何だ、ソレ。
男は広大の横に立つとそのまま扉を閉めた。どうやら同じ一階まで行くらしい。広大は強張った体を少しひねって横に立つ男に目をやった。大きなコートを羽織っている。手はコートのポケットに入った状態だ。それに一番気になるのはそのコートにそって流れる一本にまとまった長い髪。金髪に近い薄い色のそれがゆらりと動く、男が首をかしげて好意的な顔を広大に向けていた。広大はビクリと体全体で驚き、顔をその男から逸らした。
教師、じゃあなさそうだ。なら、一体この人は何だ、学校の客だろうか。そうやって色々と考えてるうちにエレベーターはぐうと遅くなり、今度こそ一階で止まった。扉が開いても男が動く様子がないので広大は横目で男を見ると、そこにあったのは先程の好意的な笑顔とお先にどうぞと差し出された手だった。
その仕草に広大は驚きながらも慌ててエレベーターを飛び出した。そしてそのまま走り去ろうとする広大を男が呼び止めて、その声に広大は足を止め顔をくるりと男に向けた。
男は慌て降りた広大とは反対に、ゆっくり静かにエレベーターから出てくると、歩きながら広大に向けて笑顔を見せた。
「君はもしかして転校生かな?」
その問いかけに広大はふと我に返って上手く動かない口でそうですけど、と答えた。その返事に男はああ、そうか。転校生だったか。と軽く笑った。その時点で男は既に動けず固まった広大の目の前に来ていて、広大に顔を近づけるように前かがみになるとゆっくり口を開いた。
「オレの名前は早瀬歩。アユムでいい、気軽にそう呼んで。」
その言葉に広大は口から息が漏れるように一言、はぁと答えた。その拍子に右手に握っていた100円玉が一枚床にコツンと音を立てて落ちた。慌てて拾おうとしたが広大の伸ばす手より先に歩の長い手がそれをさっと拾い上げ、その拾った100円玉に視線置いた。その様子を広大が眺めていると歩はそれから視線を外し、また広大に向けてニコリと笑った。
「これからもしかしてお茶しに行く所かな?」
小さく広大が頷く。100円玉が手のひらに返される。
「じゃあオレも一緒にお茶しちゃおうかな。ねぇ、いいかな?」
結局、広大は流されてカフェテラスに設置されたテーブルの一つに歩と向かい合わせになって座っていた。広大の目の前には緑茶の入った紙コップが置いてあり、これは歩が歓迎サービスと言って奢ってくれた分だった。そのせいもあったが、それ以上に目の前で広大をじっと見つめている歩が気になって中々緑茶に手が伸ばせない。
向かいの歩はゆっくり静かにコーヒーを飲んでいる。その度頭を動かすと顔にかかるキレイな髪がさらりと揺れる。
ああ、きれいだな・・・。
「突然だけど、君は君の事を知っているのかい?」
歩のその言葉にぼうとしていた広大は突然我に返った。しかしその言葉の意味が分からない。僕の事を知っている、か。とは、どう言う事だ?広大はその質問が上手く飲み込めず、ただ、え?と言う間抜けな声が口から自然と漏れた。
「だから、君は君自身の存在理由を知っているのか。って事。」
さらに訳が分からない。広大は訳が分からず呆然としていると、歩はそんな広大を見て、うつろな目に口元だけかろうじて微笑みを残し、小さく、ああ。とため息にも似た声を出した。
「そうか、知らずに来たのか。」
その言葉に広大の意識は急に引き戻された。
知らずに、来た?
何だ、ソレ。
広大の中で色んな感情が渦巻いた。特に、憤りを。
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