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No.61:side・mako「花園のお茶会」

「と、言うことらしいのじゃが」

「あのアホどもは……」


 フィーネ経由で告げられた次回の領地奪還メンバー編成に、思わず頭を抱えるあたし。

 今いるのは王城の中に作られた中庭、その中心に据えられた白い円卓だ。

 王城の中でも、庭師が特に力を入れて手入れを行っているというだけあって、なかなか華やかな場所ね。匂いもそんなに強くないし、なんだか落ち着く場所だわ。

 そんな場所で、あたしは久方ぶりに日光を浴びつつ礼美たちとお茶会をしていた。

 メンバーはあたしに礼美、アンナ王女にナージャ。そして飛び入りでやってきたフィーネだ。

 フィーネの分のお茶をメイド長に頼みつつ、あたしはフィーネにアホどもの伝言のお礼を言った。


「悪かったわね、フィーネ。アホどもの伝言をわざわざ伝えに来てもらって」

「構わぬよ。我はあまり、皆の役には立ててはおらぬからな……」


 あたしの言葉に、フィーネは自嘲するように首を横に振った。

 そんなフィーネに、アンナがとんでもないというように声を荒げた。


「何を言ってるんですの! フィーネがいなければ、この城を護る結界の補強や、魔法薬生成のための結界生成など誰がやるんですの!」

「じゃが……」

「まあまあ、アンナ様。フィーネ様は、直接勇者様たちのお力に慣れないことを気に病んでおられるんですよ」


 フィーネがアンナの言葉に反論しようと口を開いた瞬間、絶妙なタイミングでナージャが二人を押し止めた。

 反論しようとしたフィーネも、フィーネの表情を見てまた顔を赤くしたアンナも、グッと息を詰まらせた。

 うまいわね。機先を制して、相手の出鼻をくじく。戦いでも話術でも、重要なテクニックね。

 あたしは二人を止めようと腰を浮かせかけていた礼美の服の裾を引いて座らせつつ、あたしはフィーネの方を見た。


「とりあえず、メンバーに関しては了解したわ」

「ぬ? 良いのか?」


 あたしの言葉に、フィーネが不思議そうな顔になった。

 ここ最近、あたしは錬金研究所に篭って新しい魔法道具を作ろうと躍起になってる。それを知ってるから、外に出ても大丈夫なのか?って言いたいのね。

 そんなフィーネに、あたしは顔をしかめつつ後ろ頭を掻いてみせた。


「いや、まあ……。正直、今、煮詰まっててさ……。気分転換に外に出てみようとも思ってるから……」

「気分転換って、真子ちゃん……」


 あたしの言葉に、礼美が絶句したような声色を上げた。

 まあ、普通は領地奪還で気分転換とか、やらないわよね……。

 とはいえ、ケモナー小隊(変態ども)と一緒に走る気にはなれないし、あたしはハンターズギルドに登録する気はないから、他に気分を変える方法がないのよね……。

 はあ、と陰鬱なため息を吐くと、アンナ王女が心配そうな顔をしてあたしのことを見た。


「大丈夫ですの、マコ様?」

「え?」

「いえ、ここ最近、御顔がすぐれませんですの。もし、何か手伝えることがあるのなら、言って欲しいですのよ?」

「あ、うん。ありがと」


 アンナ王女の気遣いに、思わず顔を綻ばせながら、あたしは腕を伸ばしてその頭を軽く撫でた。

 アンナは小さく声を上げたけれど、すぐにくすぐったそうに小さく笑い声を上げた。

 フィーネと同い年くらいなのに、ずいぶんできた子だわー。

 フィーネといいアンナといい、周りがもっとしっかりしてりゃ……。

 あたしはのど元まで出かかったため息をグッと飲み込んでから、ナージャに顔を向けた。


「フォルカが領地奪還に出ていくけど、ケモナー小隊(あんたんとこ)の出来上がり具合はどんなもんなの?」

「多少、個人差は出てきていますが、計画通りといったところでしょうか」


 ナージャは小さく頷きながら、王都の外を見つめる。

 景気のいい声と、複数の男女の掛け声が聞こえてくる。

 ここ最近のケモナー小隊の日課である、王城周回マラソンの声だ。

 最初の頃こそ、ほとんど声も上がらなかったが、最近では終了の掛け声がかかるまで、しっかり声が上がっている。


「マコ様に考案いただきました、体力回復促進の魔法もあって、かなり効率よく体力が上がっています。その節は、本当にありがとうございました」

「ああ、いいのよ別に。あたしとしても、戦力は多いほうがいいしね」


 頭を下げてくるナージャを、あたしは片手を振って遮った。

 あたしがナージャに考案してやった魔法は、元々フィーネが研究していた術を少し弄っただけのものだ。

 フィーネとしても体力低下の一途をたどる魔導師たちの惨状をどうにかしたかったらしく、それをどうにかするために開発していたんだけれど、身体を動かさないと意味がないと気が付いて途中で放り出してたんだとか。

 今回ケモナー小隊が、マラソンで体力増強していると聞いて、フィーネが引っ張り出してあたしが簡単に完成させたわけだ。こういう時は、魔術言語(カオシック・ルーン)に精通しているこの能力は便利ね。


「で、実際に使えるようになるまでは、どのくらいかかりそう?」

「早い隊員なら、次の会戦には出られるかもしれません」

「すごい……」


 ナージャの言葉を聞いて、礼美が驚いたような声を上げた。


「隆司君が立ち上げた部隊、もう戦ってくれるんだ……!」

「まだ、一部のみではありますけれどね」


 礼美に苦笑して見せるナージャ。まだ彼女の求める完璧には程遠いってことかしら。

 まあ、最終目標が魔族(嫁や婿)と砂浜で追いかけっこ、って聞いたら礼美も目を丸くするだろうなぁ……。

 あたしはこっそりため息をつきつつ、アンナの方に顔を向けた。


「でさ。次はどの領地を奪還するか決まった?」

「……いえ。実はまだなんですの……」


 アンナは力なく首を横に振った。

 はて。前回の奪還は結構早く決まったのに、今回は時間かかってるわね?

 あたしは首を傾げて、質問してみた。


「どうかしたの?」

「いえ、その……」


 アンナは若干言いづらそうに口をもごもごさせていたけど、意を決したのかあたしの目を見てはっきり告げた。


「実は、フォルクス公爵が」


 その名前を聞いて、あたしは思わず半目になった。

 まさか、余計な横槍入れてるせいで議会が纏まらないわけ?


「なに? あのバカ公爵、まだなんか喚いてるわけ?」

「ええ……。次こそは自分の領地を奪還させようと、とにかく難癖つけて次の奪還領地の決定を遅らせているんですの……」


 あのバカ公爵は……。そんなに自分の領地を奪還してほしいわけ?

 思わず目頭を押さえるあたしの向かいで、礼美がアンナにおずおずと問いかけた。

 あんたまさか……。


「あの……フォルクス公爵の領地って、どこにあるんです?」

「ちょっと、礼美?」


 予想通りの言葉を聞いて、礼美を睨みつけるあたし。

 そんなあたしに弁解するように、礼美はややひきつった笑顔を浮かべた。


「だ、だって、すぐに領地を取り戻せば、その、フォルクスさんも少しはおとなしくなるかなーって……」

「あんたねぇ……」


 あたしは呆れたような声を上げるけど、悪くはない案よね。

 一々やかましいなら、とりあえず黙らせるために願いを叶えてやるのは。

 まあ、そのあと一々要求してくる場合もあるけど、物が領地ならそういうことはないでしょうし。

 アンナの方を伺うと、アンナは首を横に振った。


「レミ様のお心づかいはうれしいのですけれど……フォルクス公爵の領地は、魔王軍の本営の向こう側にあるんですの」

「ああ、そりゃ無理だわ」


 あたしは速攻で頷いた。

 いくらなんでも、魔王軍本営を突破して貴族領奪還なんてやってらんないわ。

 それができるなら、とっくの昔に魔王軍を真っ向から叩き潰してるわよ。

 迂回するってのもなし。話によれば、ハーピーっていう、鳥の魔族もいるみたいだから、監視網に引っ掛かったら、領地奪還メンバーだけで魔王軍本営の戦力を相手する羽目になる。

 いつものソフィア親衛隊+αならともかく、ヴァルトとラミレスを一度に相手してまともに戦える気がしないし。

 どうあがいても、最後の方に回されそうねぇ。


「とはいえ、他の貴族たちもフォルクス公爵の粘着にうんざりしてきているので、あと二、三日もしたら議会は決定するですの」

「二、三日後かぁ……」


 アンナの言葉に、あたしは腕を組む。

 それまでに、なんかひとつくらいは魔法道具作っとくかなぁ。

 ……にしても。


「なんであのフォルクスとか言うのはそんなに自分の領地を取り戻したがってんのよ?」

「言われてみれば、そうだね」


 あたしの言葉にうんうんと頷く礼美。

 確かフォルクス領って、大した資源も確たる交易路が確保できているわけでもないのよね?

 となれば、その収入は基本的に領民たちから治められる税ってことよね。

 今まで占領されていた領地を見るに、交易とかは停止させられてるけど、普通に生活する分には問題ないわけで。

 ならいつ奪還しようとも問題ないと思うんだけど?

 そんなあたしの言葉に、フンと小ばかにしたように鼻を鳴らしたのはアンナだ。


「何のことはありませんわ! 要するに、フォルクス公爵に誇れるものがそれしかないというだけですの!」

「アンナ、言い過ぎではないのか?」


 アンナの言葉を窘めるように、フィーネが声をかけるが、ナージャも同意するように頷いていた。


「確かに、現フォルクス公爵からは、いいお話を伺いませんからね」

「ナージャ殿まで……」


 フィーネが困ったように右左と、アンナとナージャの顔を見回し、最後に助けを求めるようにあたしの方を見た。

 いや、あたしの顔を見られても。


「あの、いい話を聞かないって、どういうことなんですか?」


 あたしがフィーネに見つめられて困っている間に、礼美が聞きたかったことを聞いてくれる。

 礼美の質問に、アンナが力強く頷いた。


「単純な話ですの。例えばレスト領のカウル子爵。彼は、代々レストからの交易を管理する立場にあるのですが、それ以外にも交易先の領地に赴いて、さらなる商品の開発に余念がないのですわ」

「カウル子爵の代になってから、レスト方面からやってくる交易品の質も上がってます。他にも、ヨーク領の貴族様は海湖(ソルト・レイク)で、数種類の新種の海産物を発見しているんです」

「新種の発見とはまたすごいわね」


 海湖(ソルト・レイク)はその性質上、生育環境がほとんど変わらないはず。なら、その海湖(ソルト・レイク)の中に生息している魚類は自然と限られてくる。この国が建国されて何年立ってるか知らないけれど、百年もあれば主だった種類は発見できるはず。

 そんな中から、新種を発見するのは、かなり難しいはずだ。設備があたしたちの世界並みに整っているならともかく、ろくな潜水道具もなくそれをこなすだけの才覚か、あるいは運か。ともあれ、さすがは領地を治める貴族ってところね。

 そこまで語ってから、アンナはまた鼻をフンと鳴らした。


「しかしフォルクス公爵は、代替えを行ってからもうそろそろ十年を超えるというのに、特別何か新しいことを行おうとはしていないのですわ」

「貴族というのは、跡を継ぐだけではなく、次代に継がせなければならないというのに……」


 ナージャの続く言葉に、あたしはなるほどとうなずいた。

 つまり貴族は代替わりを行う度に、何かしら新しいことを行って次代に継がせないといけないわけね? そうすることで、自らが治める領地をさらにより良いものへと変えていくわけだ。

 もちろん、その代の貴族が行ったことが善政とは限らないけど、なら次の代でそれを変えていけばいい。効率がいいとは言えないけれど、悪くはないんじゃない?

 で、フォルクス公爵はそんな貴族としての責務を怠っていると。


「期待を裏切らないボンクラぶりねー」

「ま、真子ちゃん……」


 あたしのはっきりとした物言いに、礼美が戸惑ったような声を上げる。

 なによ? 事実でしょう?

 と思ったのだが、どうやら礼美の反応は、あたしの言葉そのものじゃなかったらしい。

 見れば、いつの間にかフィーネがうつむいていた。

 なになに? どしたの?


「ちょっと、フィーネ?」

「……我は……」


 あたしが声をかけると、フィーネが小さくつぶやいた。


「ん?」

「……我は……私は……何か残せるのかな……?」


 いつものキャラ作りすら忘れて、フィーネが小さくつぶやいた。

 そのあと、消え入るような声で、おばあ様みたいに……、と続く声も聞こえた。

 ああ、貴族領の話で変なスイッチ入っちゃったみたいね……。

 あたしはため息をついて、フィーネの小さな肩を抱いてあげた。


「そんなこと気にしないの! あんたはまだまだ小さいんだから、残すだの残さないだのって話は気にしなくていいの!」

「でも……」

「そうです、フィーネ様。今は、魔王軍との戦争をどうにかするのが先決ですよ?」


 沈んだフィーネを慰めるように、礼美もその両手を握って励ます。

 フィーネの様子に慌てたアンナが、席を立ってその隣に駆け寄った。


「そうですわよ、フィーネ! それに、ジョージと違ってフィーネが何も残せないなんてことはありませんの!」

「アンナぁ……」


 アンナの言葉に、フィーネが湿っぽい声を上げる。

 そしてフィーネの前に、そっと湯気の立ち上る紅茶が差し出された。


「どうぞ、フィーネ様。入れたての紅茶です」

「飲んで、落ち着いてくださいね」

「うん……」


 メイド長とナージャに言われて、フィーネは小さく頷いて、紅茶を手に取った。

 何とか浮上してきたフィーネを見下ろして、あたしはこっそりため息を吐いた。

 宮廷魔導師の肩書、やっぱりフィーネには重たいみたいね……。




 女の子だけの秘密のお茶会! にしては会話内容に色気もそっけもないですけど。

 そして荒ぶるフォルクス公爵。こういうのが一人でもいると議会がてんやわんやで進まんのですよ。

 次回までには次取り戻す領地が決まっていますようにー。


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