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No.70:side・remi「女神への祈り」

 荘厳な雰囲気を漂わせる、礼拝堂。

 みんなが旅立った翌日、私はみんなの無事を祈るために女神教団の皆さんの礼拝のお時間に邪魔しました。


「天地におわす我らが神よ――」


 オーゼさまが淡々と、でも力強く聖書に書かれた一文を読み上げていきます。

 その言葉を聞きながら、私は両手を組んで、瞳を閉じ、じっとみんなの無事を祈ります。

 ……今回残るといったのは自分からです。隆司君も光太君も、そして真子ちゃんも残ったのなら、私も残るべきだと思ったから。

 でも、みんながいなくなって、思っていた以上の寂しさが胸の中に去来しました。

 ……そういえば、この世界に来てから、みんなと離れるのはこれが初めてだな。


「日々、我らに糧を与えていただき、感謝いたします――」


 私はギュッと、さっきより強く手を握りしめます。

 魔法を学ぶ時なんかは、ジョージ君やヨハンさんと一緒で真子ちゃんたちがいないことはありました。

 でも、会おうと思えばいつでも会えました。真子ちゃんはギルベルトさんのいる錬金研究室に行けば会えたし、光太君は騎士団の修練場にいることが多かったですし。隆司君は……フラフラと城下町に出かけることも多かったので、会えない時も多いんですけど。

 だから、こんな風にみんなと会おうと思っても会えない、という状況はなんだか心細いです……。


「神よ。我らの祈りを、見届けたまえ――」


 祈りの言葉を言い終え、聖書を閉じたオーゼさま。

 そしてオーゼさまが本を閉じたタイミングで、神官の人たちが一斉に祈りの言葉を唱えました。

 内容は知っていたけど、タイミングが分からなくて、私だけは祈りの言葉を唱えそこなっちゃいましたけど……。


「……本日の礼拝は、これで終わりとします。各自、今日という日をよりよく過ごせるよう、各々努力なさい」


 なんとなく気まずい思いを抱く私をよそに、オーゼさまは以上の言葉で礼拝を締めくくりました。

 うぅん……。やっぱりいきなり参加するんじゃなくて、前もってヨハンさんに礼儀作法を聞いておけばよかったよぅ……。

 神官の皆さんが席を立ち、それぞれの持ち場や行きたい場所へ動いていく中、私は一人席に着いたままぼんやりと礼拝堂に備えられていた像を見つめました。

 実はこうして礼拝堂に来るのは初めてだったので、どんな像が置いてあるのかは知らなかったんです。だいたい、魔導師団詰め所で魔法の勉強をしているか、錬金研究所の真子ちゃんに差し入れを入れに行っているかだったので……。

 礼拝堂の正面に設置された像は、いわゆる女神様を模したもののように見えました。

 ただ、一つだけ気になる点が……。


「いかがしましたか、レミ様?」

「あ、オーゼさま」


 女神像を見つめながら首を傾げている私に、オーゼさまが近づいてきて声をかけてくれました。

 ちょうどよかったので、私はオーゼさまに聞いてみることにしました。


「あの、一つお伺いしたいことがあるんですけれど」

「なんなりと」


 オーゼさまがやさしく微笑んでくれたのを確認してから、私は正面にある女神像を示しました。


「あちらは女神様……の像ですよね?」

「はい、その通りです」

「女神様の像なんですけれど……どうして、御顔が見えないですか?」


 そう、目の前にある女神像……。たぶん大理石かそれに近い石で掘られたそれには顔が見えないようになっているんです。

 頭に巻いたショールのようなもので細部がほとんど見えないようになっていて、ほとんどどんな顔なのかうかがうことができません。

 信仰する女神様の像であるのであれば、細部まで再現するべきだと思うんですけれど。


「それは……」

「それは、女神様に対する敬意の現れですよ」

「あ、ヨハンさん」


 オーゼ様が私の疑問に答えようとしたとき、私の後ろから姿を現したヨハンさんが先に答えてくれました。

 オーゼ様を伺うと、小さく微笑んで頷かれたので、私はヨハンさんに向き直りました。


「敬意の表れ、と言うと……」

「はい。かつて、魔王に女神様をさらわれるより以前、女神様は我々とともにアメリア王国の王都に顕在されていたと伝えられています」

「そうなんですか!?」


 この国に女神様がいた、という事実に私は思わず大声を上げてしまいます。

 だって、普通なら神様みたいな存在はここじゃないどこか別の場所にいるという印象があるから……。


「驚かれましたか?」

「はい……。てっきり、天界みたいな場所があって、そういうところにいるものだと……」

「? テンカイ?」


 私の言葉に、ヨハンさんが首を傾げました。

 あれ? まさか……。


「えーっと……。私たちの世界では、神様は天界とかそういう場所にいるものだって、言われているんです。なので、この世界でもそういうものなのかなー、と……」

「なるほど……。レミ様の御世界では、女神様は別の場所で暮らしてらっしゃるのですね」


 私の説明を、とても興味深そうに頷いて聞いてくれるヨハンさん。

 やっぱり……。この世界の宗教は、私たちの世界と大きく異なるみたいですね……。

 でもそうなると……。


「じゃあ、女神様は、どこからおいでになったんですか?」

「? どこから、とは?」

「えーと……」


 私の質問に、不思議そうな顔になるヨハンさん。

 私はどう説明しようか迷いながら、何とか言葉を紡ぎます。


「……女神様は、どうやってこの世界にいらしたんでしょうか?」

「女神様は、かつてこの世界が危機に瀕した時、古の竜とともにこの世界に顕現したと伝え聞いております」

「古の竜…、ですか?」

「はい。古の竜……すなわち、古竜(エンシェントドラゴン)。かの存在とともに顕現し、初代アメリア国王とともに、世界を危機に導いた存在と戦ったとされています」


 初代アメリア国王様も、女神様の誕生というか顕現に関わってるんだ……。

 礼拝堂が王城の一角に立っているのも納得です。

 でも、それなら女神様はどこか別の場所からいらしたということになるわけで……。それならその場所に関して何か伝承があると思うんですけど……。


「そして、魔王が女神様をさらうまで、この国に顕在されていたという話です」


 続くヨハンさんの言葉は、特別その場所に対して触れるようなことはありませんでした。

 うーん……。あとで、聖書を読んでみようかな……。

 ともあれ、女神様の由来に関しては、ある程度わかりました。そろそろ、閑話休題といきましょう。


「それで……女神様の像の御顔が見えないのは……」

「ああ、そうでしたね」


 私の言葉に、ヨハンさんは申し訳なさそうな顔で微笑むと、女神様の方を見つめました。

 つられて、私も女神様の像を見つめます。

 朝日に照らされた女神様の像は、神々しく見えます。


「女神様が誘拐されてしばらくしてこの像が掘られたと聞きますが、当時の神官長が「女神様はいずれ奪還する。だというのに、代わりの像など彫るのはいかがなものか」と申したのだとか」

「それって……つまり、女神様は実在されるのに、偶像を彫るのは不敬に当たると判断されたということでしょうか?」


 宗教における偶像とは、それ自体が信仰の対象になることが時々あります。

 地球に存在するほとんどの宗教は、想像の産物だからなのですが……。

 当時の神官長さんは、それを良しとしなかったということでしょうか?


「おそらくは……ですが。そして協議の末、像の女神様の御顔は見えないようにするということで落ち着いたようなのです」


 ヨハンさんの言葉に、私はなるほどとうなずきました。

 そういうことならば、御顔が見えないのも納得です。

 女神様がおそばにいたというのであれば、偶像を不敬と感じる人がいてもおかしくないですけど、祈りを捧げる相手がいないと困るという想いも理解できます。

 そのための折衷案だったわけですね……。

 私はもう一度、女神様の像を見上げます。

 長い年月を経た女神様の石像は、風化の色合いのようなものも若干みられましたが、それでも威風堂々としたお姿です。当時の職人さんの、魂がこもっているようにも思えます。

 その御顔こそ見えませんが、わずかに微笑んでいるようにも見えました。

 じっと女神様の像を見つめていると、囁くようなヨハンさんのつぶやきが耳に入ってきました。


「しかし、これもいずれ不要になるやもしれませんな……」

「え?」


 その言葉に振り返ると、ヨハンさんは小さな微笑を称えながら、私を見つめていました。


「レミ様をはじめとした勇者様たちのご協力……。これがあれば、かの魔王から女神様を取り戻すことなど、造作もありませんでしょう」

「いえ、そんな……」


 ヨハンさんの言葉に、私は首を横に振りました。


「ハハハ、ご謙遜を」

「謙遜じゃありませんよ。私たちだけの力じゃ、女神様を救い出すことなんてできません」


 私は首を横に振って、ヨハンさんをじっと見つめます。

 そう。私たちは確かにすごい力を持っています。でも、それだけじゃ決してこの国は救えない。


「私たちも全力を尽くしますが……何より、この国の皆さんのお力添えがなければ、女神様を救うことも、この国を救うこともできないんです」

「……!」


 私の言葉に、ヨハンさんはかすかに目を見開き、そしてそばで聞いていたオーゼ様が息を呑みました。

 ……真子ちゃんも言っていましたけれど、たった四人で軍隊を相手にするのは無謀すぎます。

 ソフィアちゃんやヴァルト将軍。さらに魔導師のラミレスさんや、ソフィアちゃんの親衛隊のみんな……。

 これだけのすごい人たちを、私たちだけで相手にするのは無謀に過ぎます。

 だからこそ。この国の人たちにも頑張ってもらわなければいけないんです。

 そのための準備は、真子ちゃんが進めています。それまでの戦いは、光太君や隆司君が何とかしてくれます。

 だから私は、その間に皆さんに伝えなきゃいけないことがあるんです。


「だから、改めてお願いします」


 私はヨハンさんとオーゼ様に向き直って、頭を深く下げました。


「この国を救うために……力を、貸してください」


 今日、教団の皆さんの礼拝にお邪魔したのは、みんなのために祈るだけじゃなく、こうしてお願いするためでもあったんです。

 頼られるだけじゃなく、頼らせてもらえるようにお願いすること。

 それが、今回残った私に真子ちゃんがお願いしてくれたことでした。


「………レミ様」


 頭を下げたままでいると、ヨハンさんが私を呼ぶ声が聞こえてきました。

 その声に顔を上げると、ヨハンさんが私の目の前に跪いていました。

 そして、両の目から幾筋もの涙を浮かべていました。

 私は慌ててヨハンさんに駆け寄りました。

 泣かせるつもりはなかったんです!


「あ…!? す、すいません! 私、何か、気に障ることを……!?」

「レミ様……ああ、レミ様……!」


 でもヨハンさんはむしろ嬉しそうな声を上げ、私の両手をぎゅっと握りしめました。

 え? な、なに?


「こんな……こんな私でも、レミ様のお役にたつことができるのですか……!?」

「え? え、はい、もちろんですよ!」


 滂沱と涙を流し続けるヨハンさんに、私は頷きました。

 むしろ、協力してもらえないと困るんですけど……。


「ああ……! やはりレミ様は女神様の再顕現であらせられます……! 御身を救えなかった我々に恩赦を下さるばかりではなく、名誉を挽回する機会までいただけるなどとは……!」

「えーっと……」


 感極まった様子のヨハンさんに困り果てて、私はオーゼ様の方を見つめます。

 オーゼ様も困った様子でしたが、すぐにヨハンさんの肩を叩きました。


「ヨハン。レミ様が困惑しておられる。手を離しなさい」

「ハッ!? 申し訳ありません、レミ様!!」

「あ、いえ、いいんですよ!」


 オーゼ様の言葉にヨハンさんは涙を止め、顔を蒼くして勢いよく頭を下げました。

 でも、困ったのはいきなり涙を流されたことであって、両手を握られたことじゃ……。

 と私が言おうとするより早く、ヨハンさんは立ち上がってオーゼ様の方を向きました。


「オーゼ様、やはりこの像は女神様への不敬にあたると思います。即刻取り壊しましょう」

「ええ!?」


 なんでそんな話に!?

 オーゼ様はヨハンさんの言葉にため息をついて、首を横に振りました。


「何を言っているのだ……。像がなければ、いったい我々にどうやって祈りを捧げろと……」

「それはもちろん」


 ヨハンさんは輝くような微笑を浮かべて、ぽん、と私の肩を叩きました。


「こちらにおわすレミ様にです!」

「…………………えっ?」


 ヨハンさんの言葉に、私は目が点になったように呆けてしまいました。

 オーゼ様が、大きなため息をついています。呆れているのか、それとも……。

 私、これからどうなってしまうんでしょうか……。




 どうやら奉られてしまうようです、礼美ちゃん。やったね!

 まあ、オーゼさんが全力阻止すると思いますけどね。

 次は魔法のお勉強だよ!


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