多彩な色がつくれますから様々な色の組み合わせができます。何より軽くて、安い!! これは最大の利点です! そのままプレゼントしてもよし、花部分はドレスや髪飾りにも使えます! これは、これは売れますよ!!」


 壊さぬよう優しい手つきで花を掲げるルツェは、これから得ることが出来るだろう巨万の富を想像したのか、物凄くイイ笑顔で高らかにそう言い切った。

 商人らしくいつも冷静で、何処か一歩引いた対応をするルツェにしては珍しい光景だ。仲良し三人組の仲間であるソルシエとジェフも驚き、ソファから今にも落ちそうな状態である。

 というかルツェ、


「あー、装飾品には向かないんじゃないか? 所詮紙だから潰れやすいし、水に弱いぞ?」

「そのくらいは何とかしてみせます! その対策を施したとしても金細工や銀細工よりなお安く、色の種類も豊富です! 貴賎問わず、多くの女性に好まれること間違い無しです!」


 紙薔薇では物凄く貧相な感じがするのだが、

 

 「確かに、女性は喜びそうですね」

 「家の母さんも喜ぶと思う」

 「工房の女将さんも喜ぶかな?」

 「うん。喜ぶと思う」

 

 と言った会話が俺の目の前で繰り広げられている。

 ちなみに上から、バラド、ソルシエ、ジェフ、ソルシエである。

 ルツェは未だに、俺が作った紙薔薇を手に持ってブツブツ言っている。


 煌びやかな王宮で、小学校でお馴染みの紙の薔薇で着飾った御夫人達がクルクル踊る姿を想像してしまい物凄く複雑な気分になる。

 

 これは広めてしまってもいいものなのか? 


 そんな考えも思い浮かぶが、世界をまたにかけるヘンドラ商会の一人息子がここまで言うのだ。いいということにしておこう。

 レオパルド先輩を口説きに行くついでの、ちょっとした悪ふざけのつもりだったのだが…………。

 なんだか、社交界の流行にとんでもない一石を投じてしまった気がする。

 しかし、俺の本来の目的は別なのだ。別に俺は流行の最先端を行きたい訳ではない。


 この薔薇の本来の目的は、レオパルド先輩を口説きに行く為の布石なのだ。

 レオパルド先輩に献上するとびっきりの一品はもう決まっている。先輩なら確実に食いついてくれるだろう一品を、俺は母上付きのメリルからずっと昔に教えられ持っているので、今回はそれを餌にしようと思ったのだ。

 ただそれだけを渡すのは些か問題があるので、カモフラージュと病み上がりな俺に散々愚痴っていったレオパルド先輩に対するささやかな意趣返しとして、紙の薔薇を百本、花束にして持って行こうと思ったのだ。『口説きに行く』とも言ったし。 


 古今東西、情熱的なプロポーズと言えば百本の薔薇の花束と相場が決まっているからな。

 しかし、男相手に真紅の薔薇百本は俺の中の何かが許さなかったので、色んな色を混ぜることにしたのだ。

 それがまさかこんなにルツェの琴線に触れるとは思わなかったが…………。


「あー、お前ら。取敢えず、こっちに帰ってこい」


 俺への称賛やら、家族へのプレゼントの相談やら、獲らぬ狸の皮算用をしている奴らをパンパンパンと手を鳴らし呼び戻す。

 はっとした表情で帰ってきてくれた奴らに再び旅立たれる前に、俺は四人に命じた。


「取りあえず、此処にある緑以外の色で花を計百本作りたい。丁度五人いるから、一人二十本、さっき俺がやったように花を作ってくれ」

「分りました。ところでこれ何本か出来たやつ持って帰っていいですか? 家に送ってやりたいんで」

「僕もです」

「余った分ならいいぞ。【色紙】は幾らでもあるからな。勿論、ルツェが良ければな。【色紙】の利権はルツェにやったから」

「数本ならば構いませんよ。そもそもソルシエやジェフの実家に送るくらいならば構いません。二人の家ならば転売したり、分解して技術を盗むような真似はしないでしょうから。勿論ドイル様やバラド様もお贈りしたい方がいらっしゃれば、遠慮せずに。元々全てドイル様の発案ですからね」

「では、私も頂いてよろしいですか? 母上に贈りたく思います」

「いいぞ」


 ジェフとソルシエの問いかけにそう答えれば、ルツェは此処に居る面々の実家に送るならと許可をくれた。そして、バラドも母親に贈るらしい。…………珍しい。


「取りあえず、二十本ずつ頼んだぞ?」

「「「「畏まりました」」」」


 取敢えずレオパルド先輩に贈る分を頼み、紙を手に取り俺達は花作りを開始した。






「そういえば、ドイル様はこの花束をどなたに贈られるんですか?」

 

 無言で黙々と紙薔薇を作っていたかと思えば、ジェフが今更なことを聞いてきた。興味深々といった感じで尋ねたジェフの言葉に、何故か俺とジェフ以外の三人がギョッとしている。

 ジェフの質問に何故三人が驚いたのかは分からんが、別に隠すような事では無いので俺は特に気にせずに答えた。


「ん? ああ。これはレオパルド先輩に差し上げるんだ。『とびっきりのプレゼント』を持って口説きに行く約束をしたからな」

「へぇー、そう言えばそんなこ「「「ええぇっ!?」」」」


 俺の答えに納得し、返事を返そうとしたジェフの言葉を驚愕に満ちた三人の声が遮った。


「なんだ、お前ら揃って、騒がしい」


 急に叫んだ三人をジェフと一緒に見れば、三人は三者三様の驚愕した表情を浮かべ立ち上がっていた。


「何でですか!? 僕はてっきり、聖女セレナ様に贈るとばかり!」

「何を言っているんですソルシエ! ドイル様にはもっと別の、この花を贈るに相応しい方がいらっしゃるでしょう!?」

「そうですよ、ドイル様! バラドは、てっきりこの花束をお持ちになってクレア王女様にプロポーズなされるのかと!?」

「バラド様の言う通りです! むしろなんでクレア王女様では無く、レオパルド先輩にこの花を贈るんですか! あの薬学馬鹿には珍しい薬草で十分です!」

「ルツェの言う通りです、ドイル様! レオパルド先輩の為では無く、クレア王女様の為の花束を作られるべきです!!」


 非難轟々であった。

 ソルシエは最初の一言だけであったが、バラドとルツェの非難が凄まじい。バラドに面と向かって非難されたのは生まれて初めての経験で驚きだ。


 というか、クレアに紙の花束って…………。

 生花ならまだしも、紙薔薇では貧相過ぎないか?


「…………王女に、このようなもの贈っては失礼だろう?」

「何を仰ってるんですか!? これはこれから流行する、いわば最先端の贈り物です! これを贈られて喜ばない女性なんて、よっぽどの性悪女だけです!」

「ルツェの言う通りです! それにドイル様が考案し、手作りした花をお贈りすれば間違いなくクレア王女様は喜ばれます!!」

「そんな事はないだろう」

「「いいえ! 絶対に! 喜ばれます!!」」

「そ、そうか……」

「そうです! ドイル様、こちらの残りは私とソルシエとジェフがバラド様とお作りしますから、ドイル様はそちらでクレア王女様の為の花束をお作り下さい」

「いや、だが……」

「ルツェの言う通りです。ついでにセレナ様とメリル様の分は私がお作りして送っておきますので、ドイル様は安心してクレア王女様の為に花束をお作り下さい」


 そう言った二人に俺は作っていた青薔薇を取り上げられ、何時の間にか目の前に淡いピンクや黄、オレンジや赤の色紙と明るめの緑の色紙がドンと置かれていた。

 そして「どうせならクレア王女様のお歳の分だけ作られるとよいでしょう」とか言って、十四本の棒が置かれる。

 十四本は縁起が悪く無いか? と思ったのだが、初めて見る二人の剣幕に気圧され俺は大人しく淡いピンクの色紙を手に取り花を作り始めた。


 そんな俺の様子をじっと見ていた二人は、俺が大人しくクレアの為に花を作る姿を確認し、満足そうに頷くと元の位置に戻っていった。

 そして自分達は紫や黒といった毒々しい色で薔薇を作り始める。

 

 おい、お前ら。

 なんだその色のチョイスは。

 レオパルド先輩を呪う気なのか。 

 それは一応プレゼントだぞ?


 と言いたかったが「御手が止まっておられますよ。ドイル様」というバラドの疑問符のつかない声に、俺は全ての抵抗を諦め大人しくクレアへ贈る花を作り始めた。





 

 淡いピンクや白を中心に、クレアをイメージしながら黙々と紙薔薇を作っていく。

 途中、こんなものを贈ってクレアに呆れられたらどうしようという考えが浮かんだが、バラドとルツェの『絶対喜ぶ』という言葉を思い出しその考えを捨てた。


 『いつまでも待つ』と言ってくれた彼女が、この紙薔薇を見て昔のように笑ってくれればいいと思う。

 クレアは誰よりも笑顔の似合う女の子だから。


 幼い頃、己に向けられていた彼女の満面の笑みを思い出しながら俺は最後の一本を作るべく、赤とピンクと白の色紙を手に取った。




ここまで読んで頂き有難うございました。


紙の薔薇はティッシュペーパーを四等分して作ったくらいを想像していただければ丁度いいかと。和紙のような紙をイメージしているので、紙で作られたコサージュのちょっとしょぼい版くらいの薔薇です。


次話も明日か明後日には投稿する予定なので、続きも楽しんで読んで頂ければ幸いです。

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