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No.85:side・remi「少女、料理中」

 今日、私は厨房の一角を借りて、簡単なクッキーを作っていました。

 隆司君が音信不通になったという領地に向かって、もう一週間ほどになるでしょうか。

 隆司君が帰ってこないことで、真子ちゃんはイライラしているし、アルト王子は少し元気が無いように見えますし、光太君はどこか上の空。

 元々隆司君もすぐに戻ってくる予定だったので、みんな不安なんだと思います。もしものことがあれば……って。

 隆司君なら、きっと大丈夫!だと私は信じています。

 信じていますけど……やっぱり少しだけ不安です。

 隆司君と友達になったのは、高校生になってからで、時間にすればに、三ヶ月くらいですけど……。私にとっては真子ちゃんの次に大切な友達なんですから。


「ここにおられましたか、レミ様」

「あ、ヨハンさん」


 いろいろ考えながら、オーブン……はないので竈です。竈の中のクッキーの焼け具合を確認していた私の横から、ヨハンさんが声をかけてくれました。

 柔和な微笑をいつものようにたたえたヨハンさんが、ゆっくり近づいて私と同じように竈の中を覗き込みました。


「クッキーですか?」

「はい。真子ちゃんや光太君たちに、元気になってもらいたくて」

「さすがレミ様……!」


 ヨハンさんがいつものようにオーバーなリアクションで私のことを称えようとします。

 さすがに慣れてきましたけれど、苦笑は抑えられません。


「みんな、隆司君が帰ってこなくて元気がないですから……」

「ええ。マコ様やコウタ様は、リュウジ様が魔王軍と衝突しているのではないかと危惧しておいででしたね」

「そうですね……」


 予定通りに返ってこなかった日に、真子ちゃんが冗談でそう私たちに言っていたのを思い出します。

 あの時はただの冗談だったのに、ここまで時間がかかってしまうとやっぱり疑いたくなってしまうんでしょう……。

 もしそうだとしたら、隆司君はたった一人で魔王軍と戦っていることに……。

 項垂れる私の肩を、ヨハンさんがポンと叩いてくれます。

 私が顔を上げると、ヨハンさんは優しく微笑んでくれました。


「ご安心を、レミ様。リュウジ様もまた、女神に愛されたお方。きっと元気な姿で帰ってきてくれますとも」

「……はい! そうですね!」


 ヨハンさんの励ましの言葉に、私は笑顔で頷きます。

 そうだよね。隆司君なら、きっと元気で帰ってきてくれるよね!


「おっと、レミ様。クッキーの焼け具合がいい感じになってまいりましたよ」

「あ、ホントです!」


 ヨハンさんの言葉に、私は慌てて竈から天板を外して、調理台の上に置きます。

 おいしそうなきつね色に焼けたクッキーの香ばしい香りが、鼻をくすぐります。

 向こうの世界にあるみたいなこった調味料はないから、ごく簡単なものです。一枚手に取って、試しにかじってみます。


「ん~……」


 自画自賛になっちゃうけど、おいしい!

 砂糖の甘さと小麦粉の香ばしさが何とも言えない味わいです……。こっちの世界の小麦粉でうまく作れるか不安でしたけど、レシピはそんなに変わってないみたいで助かりました!


「ヨハンさんも、一枚どうです?」

「レミ様の手料理……! いただいてしまってよろしいのですか!?」

「はい! ぜひ、感想を聞かせてください」

「で、では……」


 私が試食をお願いすると、ヨハンさんは恐る恐るといった様子で一枚クッキーをつまみました。

 そしてじっとクッキーを見つめてから、ぱくりと口の中に入れて……。

 ぶわっ、と音がしそうな勢いで涙を流し始めました。


「え、ええっ!? あ、あの、何かおかしかったですか!?」

「おかしい……ええ、おかしいかもしれません……。これほど美味なクッキーを、私ごときが食しているという事態が……! 女神よ、お許しください……!」

「え、えー……」


 クッキーを食べ終えて、膝をついて女神様へ一心不乱に祈りを捧げはじめるヨハンさんの姿に、私は呆然とします……。

 まさかこんなリアクションが帰ってくるとは思いませんでした……。


「と、とりあえず、おいしいですか?」

「おいしいなどと、そんな乱暴な言い方はできません……! これはもはや美味であると表現すべきです……!」

「そ、そうですか……」


 とりあえず、おいしいということで問題はなさそうです……。

 私は小さくため息をつきながら、用意しておいた紙袋を取り出します。


「おや、それは?」

「みんなたぶん忙しいと思いますから、いつでもつまめるように包装しておこうかと思って」


 真子ちゃんも光太君もアルト王子も、私と違ってみんな忙しいです。

 真子ちゃんは、いろんな発明。光太君は修行。アルト王子は公務。私が訪ねにいっても、すぐにクッキーを食べられるとは限りません。

 だから、お皿を持って訪ね歩くより、いつでもつまめるように簡単にラッピングして手渡したほうが、便利だと思ったんです。

 私の言葉に、ヨハンさんがまた笑顔を見せてくれます。


「ささやかな気遣いも決して忘れない……。さすがレミ様。私もお手伝いしてもよろしいでしょうか?」

「ホントですか!? ありがとうございます!」


 そうして二人でクッキーを紙袋に詰めていきます。

 そんなにたくさん持って行っても迷惑だと思いますから、少な目に詰め込んでいきます。

 と、ヨハンさんが不思議そうな声を上げました。


「? レミ様。ご用意されている袋の数ですが、四枚ですか?」

「あ、はい。真子ちゃんと光太君と、アルト王子……」


 指折り数えながら、私は最近顔を見ていない、魔法使いの男の子の名前を上げます。


「後、ジョージ君にも上げようかと思いまして」

「ああ、彼ですか。そういえば、ここ最近姿を見ませんね」

「はい……」


 ヨハンさんは頷きながら、クッキーを紙袋へと詰めていきます。

 私も同じように詰めながら、ジョージ君の姿を思い浮かべます。


「私も、フィーネ様に場所を尋ねたりして会いに行くんですけど、ほとんどお話しできなくて……」

「まあ、彼も一魔導師です。研究に熱が入れば、致し方ないことではないでしょうか」

「そうですね……」


 ヨハンさんは慰めるようにそう言ってくれますけれど、本当の理由は違うように思えます。

 ジョージ君が私と顔を合わせなくなる……もっと言えば私を避けるようになったのは、向こうでのみんなとの思い出を話してからです。

 あの時のお話の、いったい何がジョージ君を傷つけてしまったのかはわかりません。

 でも、こうして私を避けるようになったということは、何かがジョージ君を傷つけてしまったことには違いないと思います……。

 メイド長さんのいうように、しばらくはそっとしておいてあげようと思ったんですけど、それでもやっぱりジョージ君とは仲良くしていきたいです。

 だからせめて、クッキーの差し入れくらいはと思ったんですけれど……。


「受け取って、くれますかね……?」

「そう心配なさらずとも、ジョージ君もまだ子供です。こうして甘いものの差し入れを拒む理由もないでしょう」


 私を励ますように、ヨハンさんが言葉を紡ぎます。

 私はその励ましがうれしくて、顔を綻ばせました。


「ありがとうございます、ヨハンさん」

「いいえ。さて、とりあえず包み終わりましたね」

「あ、はい、そうですね」


 ヨハンさんに言われて、四つの包み紙が完成していることに気が付きました。

 あう……。私一個くらいしか作れなかった……。


「あまり大きな袋ではないので、数は詰め込めませんでしたが、よろしかったでしょうか?」

「はい。あまり、たくさん持って行っても食べきれないと困りますから」

「そうですね。残ったクッキーは、いかがいたしましょう?」

「そうですね……」


 袋に詰める枚数を見誤っちゃって、結構な枚数のクッキーが天板の上に残されていました。

 うーん、私一人で食べるのは論外だし、この枚数をいきなり持って行っても普通に食べてくれそうな人たちっていうと……。


「……ケモナー小隊の人たちの差し入れにしようかなぁ……?」

「彼らへの差し入れですか。きっと喜ぶと思いますよ」


 何気なくつぶやく私。

 あの人たちは、真子ちゃんたちの次くらいに親しく接してくれる人たちです。

 この城の人たちは、私たちが勇者ということで気おくれしているのか、なんていうか壁があるように思えるんですけど、ケモナー小隊の人たちはそんなことを気にしないで接してくれているように思えます。

 なんでも「隊長の仲間ですから」とのことだったんですけど、そのことがうれしくてたまに皆さんのところに遊びに行ったりもするくらいの仲です。

 ヨハンさんの後押しを受け、私は一つ頷きます。

 教団の人や、魔導師団の人は遠慮しちゃいそうだけど……あの人たちなら普通に受け取ってくれるかな?

 ……うん。ケモナー小隊の皆さんなら、きっと喜んでくれるよね?

 そうして天板の上に残ったクッキーを大皿の上に載せていると、厨房にあわただしく騎士の人が駈け込んできました。


「れ、レミ様! ここにおられましたか!?」

「なんです、騒々しい。ここは厨房ですよ」

「ハッ! 申し訳ありません!」


 ヨハンさんにたしなめられた騎士の人は、肩で息をしながら私のそばへと近づいてきました。

 何か、あったのかな? ひょっとして、隆司君が!?

 私は一歩前に出て、騎士の人に問いかけます。


「何があったんでしょうか?」

「ハッ! 物見台より報告があり、魔王軍からの侵攻の合図である狼煙が上がったと……!」

「狼煙が……!?」


 狼煙が上がったということは、今すぐにか、遅くとも明日には魔王軍が攻めてくるということです……!


「幸い、前線より使者はきていませんので、戦闘は明日と思われますが……明日に備えて会議を行うとマコ様から通達されましたので、連絡を……」

「……はい、わかりました。ありがとうございます」

「いえ、それでは!」


 騎士の人は敬礼すると、すぐに踵を返してどこかへと駆け出していきます。

 次は、光太君のところへ行くのでしょうか?


「しかし、リュウジ様がおられないこのタイミングでの襲撃……」

「はい……」


 前に真子ちゃんが言っていた、こちらの行動が魔王軍に筒抜けになっているという言葉を思い出します……。

 だからこそ、ソフィアちゃんと親衛隊の人たちが先回りするように奪還領地に先回りしていたわけですけれど、今回は隆司君がいないタイミングを狙ってきたということでしょうか……。

 ……それなら、絶対に負けるわけにはいきません。


「隆司君だって、がんばってるんだから……。ここで私たちが負けちゃったら、隆司君に顔向けできないよね!」

「はい、その意気ですレミ様」


 私はグッと拳を握りしめると、クッキーの入った紙袋をポケットに入れて、クッキーの乗った大皿を手に持って、会議場へと急ぎます。

 隆司君、私たちがんばるよ。

 だから……早めに帰ってきてね……。




 礼美ちゃんの手作りクッキー。特別なアレンジはありませんが、それだけのシンプルな味を保証してくれると思われ。

 さて、隆司がいない間に魔王軍が攻めてくるようです。

 ケモナー小隊もいるので、抑え自体は効くと思いますが……。以下次回ー。


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