第十一話
ようやく戦います。
でも、戦闘シーン短いです……。
先生の合図に合わせて踏み込み【初撃の一閃】を発動させる。
しかし、寸前の所で急所を外され左腕を浅く切りつけただけだった。
このスキルは必ず当てられると言っても、躱されてしまうと大したダメージを与えられないのが痛い所である。
しかし傷は浅くとも、避け切ったと思っていたジンは俺の刀が届いたことに、動揺を見せた。
無論、その隙を逃す意味は無いので、水魔法で刀を伸ばし袈裟懸けに切りつける。
しかし、当然そんなに甘い訳が無く。
ジンはとっさに槍に炎を纏わせて俺の刃を受け止める。
その瞬間。ジュッという音と共に伸ばした分の水が蒸発した。
そして、ジンが炎を纏わせた柄で突いてきたので、後ろに跳ぶと同時に風魔法で自身を押し、更に槍の届かない範囲まで下がる。
軽く切られた右肩を確認するように、ボッボッボッという音を断続的に響かせながら燃える槍を軽く回したジンは槍を構え直し、俺を見た。
「初太刀もそうでしたが、速いですね。追撃も防ぎきれませんでしたし、柄も軽々躱していましたね。いけると思ったんですが」
「初太刀はまだしも、柄は追撃を止める時に炎でなく雷を纏わせていたら喰らってたと思いますが?」
「――――御冗談を。そんな事をしたら柄は当てられても、思いっきり切られていましたよ。割に合いません」
「はは、ばれました?」
「ばればれです、よっ」
話しながら互いの隙を窺っていた俺達だったが、先に動いたのはジンだった。
まず俺の動きを止める気なのか、炎を雷に替え横一線に槍を振るう。
攻撃範囲の広い槍らしい戦術だが、想定内だ。
槍を振りながら俺に迫るジンに俺は隙を見て駆け寄った。
当然近づけばこれ幸いと俺を薙ぎ払おうとする槍に触れる前に、俺は圧縮した風を使って上に飛ぶ。
そして、先ほど同様刀を伸ばす。
下降体勢に入った俺を見て、今度は切られることなく水の刃を受け止められる距離で雷槍を構えて待つジンに、決して刃が届かない距離で刀を振りぬき、伸ばした部分を飛ばしてやる。
突然飛んできた水の刃先にジンは慌てて炎槍に替えたが、遅い。
雷から炎に変わるよりも一瞬早く届いた水の刃先は右肩に今度は浅からぬ傷を残した。
「ぐっ!」
そしてその間に着地した俺は、人一人分ほど伸ばした刀を、ジンの足元を狙い振りぬく。
勿論、その水刀は先ほど俺がしたように上に飛んで避けられたが、それでいい。
地面に叩きつけるように振りぬいた水刀は地面に叩きつけられ、水飛沫を上げながら散った。
ジンは水飛沫の中、炎槍に替え槍の射程範囲内まで距離を詰めてくる。
そんなジンの槍を避ける所か逆にこちらも、槍の動きが鈍る懐までいくつもりで駆け抜ける。
当然、懐に入らせまいとジンは歩みを止め、槍を振り払った。
その際ご丁寧に炎を飛ばしてくれたが、水の盾で炎を相殺し、先ほど同様俺は上に飛ぶ。
そして、先ほど同様水の刃を伸ばし、今度は炎で蒸発させられないよう凍らせる。
当然、ジンは槍を雷槍に替えて俺と距離を取ろうとした。
「なっ!?」
だがしかし、ジンの足元は歩みを止めた時点で凍らせて貰っている。
避けられないと悟ったジンは、素早い切り替えで俺の太刀を受け止める為に、槍を防御型に構えた。
そして俺を見据えた瞬間、目を見開いた。
明らかに焦った表情で、両手剣ほどの大きさに成長した俺の愛刀を見ている。
しかし、そんなことはお構いなしに俺はジンの持つ槍目がけて、剣道の面の要領で刀を思いっきり振り下ろす。
ガン!!
と氷刀と雷槍が大きな音を立ててぶつかる。
同時に、掌を通してビリビリとした感触が伝わってくるが、ギュッと刀を握り締め、更に力を込める。 こちらは【雷槍の勇者】に相手して貰っていたのだ。この程度の電撃は、堪えてみせる。
「あああぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
受け止めるしかないジンは、負けじと雷の出力を上げた。
しかし、雷に俺の体が悲鳴を上げるより早く、悲鳴を上げたのはジンの槍だった。
ビシ。
ビシビシビシビシ!!
バキン!!!
ひび割れる音がしたかと思えばその音は徐々に増え、ついに槍は砕けた。
そして、同時に俺の氷刀がジンの体を切りつける。
ザッシュと肉を切る感触を俺が認識したのとほぼ同時に、ジンの足元を固めていた氷が砕け散り、ジンは背中から倒れた。
反撃に対応できるよう距離をあけて、ジンの様子を窺う。
しかし、ジンはそのまま起き上がってこなかった。
「――――――そこまで! 勝者、ドイル・フォン・アギニス!!」
わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
地鳴りのような歓声が闘技場に響いた。
同時にスキル【凍てつく刃】を解除し、刀を鞘に納める。
そして、試合終了と同時に治療班に囲まれたジンに近づく。
ジンの傷口に困惑しているだろう治療班の先輩達に声をかける為だ。
「馬鹿! まだその傷には治療薬をかけるな! 傷口を溶かしてからかけねぇと、治療薬の無駄だ!」
「でもでもでも、こんな大きい傷、早く直さないと出血多量でこの方死んじゃいますよ!」
「そうですよ!」
「あほか! 患者をよく見ろ! 傷口を凍らせてあるお蔭で、一番デカい傷は一滴も血なんか垂らしてねぇだろ!?」
「えっ?」
「あっ! 本当だ!?」
「『あっ! 本当だ!?』じゃねぇよ! お前らは大人しく、肩と腕のちっちぇえ傷治療しておけ」
「「えー!?」」
「うっせぇ! おい誰か魔法薬持って来い! 氷溶かす奴!」
「あ。その傷の氷は俺が溶かしますよ」
「あん?」
濃い金髪を逆立てどこぞのヤンキーかと思う、風体と喋り方をしている先輩に声をかける。瞬間、鋭い視線で睨まれたが、声をかけた俺の姿を確認すると、すぐにその目元を緩めた。
「おお、そりゃ助かる! 端から少しずつとかやれるか?」
「大丈夫です」
「そりゃいいな。おーい。魔法薬はもういいぞ! やった本人が溶かしてくれるそうだ!! ―――――んじゃ取敢えず、こっち側からこの辺りまで頼めるか。合わせて治療薬かけていくからよ」
「分りました」
肩からわき腹にかけて袈裟懸けに出来た、氷漬けの傷を先輩に言われた通り端から徐々に溶かしていく。そして真剣な表情で先輩は、溶けて血が滲み始めた傷に魔法薬をかけて行く。
見る見るうちに塞がっていく傷に、少しほっとする。ジンを踏み台にする為に倒そうとした俺だが、別に殺す気は無い。幾ら、この模擬戦では生死は自己責任とはいえ、万が一を起こさないための教師と治療班だ。そして、罪に問われなくとも、本当の敵でも無い奴を屠る趣味は俺には無い。
そんな事を考えながら、時折かけられる指示通り氷を溶かしていく。視界の端では、こちらに来ようとする殿下を団長と祖父が厳しい顔で引き留めていた。
息子が思いっきり切られた団長は分るが、何故か祖父も顔色が悪い。
そんな二人に引き留められ、治療班が出るまで闘技場内は両選手と審判の教師、治療班しか入ってはいけない決まりを思い出したのか、悔しそうな顔で殿下は観覧席に戻った。
「…………思ってたより、傷が浅ぇな。手加減でもしたのか?」
「「えぇっ?」」
突然の問いかけに意識を先輩に戻せば、治療薬をかけながら先輩は真面目な顔で俺を見ていた。
「あれだけ、氷魔法で刀を強化してたんだ。普通に考えりゃ、切味を強化してれば傷は内臓に余裕で届いてるし、重量や固さを強化してんなら肩が砕けてる。でも、こいつの傷はデケェが致命傷には到底なんねぇ」
「もともと、殺す気なんてありませんから」
「――――あの戦いで、こんだけ手加減する余裕があるとは恐れ入るぜ」
「ありがとうございます」
そう言ったきり、黙って残りの治療を始めた先輩に、顔にこそ出さないが驚く。見覚えの無い顔なので平民出だろうが、この先輩の観察眼はとてもいい。治療の指示もいいし、治療薬のチョイスもいい。初めは一番高い治療薬を持っていたが、氷を溶かした傷口を見て迷うことなく二ランク下の治療薬に持ち替えていた。
回復魔法の使い手が少ないこの世界の治療法は、主に傷や病気を治す治療薬と氷や痺れなど言った状態異常を治す魔法薬に分かれており、両薬とも種類も効能もピンからキリである。そして共通して、数が少なく、値段が高い。下手な治療師に頼むと経費だけでとんでもない金額を取られてしまう。だから、この先輩のように的確に状態を見抜き、最小限の治療薬で治療できる人はとても希少だ。
この人は是非、俺の将来の為に確保しておきたい。
「先輩」
「あ?」
「既に知っておられるかもしれませんが、私はドイル・フォン・アギニスと申します。差支えが無ければ、先輩のお名前をお聞かせ願えますか?」
「…………………………お礼参りでもする気か?」
氷も全て溶かしきり、先輩も薬の効果が出るのを待ち始めたので声をかければ、たっぷり考えた後そんな事を言われた。俺の噂を知っているなら、良い反応を貰えないだろうと思ったが、予想外の切り返しである。
「…………先輩にお礼参りする理由がありませんよ。これは純然たるナンパです」
「へっ?」
なので、胸を張って俺は答えた。
やましいことなど何もない。これはナンパという名の、将来を見据えたヘッドハンティングである。
「ふはっ。ふははははははは! 悪名高い奴が、面白れぇこと言うじゃねぇか!!」
「悪名は認めますが、今の俺は清く正しく、更生中ですよ」
「更生中! ふっ、ふははははははははははは!」
俺の返しがツボに入ったのか、先輩が爆笑し始めた。ジンの体に負担をかけないよう横を向き、体をくの字に曲げながら地面を叩いている。
「はははははっ、ごほっ! ごほごほ! はぁー、くるし!」
「あー、笑った」といいながら、咽た拍子に出た涙を拭いながら俺を見る先輩は豹みたいな笑みを俺に向けた。ちなみに、猫ではなく豹だ。牙が見える感じの、バリバリの肉食獣を彷彿とさせる笑み。
そんな、気を抜いたら噛みつかれそうな雰囲気を持つ先輩は、先ほどまでとは違いその瞳に愉悦の色を浮かべている。
「――――レオパルドだ。レオパルド・デスフェクタ。二年で薬学を専攻してる。将来は治療師希望だ」
もうジンの傷は治ったらしく、体ごと俺に向けて自己紹介してくれた先輩はグリーンの瞳を愉しそうに細めて俺を品定めしている。そんなレオパルド先輩に俺も微笑みを返す。
そんな目をされたら、期待に応えたくなるじゃないか!
「――――今度、口説きに行ってもいいですか?」
「ふはははは! いいぜぇ? 来る時は、持ってくるもん持って来いよ?」
「勿論。近い内に、とびっきりのプレゼントを持って会いにいきますね」
「とびっきり熱烈な愛の言葉もな」
「ええ。跪いて、縋って差し上げますよ」
「そりゃ、最高だな!」
これ以上面白い物などないと言わんばかりに楽しそうに破顔した先輩に、俺も笑顔を返す。
一応俺は、レオパルド先輩のお眼鏡には適ったのだろう。
ただ、選んでくれるかは、俺の口説き方次第といった所か。
しかし、俺の悪評を知りながらもこの切り返し。
腕に自信があるのだろうが、それ以上に楽しいことが好きな愉快犯的な空気をレオパルド先輩から感じる。
「……あのぉ、兄貴。お楽しみ中、申し訳ないんですがこっちの傷も治療終わりましたよ」
「ん? おお。――――良さそうだな。気付薬使って、起こしていいぞ」
「はい」
くふくふ笑うレオパルド先輩を見ながら、どうやって口説こうかなぁと考えていると、治療班の一人がレオパルド先輩に声をかけた。そして、ジンの傷を確認したレオパルド先輩は、ジンを起こすように指示する。
ここまでかかった時間は十五分弱。
流石は高等部に上がって来ただけある。その辺の治療師よりもずっと優秀だ。
というか、レオパルド先輩は同学年に兄貴って呼ばれてるのか…………。
「――――アギニス。ようやく対戦者がお目覚めだぜ」
レオパルド先輩の言葉に俺もジンへと向き直る。レオパルド先輩の横からジンを覗き込めば、気付薬の所為で「うっ」と呻いたジンが薄ら目を開いたのが見えた。
拙い文章ですが、ここまで読んでいただき有難うございました。