No.71:side・remi「彼らの思い出」
「はふぅ……」
「なんか昨日は大変だったみてーだな……」
「言わないで……」
危うくヨハンさんに祭り上げられそうになった翌日、私は魔導師詰所の長机の上でぐったりと体を横たえていました。
うう……。ヨハンさんってば、本気で私を女神像の代わりにしようとするんだもの……。木槌を持ち出したときはどうしようかと思ったよ……。
結局昨日は、何とかヨハンさんの説得に成功して女神像の破壊を思いとどまってもらいました……。
決め手になったのは、意外なことに隆司君の小隊の騎士さんたちでした。
「アルベルトさんたちがいなかったらどうなってたことか……」
「お役にたてたようで何よりですな!」
「ひゃぅ!?」
ぽつりとつぶやいた声に、当のアルベルトさんの返事が!
驚いた私が慌てて体を起こすと、なんだかいい笑顔をしたアルベルトさんたち三人が本を片手に立っていました。
「ごきげんよう、レミ様! 今日も麗しいですね!」
「あ、はい、ごきげんよう……。皆さん、今日はどうしたんですか?」
ベルモンドさんに返事をすると、チャーリーさんが爽やかな笑い声を上げました。
「ハハハ。我々も騎士の端くれ。こうして時に勉学に励むときもあります!」
「そうなんですかー」
皆さんの勉学に対する姿勢は、とても大切なものです。やっぱり、騎士ともなるとそういった向上心は常に持ち合わせているものなんですね!
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「? どうかしたんですか?」
「「「なんでもありませんよ?」」」
アルベルトさんたちは、やっぱり爽やかな笑い声を上げながら、魔導師詰所の片隅へと歩いていきました。
よーし。皆さんに負けないように、私もがんばらないと!
私は勢いごんで、さっきから一枚の紙に向き合っているジョージ君の方へと振り返りました。
「ジョージ君! 添削の結果は!?」
「あー、五十点くらいじゃねーの?」
「やっぱり……?」
ジョージ君の厳しい採点に、思わずしょんぼり肩を落としてしまいます。
ジョージ君にお願いしていたのは、私のオリジナル呪文の添削です。
魔導師の人は、魔術言語の意味を組み合わせて、新しい魔法を開発するのがお仕事です。
簡単な呪文なら、ある程度はアドリブで完成することもありますけれど、戦闘にも耐えられるような複雑な呪文ともなると、やっぱり魔術言語同士の干渉で不発に終わることも多いんです。
今私がジョージ君に採点してもらっているのは、簡単に説明すれば「相手の戦意を削ぐ魔法」です。
もし今後、魔王軍との交渉の場を持つのであれば、まずは相手の戦意を削ぐことが重要だと思って、相手に傷をつけずに、ただ戦意だけ削げるような魔法を組み立ててみました。
ジョージ君の勧めに従って、まずは呪文の長さなんかは考えないで、とにかく魔法が発動できるように組み立ててみたつもりなんですけど……。
「魔術言語同士が干渉する点が多すぎるぜ。もうちょっと、こう、すまーとに組めねーのか?」
「ううー……」
ジョージ君が問題点のある場所に、赤いインクで印をつけていきますが、瞬く間に紙が真っ赤に染まってしまいました……。
初めてとはいえ、これはひどすぎます……。
ジョージ君はそんな私の様子を見て、呆れたような溜息をつきました。
「っていうか、そもそも戦意を削ぐだけってのが無理すぎんだろ。光矢弾だって、無傷で制圧するには十分だろーが」
「うん、そうなんだけどね……」
光矢弾は、光り輝く矢が対象の魔力を削るという魔法。無傷で制圧するには確かにちょうどよさそうな魔法なんですけど……。
大量の矢をいっぺんに叩きつけると、ちょっとした木くらいはへし折れる威力になるんです。
気にしすぎかもしれないけれど、できる限り相手を傷つけたくはないから……。
「光矢弾でだめなら、光波掌でも光槍撃でもいいじゃねーか」
「あ、あんまり過激な魔法はちょっと……」
ジョージ君が次々列挙していく魔法に、私は思わず顔をひきつらせました。
光波掌は掌から光の衝撃波を放って、相手の魔力を吹き飛ばす魔法。光槍撃は、十本くらいの光矢弾を束ねて一本にして放つ魔法です。
どちらも、人間位なら一発で昏倒させられる威力があるんですけど、だからこそ逆に怖いんです……。
尻込みする私を、ジョージ君は厳しい目で睨みつけてきました。
「おめー、本気でやる気があるのかよ? あれはダメこれはダメって、そんなんでこれから先やっていけんのか?」
「そ、それは……」
ジョージ君の言葉は、正鵠を射ていました。
確かに、彼のいうとおりです。
これから先、いつまでも私が出す盾や光矢弾が通用するとは限りません。
光矢弾以外にも、それなりの数の呪文を覚えていますけれど、ほとんど誰かを治療したり、身体を強化したりといった援護系の魔法ばかりです……。
真子ちゃんたちの足を引っ張らないためにも、少しでも攻撃系魔法を覚えていかないといけないって、わかっているんですけど……。
「………」
でも、やっぱり怖いです。
必要以上に、相手を傷つけて、それがもとで戦いが激しさを増して行ったりしたら……。
光太君が一人残った時、ガオウ君とはほとんど相打ちのような形で撃退に成功したらしいんですけど、その時ガオウ君の全身はひどく傷ついていたそうです。
きっと、魔王軍の本営に戻ったあと、マナちゃんが治療したんだろうけれど、それがもとでマナちゃんに恨まれていたりしたら?
そういうことを考えてしまうと、どうしても攻撃的な魔法を覚えるのに躊躇してしまうのです。
光太君なんかは、切磋琢磨できる相手ができて嬉しそうでしたけれど……。
それを後ろから見ている人のことは、きちんと考えてくれてるのかなぁ……?
「オメーが言うな」
「え?」
不意に聞こえてきたジョージ君の声。
びっくりして顔を上げると、ふてくされたような顔をしたジョージ君がそこにいました。
「な、なに?」
「なにも何も、オメー、後ろで見てたことなんか一回もねーじゃねーか」
「え? え?」
「……さっきから、声が出てんだよ」
「えええぇぇぇぇぇぇ!!??」
思わず赤くなった顔を押さえました。
というか、声でてたんだ!? 気づいてたなら、先に言ってよぉ!
「うう~……」
「……なあ」
「なーにー……?」
呻くように返事をすると、なんだか感情を抑えたようなジョージ君の声が聞こえてきました。
「コウタって……どんな奴なんだ?」
「……どんな?」
その質問に顔を上げると、ジョージ君は持ってきていた魔導書を読んでいました。
文字を呼んでいるジョージ君の表情はうかがえません。
どうしてそんなこと聞くんだろ?
「んー……」
ともあれ、聞かれたことには答えないと……。
私はゆっくりと光太君のことを考えます。
「出会ったのは、高校に上がってからだから……四ヶ月くらい前かなぁ?」
「そんなに短い付き合いなのかよ?」
「うん。言われてみれば、短いね」
思わず私は笑ってしまいました。
だって、光太君とはずいぶん前から知り合いだったような気分でしたから。
「最初は、真子ちゃんに誘われて一緒にお弁当を食べたんだよね」
「弁当を?」
「うん。光太君、男の子なのにお料理上手なんだよ? 毎日自分でお弁当作ってるんだ」
あれにはちょっと焦っちゃったなぁ。だって、私よりおいしいおかず作るときがあるんだもん。
「それから、隆司君とも知り合って……それからは、四人で一緒に行動するようになったんだよね」
暇さえあれば、ずっと一緒にいたんだよね。
お買い物行く時や、ゲームセンターで遊ぶ時。
光太君と隆司君が、対戦ゲームで遊んでいるのを後ろから眺めていたり、光太君にクレーンゲームで景品を取ってもらったり。
四人で、近くの山にハイキングに行ったりもしたっけ……。
なんだか懐かしい……。こっちに来てから、半年も経ってないはずなのに……。
「そんな中で思ったのは……光太君は優しくてすごくて……それでいて、どこか放っておけない感じがするってことかな?」
「放って……?」
私の言葉に、ジョージ君が顔を上げます。
どこか不安そうな表情です。
「うん。なんていうか、危なっかしい? そんな感じがするの」
「どこがだよ……。この国じゃ、もう上から数えたほうが早い位、強いじゃねーか……」
「そうだね、おかしいよね……」
私の言葉に、再び魔導書に顔を伏せながら、ジョージ君がなぜか震える声で反論してきました。
私はそんなジョージ君の様子に首を傾げながら、何とか言葉を探します。
実際その通りで、光太君の実力の伸びは天井知らずで、もうまともに相手ができるのが剣の師匠であるアスカさんや副団長さん、そして隆司君と騎士団長さんしかいないんだとか。
でも……光太君から感じる危なっかしさは抜けていません。
「なんでだろうね……。私も、よくわからないんだ」
結局ジョージ君が納得いきそうな答えが見つけられず、ごまかすような笑顔を浮かべてしまいました。
でも、なんとなくはわかっています。
きっと、私と光太君は、よく似ているんです。
鏡の向こう側の自分を見ているようで……だから放っておけない。そんな気が、するんです。
言葉にするには、あんまりにもよくわからない感覚ですから、今はまだ口にはしません。
きっと、説明してもわかってもらえないから。
「なんだよ、それ……」
ジョージ君が、やっぱり私の答えに納得してくれず身体を振るわせ始めました。
お、怒らせちゃったかな?
「じょ、ジョージ君? ごめんね? 私も、自分でもよく……」
「―――!」
「あっ!? ジョージ君!」
私が何か弁解するよりも先に、ジョージ君は勢いよく椅子を蹴倒して駆け出していきました。
何も言わずに駆け出して行ったせいで、その顔はよく見えません。
どうしたんだろう……。やっぱり、不真面目に答えたように思われちゃったのかな……。
私が不安でおろおろしていると、ジョージ君が出ていったドアからフィーネ様が顔を見せました。
「今ジョージが出てきおったが……いったい何があったのじゃ?」
「あ、フィーネ様」
やってきたフィーネ様に駆け寄ると、ぽつりと衝撃的な言葉を漏らしました。
「あ奴、泣いておるようじゃったが……」
「えっ」
思わず、息を呑みます。
泣いて、って……一体どうして……?
「っ!」
「あ、レミ!?」
急いで魔導師団の詰め所の外に出て辺りを見回しますが、もうジョージ君の姿はどこにも見当たりません。
慌てた様子の私を心配してか、フィーネ様がすぐに詰所から出てきました。
「どうしたのじゃ、レミ……」
「フィーネ様……」
私は不安そうなフィーネ様に先ほどの話をするか、一瞬迷います。
でも、結局……。
「……いえ、何でもありません」
「なんでもない?」
「はい。ちょっと、私のオリジナル魔法のことで、口論になっただけですから」
私は誤魔化すように笑顔を浮かべました。
もし、私の話がジョージ君を傷つけたのなら、気軽に他人に話すべきではないと思ったからです。
話にしても、きちんとジョージ君に謝ってからです……。
フィーネ様は、私の顔を怪訝そうに見つめていましたが、すぐに納得したように頷きました。
「そうか……。もし、何かあったら、すぐに教えてほしい。私も、主らの力になりたいのじゃからな」
「はい」
フィーネ様に嘘をついてしまったことに胸を痛めながら、私は今ここにいないジョージ君のことを考えます。
ジョージ君、どうしちゃったの……?
おかしい……。ラブコメいた話にしたいはずだったのに……! まあ、ジョージイベントが進んだ感じだからいいか。
女の子らしい直感で、少なくとも光太よりは前に進んでいる礼美ちゃん。結果として、まあ、周りが余計に悶々とするわけですが……。
次は礼美ちゃん信仰の進み具合をチェック!?