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No.58:side・mako「呪術師は叫ぶ」

「ハッ!」


 鋭い呼気とともに、マナが手に持っていた符をあたしに向かって投げつけてくる。

 爆発か、あるいは光矢弾(ライトアロー)か。

 どちらにせよ、その発動を待つ気はないわ。


裂け天星(スラッシュ・スター)


 あたしの呪文に呼応して、天星が淡く輝く。

 それを確認して、あたしは空を舞う符に向かって天星を投擲し。


「斬り裂けっ!」


 手掌で素早く天星をコントロールし、マナの符をすべて斬り裂いた。


「なっ!?」


 そのスピードに、マナが驚きの声を上げる。

 フフン。対ソフィア用に組み上げた魔法の一つ、裂け天星(スラッシュ・スター)

 実際に天星が斬属性効果を得るんじゃなくて、高速で対象を擦る際の摩擦エネルギーで対象を破壊するための魔法よ。

 この程度の加速でソフィアに対抗できるとは思わないけど……空中に浮いてる紙を引き裂く程度はわけないわ。

 あたしは人差し指で天を指し、その先に天星を呼び寄せる。

 そして魔力を込め、新たな指示を天星に下した。


討て天星(ストライク・スター)ッ!」


 腕を振りおろし、天星をマナに対して叩きつけるように飛ばす。

 マナは素早く懐に手を突っ込んで、一枚の符を取り出す。

 それを自分の前面に張り付けるように投げ、両手で印を組んだ。


「壁ッ!」


 マナの鋭い叫びと同時に透明な壁が出現し、それに天星がぶつかって火花を散らす。

 それを見て、あたしは両手を再度振り上げる。

 そして両手を思いっきり天星に向かって叩きつけるように振り下ろし、同時に天星に魔力を叩きこんだ。


「シッ!」

「くっ!?」


 衝突による火花が一際強くなる。

 マナは脂汗を流してこらえ、一瞬の空白を置いて。


「喝ッ!」


 喝破によって壁を破壊。その衝撃で、天星も砕け散った。


「まずは一つ……!」


 マナは確信を得たようにつぶやいて、再び両手いっぱいに符を持った。

 対するあたしは、中空に浮く七つの天星を操る。

 ふむ。ソフィアから聞いたのかしら? あたしの天星は破壊できるって。

 確かに天星が壊されるのは痛いけれど……。一個の破壊にこれだけ時間がかかってるんじゃね。

 そう考えながら、あたしはゆっくり次に使う魔法を組み上げる。

 が、それよりマナの行動の方が早かった。

 素早く地面に向かって符をばら撒くと、両手で印を組んだ。


「破ッ!」


 マナの詠唱と同時に破裂する符。上がる土煙は、マナの姿を隠した。

 土煙で自分の姿を隠して、何かする気かしら?

 天星の一つを全面まで持ってきて、新たな魔法を唱える。


強風撃(ブラスト・ウィンド)!」


 天星から放たれた強風は、普段の数倍の威力を持って目の前の土煙を吹き飛ばす。

 が、もうマナの姿はどこかへと消えていた。


「ちっ……」

【どうです? 見えないでしょう――】


 舌打ちと同時に聞こえてくるマナの声は、どこかくぐもって聞こえてきた。


【まずはあなたの視覚を奪います。そして――】


 マナの言葉と同時に、宙に浮いていた天星の一つがビシリと真っ二つに割れた。

 あたしは素早くその天星が割れたほうに振り向き、詠唱完全破棄で光矢弾を放つ。

 が、感じていた気配はすでになく、また別の天星が割れる。


「ッ!」

【少しずつ、あなたの手足を奪います――】

「マナは呪術師(エンチャンター)……。呪うがごとき、兵法を得意とする、魔王軍屈指の魔導師よ」

「姿を見失った貴様に勝機はないぞ!」


 二つの天星を砕かれたのを見てか、勝ち誇ったようにソフィアとガオウ(外野)が声を張り上げる。

 が、やっぱり甘い。

 残った五つの天星が、あたしを護るように周囲を回り始める。


「フン。人の手足を砕くってんなら、一息にやんなさいよ。例えば――」


 そして少しずつ輝き始める天星を見てから、あたしは思い切り足を振り上げ。


「こんな風にね! 爆心地撃(アース・ウェイブ)ッ!!」


 地面にめり込むほどに叩きつける。

 同時に、あたしの周囲一帯が衝撃によって揺れ、めくりあがり、土や潜り込んでいた岩石を勢いよく上空へと巻き上げた。


「ぬぁぁぁぁぁぁぁ!!!??」

「な、何だとぉっ!?」


 土煙の向こうで、ソフィアとガオウ(外野)の悲鳴が聞こえる。

 たぶん、騎士団を巻き込む恐れがあるような範囲攻撃を行ってこないと踏んでいたのだろう。

 だがお生憎様。プロの騎士たちに遠慮するような仏心を、あたしは持ち合わせちゃいないのよ。

 一応、巻き込むかもしれないとこの戦いが始まる前に言い含めてある。それを聞かずに怪我をするようなら、それはその人の責任よ。

 そしてあたしは素早く上空に視線を向け、こちらに向かって落ちてくる狐っ娘の姿を捕らえる。


「お疲れ。モグラの真似事は楽しかったかしら?」

「くぅっ!」


 マナは歯を食いしばり、浮遊感覚に耐えながらも健気に攻撃を続けようと符を構えた。

 先ほど姿が見えなくなったのはなんてことはない。今あたしがやって見せた奴のずっと規模の小さいことをやって地面に穴をあけ、そこに潜り込んだだけだ。説明するのも馬鹿馬鹿しい。

 あとは洞穴堀(アースブレイカー)なりなんなりで通り道を作れば、あたしを攻撃し放題。

 まあ、こうやって地面ごと吹き飛ばせば、関係ないわけだけどね。


「雷ッ!」


 マナの掌の符が一瞬輝き、あたしに向かって雷閃が伸びる。

 が、それは空中に舞うあたしの天星が弾き返す。

 あたしはその光景をのんびり眺めながら、手に持った天星をマナに投げつける。

 避ける手段のないマナは、まっすぐ飛ぶ天星になすすべがないように見えた。


「爆ッ!」


 けど、天星が当たる寸前、マナの体側面が爆ぜる。

 爆発の勢いに押されて動いたマナの身体すれすれに天星が飛んでいく。

 まさか符を爆発して、天星の軌道から逃れるとはね。天星は、中に残っていた魔力が今の飛行で尽きて、そのまま砕け散った。

 そしてマナは地面に危なげなく着地。若干身体が焦げていたり、着物が土だらけだが闘志は失っていないようだ。

 地面は、たった今あたしが爆砕した影響でひどくでこぼこしている。動いたり、走り回ったりするのにはひどく向かないだろう。

 周囲に目をやれば、爆砕に巻き込まれたらしい魔王軍一同がひどく咳き込んだり、身体を抑えたりしている。一方のアメリア王国騎士団の面々は、何とか効果範囲に逃げているのかだいぶ遠くでこちらを見つめていた。

 まあ、一応予告の効果はあったってことかしら?

 そんな風に周囲を見回すあたしを見て、何か癪が触ったのかマナの目つきが鋭くなった。


「……そんな風によそ見をして……! 私なんか、余裕で倒せるってことですか……!」

「ん?」


 そんなマナの物言いに、思わず首を傾げるあたし。

 いや、よそ見がイコール余裕ってのはちょっとおかしくない? 戦場における周囲の把握は重要だと思うんだけど。

 だが、そんなあたしの様子にかまわず、マナは尽きることがないのかまた大量の符を両手に構えた。


「あの男と言い、あなたといい……! 何故真面目に戦おうとしないのですか……!」

「隆司はともかく、あたしはいつももマジメよ?」

「ならばなぜ眼前の敵から目をそらすのです……!」


 憤怒、といった様子で激昂するマナ。

 そんな彼女の姿を見て、思わず頬を掻くあたし。

 なるほど。この子、生真面目すぎて損をするタイプか。

 あたしは残った四つの天星を手掌で操り、前面に円を描くように展開する。


「信じる信じないはあんたの勝手だけどさ。そんな風に肩肘張っちゃ、いろいろ損よ?」

「大きなお世話です……! あなたたちみたいに、不真面目よりはよほどいい……!」


 じり……とこちらに向かって足を動かすマナ。

 対し、微動だにしないあたし。


「私だって、ソフィア様親衛隊の一人……! この戦いに、かける想いはあります……! それを、侮辱させません……!」

「不真面目な態度を侮蔑ととるのは勝手だけど、そんなに余裕がないんじゃ、大事なものを見落とすわよ」


 そこであたしはちらりと視線を横に動かす。

 こちらをじっと見つめ、今にも飛び出しそうに身構えている、ガオウに向けて。


「――でなきゃ、恋も戦いも、勝てないわよ?」

「なっ……!?」


 あたしの視線、そして言葉を聞き、まともに狼狽するマナ。

 その隙に、素早く天星を地面に埋め込む。


土隆撃(アース・グレイブ)!」


 そして天星から放たれる、数倍に増幅された大地の杭。

 鋭いアギトとなってマナに向かって突き進んでいった。

 地面が隆起する音を聞き、ハッと気が付いたマナは顔を真っ赤に染め上げた。


「またそうやって人の隙を突く……!」


 素早く左に避け、こちらに向かって駆け出す。

 対してあたしはその反対側に体を躍らせる。

 杭の向こうから符が投げつけられ、掛け声とともに光矢の雨と変わる。


「その態度が侮蔑と何故気が付きません!」

「そりゃ、侮蔑の意志がないからよ」


 言ってあたしは天星を中心に盾を生み出す。天星の盾は、降り注ぐ屋の雨からあたしを護り、そして砕け散る。


「嘘をおっしゃい! そうして私をからかって……! 遊んでいるんでしょう!」


 今度は杭を打ち抜く鋭い風の牙があたしを襲う。

 それは狙い違わず、天星を一つ打ち砕いた。


「遊んでいるのは否定しないけど、からかってはいないわ」


 お返しとばかりに、あたしは天星を投げ返す。

 開いた穴を通って向こうに飛んだ天星は、特に手応えもなく突き抜けた。

 そしてあたしは残った天星を手に取る。


「遊んでいるのであれば、結局は同じでしょう……!」


 天星には、背中を向けたマナが符で魔法陣を描き、こちらに向かって莫大な魔力を叩きつけようとかまえている姿が映っている。


「そういう態度……!」


 魔力の高まりが最高潮になる寸前、マナは勢いよく両手を振り上げる。


「大っ嫌いですっ!!!!」


 その叫びと同時に、地面の杭もろともあたしがいた場所は吹き飛ばされた。

 爆発的な魔力の波動は容赦なく大地を抉り、溝を穿つ。


「はっ……はっ……はっ……!!」


 抉れた平原を前に、マナは荒く息をつく。

 残った魔力を全部叩きつけた一撃、って奴ね。

 こっちを遠慮も呵責もなく吹き飛ばすつもりだったわけか。

 とはいえ、純粋な魔力は衝撃は生んでも実際に何かを破壊するだけのエネルギーはないから、最後の良心は残ってたのかしら。

 ただまあ、やっぱり甘いわね。

 あたしは思わず出そうになるため息を飲み込んで、マナの背中を容赦なく蹴り飛ばした。


「っきゃぁ!?」


 まさか攻撃されるとは思わなかったらしいマナが、可愛らしい悲鳴とともに地面にうつぶせに倒れ込む。

 あたしはその背中を座布団に、ゆっくり腰を下ろした。


「ぎゅぶっ!?」

重力枷(グラビティ・ウェイト)ー」


 魔族は身体能力に長けてるから、一応重力の枷であたし自身を重くして、マナを地面に張り付ける。


「はい、お疲れ様」

「な、なんで……!?」


 あたしという重石を背中に乗せながらも、何とかあたしの方を振り向くマナ。

 あたしはピーンと伸びきった尻尾をさわさわとさわりながら、説明してあげる。


「なんでも何も、転移術式(テレポート)で逃げただけよ?」

「呪文は聞こえませんでした……!」

「天星が二つあれば、天星から天星へと跳ぶ分には呪文なしで行けるのよ、あたし。……この尻尾、気持ちいいわね」

「ひゃうん!?」


 あたしが髪の毛に櫛を入れるように指を差し込むと、マナが変な声を上げる。

 ああ、やっぱりこういう部分は敏感なのかしら? にしても、本気でモッフモッフで気持ちがいいわね……。こういう部位がある人間が好きになるって属性、ちょっと理解しかけたかも。


「ひゃぁ! がまんできませ」

「C」

「ハッ! Cバックドロップ!」


 ズゴォン!


 あたしの呼び声と同時に、騎士陣営の方から地面に何かが埋まる凄絶な音が響き渡るけど、無視。

 あたしは地面に顔を伏せて悔しそうに震えている、マナの頭を撫でてやった。


「まあ、今回は運がなかったってことで」

「く、ふっ、うぐぅ……!」


 あらら、マジ泣き? しょうがないわねー。

 あたしはため息を吐くと、魔法を解除してからマナの上から立ち上がり、今にもこっちの喉笛噛み千切りそうな勢いのガオウに視線を向けた。


「いつまでもそこにいないで、助けに来てあげたら?」

「言われずともぉ!」


 勢いよくこちらに駆けつけるガオウ。

 あたしはそのままその場を離れてあげる。

 ガオウは素早くマナに駆け寄ると、うつ伏せだったマナをやさしく抱き起した。

 マナは涙でぐしゃぐしゃに汚れた顔で、ガオウの顔をまっすぐに見つめた。


「マナ! しっかりせよ!」

「ガオウ君……!」

「お前はよく戦った! ソフィア様を守護するものとして、恥じない働きだったぞ!」

「ガオ、君……! ガオウくぅぅぅん!!」


 感極まったように、ガオウの胸に飛び込んで、ワンワン泣き声を上げるマナ。

 ガオウももらい泣きで男泣きに泣き始めるし……。

 これで、ただの仲間ってのが別の意味で泣かせる話よねぇ……。


「……じゃあ、今回はこっちの勝ちでいいわね?」

「異論はない」


 いつの間にかこちらに近づいていたヴァルトに確認すると、ヴァルトは孫を見つめる温かい視線でガオウとマナのやり取りを見つめながら、小さく頷いた。

 マナの攻撃に巻き込まれないように魔王軍を誘導していたらしいソフィアが、足早にこちらに駆けてきた。


「ではヴァルト、今回はこれで撤退しよう」

「ハッ」

「それから……魔導師よ」

「なによ?」


 ヴァルトに撤退を命じたソフィアが、真剣な表情でこちらを見つめる。

 そんなソフィアの様子をいぶかしげに見ていたあたしだけど、急にその頭を下げられて狼狽する羽目になった。


「今回は、すまなかった」

「な、何よいきなり?」

「いや、危うくお前を殺すところであった。マナにはあとで、厳しく言い含めておく」

「こ、殺すって……」


 ソフィアの言葉に思わず脱力しながら、あたしは胡乱な眼差しでその美貌を見つめる。

 いや、あの……。あたしたちが今何をしてるかわかってる?

 あたしがそう、言葉にするより先に、ソフィアはその黒い翼を大きく広げて少し飛び上がった。


「ではさらばだ! また戦おう、勇者よ!」


 大きな声でそう宣言し、身体をひねってその翼で、暴風とも呼べそうな旋風を起こす。

 思わず目を瞑り、そして再び開けた時にはいつものように魔王軍の姿はなくなっていた。

 あたしは魔王軍がいなくなった後の地平線を眺めながら、今日最大のため息を吐いた。

 なんか、調子狂うわねぇ……。




 そんなわけで、手玉に取られたマナちゃんであった。狐っ娘の泣き顔イエー( ゜д゜)b

 しかしもうちょっと肩の力抜いてもいい気がするなぁ。こんな真剣に戦いに挑んでるのって、この子だけじゃなかろうか。

 ではまた次回ー。出来れば礼美かなぁ?


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