第一話
転生とありますが、正直主人公の前世はほとんど関係しないと思います。思春期と反抗期真っ盛りな貴族の跡取り息子が、前世を思い出し、大人になった精神で自分の取り巻く環境と周囲の人々を振り返り生きていきます。
拙い小説ですが楽しんで貰えれば幸いです。
父は中小企業の一応役職持ちのエリート(?)サラリーマンであり、母はそんな父を支える料理上手な専業主婦という、所謂中流家庭に二人兄妹の兄として俺は生まれ育った。
顔こそ普通であったが運動神経はよく、高校時代剣道で全国大会にも行った。学業もそこそこ、学年でいえば上の下位だ。リーダーシップを取るような人間では無かったが、大人受けがいい言動を考えるのが得意だった俺は先生からの信頼厚く、クラスメイトや部活連中が問題を起こす度に共に謝り歩いていたお蔭で、男連中の評価も悪く無かった。仲のいい友人や、体育系ならではの先輩や後輩とも良好な関係であり、総合して見れば中の上な男と言えるだろう。
また、昔から客観的に物事を見るのが得意だった俺は自己分析も上手く、身の丈に合った大学に一発合格し、青春を楽しんだ。剣道のサークルに所属し笑うと可愛い彼女も出来た。バイトもしたし、単位が取れるように計算しつつ、男友達と遊び歩いた。
そうやって青春を謳歌しまくった大学生活も卒業まであと三か月。
この不景気な世の中でありながら、五年間黒字だという地元の中小企業に内定も決まり、卒論も後は発表あるのみとなった、順風満帆なある日。
俺はありきたりな居眠り運転の犠牲になり、二十一年の人生に幕を閉じた。
そして、現在。
「ドイルちゃん、どうかしら?」
「――――――――美味しいです、母上」
ベッドから上半身だけ起こした状態で、絶世の美女と言っても過言では無い銀髪紫眼の女性に、アプルというほぼリンゴと同じ果物をすりおろしたものをスプーンで食べさせられていた。
事の発端は三十分前に遡る。
目覚めた俺は真紅の天蓋を見てギョッとした後「あぁ、なんだ自分の部屋か」と思った。そして体が凄くだるかったのが、取りあえず起き上がってみた所、真紅を基調とした中世の城内を彷彿とさせる室内の天蓋付きのベッドで横になっていた。
そしてけだるさの残る体を叱咤しつつ、ベッドから這い出て、見慣れた部屋の中を観察していた所、ドアが開いた。そして、目が合った瞬間。
「――――ドイルちゃんっ! 気が付いたのね!!」
部屋に入ってきた絶世の美女がキラキラ輝く銀糸の様な髪を振り乱し、先ほどの台詞を叫びながら駆け寄ってきたかと思うと、紫水晶の様な瞳を涙で潤ませた彼女の豊満な胸元に抱き寄せられた。
「あぁ、良かった! ドイルちゃんが死んでしまったらと私生きた心地がしなかったわ!」
「誰か、旦那様とお医者様を! ドイル様が目覚められましたぁー!!」
「奥様、奥様、落ち着いて下さい! 折角目覚められたドイル様が、また意識を失くしそうです!!」
と言った、見慣れたメイド達と母親のやり取り取りを見ながら、俺は何時の間にか転生しており、原因不明の高熱に苛まれた結果、前世を思い出したことを理解した。
そしてその後、メイドの叫びに駆け込んできた父親に同じように抱きしめられ、追うように飛び込んできた医者に父親を引きはがして貰い、診察を受けた。そしてやや微熱が残ってはいるものの、医者から「もう大丈夫」というお墨付きを頂いた次第である。
正直何故、死んだはずの俺が転生したのかは分からない。
しかし、前世の世界で読んだ憑依物や乗っ取り、この体の持ち主や神様に呼ばれた、または何かを助けてご褒美にとか神様の間違いで~~云々では無いことは確かである。
何故なら前世を思い出しはしたが、俺はドイルの記憶をそのまま知っているし、学園の友人達の顔や名前もすんなり思い浮かべることが出来る。だから、見知らぬ人に囲まれて~~とか、この世界の常識が~~とか、以前の自分は一体~~といったことは無い。
今までのドイルの思い出は自身の思い出として残っているし、過去の様々な所業もその時の自身の感情の移り変わりもハッキリと覚えている。
不思議なことに初めて見るはずの部屋やメイド達に違和は無く、勿論目の前のまだ二十代にしか見えない美女を母上と呼ぶことに違和感も疑問も無かった。
「なら、よかったわ! アプルの実は体にいいから。でも、無理はしちゃだめよ? ドイルちゃんは一週間も寝込んでいたんだもの」
という経緯で、今に至る。というか、俺はそんなに寝込んでいたのか。
驚きの事実に少々驚愕しつつ、俺の返事に少女のように大げさに喜んだ母上にまるで聖女の様な慈愛の籠った瞳で見つめられ、頬が熱くなる。と言っても、元々この体はまだ微熱があるので目の前の彼女は俺の状態に気が付くことは無いだろう。
この美しくも可愛らしい母親をドイルは勿論今の俺も、というかもうめんどくさいからドイル=俺だと思って欲しいのだが、取りあえず俺はこの元聖女であり、美しく優しい母親が大好きであり、尊敬している。
「――――本当に。助かってよかったわ」
聖女の様な慈愛に満ちた視線どころか、実際に聖女だった彼女は一人息子である俺の頬を優しく撫でる。そして僅かに不安を滲ませていた目から一転、背後に花を飛ばしながらにこにこと音が聞こえてきそうなほど上機嫌に笑う美女はセレナ・フォン・アギニス。
女神からの加護を受けた比類なき回復魔法の使い手であり、今から二十年前、現アギニス公爵である雷槍の勇者と魔王討伐に旅立った伝説の聖女であり、魔王討伐後には多くの人々に祝されながら雷槍の勇者と結ばれアギニス公爵夫人となった人であり、俺の実の母親である。
「本当だよ。セレナの回復魔法も効果無かったから、僕もセレナも本当に心配したんだよ?」
そういいながら後ろから伸びてきたゴツゴツした手が力強く俺の頭を撫でる。ドイルを挟んでセレナの向かい側に座っていた人を振り返れば、金髪碧眼の美男子がセレナに負けない慈愛の籠った笑みを浮かべながら俺を見ていた。
セレナ同様十五歳になる息子がいるとは思えないほど若々しく、鍛えられた肉体を持つ目の前の美男子はアラン・フォン・アギニス。
二十年前に父である炎槍の勇者から聖なる槍を受け継ぎ、雷槍の勇者として魔王討伐を果たした。そして現在は、国王の近衛隊長という大層な役職についているこの国の生きる伝説の一人である。
勿論俺はこの父親の事を誇りに思っており、尊敬している。そして出来れば勇者の証である聖なる槍の次の使い手になり勇者になることを望んでいるし、そうなるのが当然だと考えていた。
ここまで言えば判るだろうが、俺は元勇者である【炎槍の勇者の孫】であり、現勇者である【雷槍の勇者アラン】と【女神に愛された聖女セレナ】の一人息子であり、【次期アギニス公爵家当主】であるドイル・フォン・アギニスになる予定の今度十五歳になる少年である。
俺を溺愛し、大切にしてくれる生きる伝説である自慢の両親に、公爵家継嗣という立場。二人の優れた遺伝子を継いだ、優秀な顔と体に秘められたスペック。
誰もが羨む人生勝ち組である俺は、実は重大な問題を抱えていたりするのだが、今は取り敢えず。
「「生きててくれてありがとう、ドイル(ちゃん)」」
そう言って、俺の生存を喜び抱きしめてくれる両親に幸せを噛みしめた。
ここまで読んでいただき、有難うございました。