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No.48:side・ryuzi「勇者たちの憂鬱」

「来なかった……」


 がっくりきてますごきげんよう。辰之宮隆司でございます。

 もはやだれに言ってるのかもわかりませんが、聞いてください。机に突っ伏しながらではありますが。

 仲間たちが帰還してしばらく。

 時期的に言えば、やってくるはずの嫁率いる魔王軍が来ませんでした。

 理由は定かではありません。少なくとも、俺が編成したケモナー小隊に恐れをなしたって理由ではありえないはず。たぶん。

 ですがそんなこたぁどうでもいいのです。余禄です。

 問題は、これで嫁に会えない期間二週間目突入記念☆ということなのです……。

 死ぬ。きっと明日には嫁成分が欠乏して死ぬ。


「いや死なねぇだろ。あんたが嫁残して死ぬところとか想像もできねぇ」

「おー、ふぉるかかー……」


 どうやら、脳内の考えが口から垂れ流しになっていたのか、いつの間にか俺の脇に立っていた魔導師の男……フォルカが俺を胡乱げな眼差しで見下ろしていた。

 確かフォルカには、ケモナー小隊の魔導師や神官連中の体力づくりを命じてたはずなんだけどなー……。


「いや、もう終わりましたから」

「あれ、そうなん、なーじゃ……」


 その隣に立っているのは、狐っ子モフり隊のリーダー格のナージャ。フォルカと体力づくりをやってもらっていた神官の少女だ。


「とりあえず、メニューに関しての修正案を書いておきましたので、確認をお願いします隊長」

「あい」


 ナージャが差し出す書類を手に取り、軽く目を通す。

 そこに書かれていたのは、思わずお遊戯か何かかとツッコミを入れたくなるぬるいメニューであった。

 メニューがマラソン1ケルメルテ(km)のみて。何ぼなんでもしょっぱすぎるだろう……。


「そういうけどなぁ、隊長。元々魔導師も神官も学者ってんで、ほとんど動かねぇ奴らばっかなんだ。今日の訓練だって、終わったんじゃなくて誰も立てなくなったってのが正しいんだよ」

「マジで? どの時点でダウンだったんだよ?」

「ですから、その1kmマラソンの時点でです。最後のあたりなんて、ほとんどの人が歩くどころか這いずり回るので精いっぱいでした」

「どんだけモヤシっ子が多いんだ、この国……」


 思わずダレるのも忘れてぼやく。

 まさかここまでひどいとは思わんかった。この間の会戦、貫徹で脳内麻薬(アドレナリン)ブーストしておいてよかった……。


「体力って、魔法で回復できたっけか?」

「魔法薬は飲ませておいたけど、あくまで自己回復を早める効果だかんなぁ」

「本人たちのやる気の問題もありますしね。今週、なんだかんだで結局……」


 そこまでつぶやいて、ナージャががっくりうなだれる。


「あの、モッフモッフな尻尾……モフれませんでしたし……!」

「そこじゃねぇだろ重要なのはよ……」

「なによ! あなただって、猫耳……とか切なそうにつぶやいてるくせに!」

「なんだとコノヤロ!? テメェ、どこで聞いてやがった!?」

「廊下でこっそり一人で歩いてる時よ! この猫耳スキーが!」

「うるせぇショタっ狐スキーが! 細切れにするぞ!」

「やかましいんじゃオドレラァ!! こちとら嫁絶たれてもう二週間目になるんだぞ! お前らのやる気が擦り切れてるんだったら、もう俺を指し示す言葉ねぇんだっつぅの!!!」


 不毛な言い争いを始めるナージャとフォルカの間に立って、怒鳴り声を上げる俺。

 チクショウ、あのスベスベの鱗にもう二週間も会えてないかと思うと……!

 するとナージャもフォルカもハッと目を見開いて、言い争いをやめた。


「そ、そうよね。隊長なんて、もう二週間も……」

「すまねぇ、ナージャ。俺もちいせぇ男だよな……」

「いえ、私こそごめんなさい。短慮に過ぎたわ……」


 お互いに手を握り合って、謝り合う二人。

 うむ。同好の士で争うなど、愚か以前の問題だしな。

 とりあえずの仲直りが終わったのを見計らって、俺は訓練メニューを再び見る。


「やる気に関しちゃ「お前ら、嫁or婿と砂浜で追いかけっことかロマンが駄々漏れだろう」って感じで、いつも通りABCに煽ってもらうことにするか」

「そうですね。それが一番確実ですよね」

「モフり隊の連中なら、エサに食いつく勢いだよな」


 三人で頷き合いながら、今後の予定に関して煮詰めていく。

 と、そこへアンナが顔を見せた。


「リュウジ様。ちょっとよろしいでしょうか」

「おう、アンナか。どうした?」


 書類の余白にある程度に詰めた予定を書き込みつつ、俺はアンナの方へと体を向ける。

 アンナは敬礼を始めたナージャとフォルカに笑顔であいさつしつつ、俺の方を困ったような顔で見つめた。


「いえ、次の貴族領の奪還についてなのですが……」

「あー、今週のうちに出発するんだよな。なんか問題でも?」


 俺が首を傾げて問いかけると、途端にアンナの顏が真っ赤に染まる。

 よくわからんけど、眉がつりあがってるのを見ると、相当怒ってんな。


「問題も問題ですわ! 貴族たちが、次々とお兄様のところへやってくるせいで、行き先が一向に決まりませんのよ……」


 と、今度はしょんぼりと肩を落とした。

 やっぱりこの頃の子供って、情緒不安定だよなー。


「いや、茶化せる雰囲気じゃねぇだろ、これ」

「王子への嘆願、ひどいとは聞いていましたが……」


 俺の思考を呼んでいるかのごときフォルカのツッコミと、貴族たちへの嫌悪感をあらわにするナージャ。

 敬愛する王子に詰め寄って、政務を滞らせてるってのもマイナスポイントかね。


「まあ、自分ちをさっさと取り返してくれってのはわかるがねぇ」


 俺は俺で、顔をしかめる。

 俺たちがアッサリ領地を取り戻したから、期待が増し増しになってんのはわかるんだが、結果として渋滞起こして次につながらねぇんじゃ世話ねぇだろうがよ。

 やれやれと頭を掻いて、俺は立ち上がった。

 しかたねぇ。ここは勇者の一人として、ビシッと〆てやりますかね。言葉で。


「とりあえず、アルトんとこに案内してもらっていいか?」

「! はい、こちらですわ!」


 俺が立ち上がるのを見て、パッと顔を明るくするアンナ。

 とにかく誰かにどうにかしてもらいたかったのだろう。健気やなぁ……。

 俺と、なぜか俺にくっついてきたフォルカとナージャはアルトの執務室へと向かった。




 アルトの執務室は、元々は王様が使っていたというだけあってなかなかの広さを誇る。

 壁際には様々な本が収められ、アルトの教養の高さがうかがえる。何しろほとんどの本に手垢がついて、読み込まれた様子が伺えるんだ。こいつぁ、スゲェ。

 部屋の片隅には、小さな棚の上に小洒落た花瓶が置いてあり、生き生きとした花が飾られている。きっとメイド長が毎日水をやっているに違いない。

 別の隅には植木鉢なんかも備えられていて、見るものを和ませる。観葉植物の文化って、この世界にもあるんだなぁ。

 ……なんでここまでアルトの部屋を観察する余裕……というか暇があるのかといえば、それは部屋の中の惨状が原因に他ならない。


「アルト王子! 次はぜひ我がフォルクス領を!」

「いいえ、次は我がサンスク領の奪還を!」

「皆の者、落ち着いて……」


 アルトの執務机越しに、ひたすら自分の領地を取り戻してくれと嘆願する貴族たち。何やら飴に群がるアリを思わせる光景だ。

 ……もちろん、この程度の光景なら想定済みだし、押し分けてアルトのところまで行くのに戸惑うわけがない。

 原因は……。


「コウタ様! もちろん次は我がネーガイ領を奪還してくださいますよね!?」

「いいや、コウタ様には我がルモア領の奪還を!」

「あ、あの」

「レミ様、我がアガンダ領には良質の果物が」

「物で釣るなど恥を知るが良い! 鬨にレミ様、我がサンゲン領には美容に最適な」

「え、ちょっと、ま」


 なんでかわからんけど、アルトと一緒に貴族たちにたかられている光太と礼美の存在である。

 いやマジでなんでいるの君ら? アルト一人ならまだ一方の集まり具合が三方に別れてるせいで、なんかカオスな状況よ?


「実は今日のうちに、次奪還に赴く領地を決めてしまおうと、コウタ様とレミ様にもご意見を募っていたのですわ……」

「なるほど……」


 あまりの事態に呆然とアルトの部屋を観察する俺に、説明してくれるアンナ。

 光太も礼美も、貴族領の奪還に大いにやる気だったからなぁ……。きっと喜び勇んでアルトに協力しにきたに違いない。

 結果として、アリ(貴族)どもにたかられてるわけだがな……。


「これはひでぇ……」

「なんていうか、浅ましいです……」


 部屋の中にあまりの惨状に、物見遊山でついてきていたと思われるフォルカとナージャもあきれ顔……どころか引いている。

 正直俺も引いている。何しろ十数人に近い人間が、我も我もと自分より年下の少年少女に詰め寄っている光景だ。ここが異世界でなければ迷わず携帯を取り出して通報している。

 だが、ここは国家権力も携帯電話もない異世界だ。なんとかしたきゃ、自力でやらにゃ。


「……とりあえず、アンナに後ろの二人。耳塞いどけ」

「? 耳、ですか?」


 アンナは不思議そうに首を傾げながら、素直に耳をふさぐ。

 後ろの二人の確認はしない。一々振り返るのもあれだし、忠告はしたしな。

 アンナが耳をふさぐのを確認してから、俺は大きく息を吸い込んだ。

 こう見えて俺は肺活量にも声の大きさにもそこそこの自信ありだ。中学の頃には応援団に抜擢されたこともある。抜擢っつってもクジ引きで負けただけだけど。

 大きく胸をそらすほどに息を吸い込み、一瞬息を止める。

 貴族どももアルトたちもこちらに気が付いていないのをしっかり確認してから、大きく息を吐き出すように空気を震わせ――。




 轟っ!!!!




 ……今、人の声とは思えないほどの轟音が鳴り響きませんでした?

 思わず「ワオッ!」と叫んだまま停止する俺。

 目の前では、たった今聞こえてきた爆音にビビるどころか、身体ごと吹っ飛ばされた貴族たちが面白い形で地面に倒れ伏している。

 アルトも当然射程圏内にいたせいで、両手を上げて仰け反ったままこちらを凝視している。その顔は突然の衝撃のせいでひどく歪んで見える。

 光太と礼美も、似たような体勢だ。ただ、立っていたため、地面に体を横たえるような感じになっているが。

 よく見ると、部屋の窓ガラスがみんなヒビ割れていた。ガラスが割れるって……。


「りゅ、隆司……? い、いまの、なに……?」

「なにっていわれても……」


 目をまわしている光太の質問に、俺は首を傾げて答えた。


「大声?」

「いや、声じゃねぇし! 今の明らかに声とはよべねぇし!」


 俺の答えに納得がいかないのか、いまだ両耳をふさいだままの体勢で前に回ってきたフォルカが大声で反論してきた。


「耳塞いでても響いてきたし! というか耳がキーンてなってる!」

「隊長がいろいろ規格外なのは承知でしたが、こんな部分までとは思いませんでした……」


 おそらく耐えられなかったのだろう。ぺたりと地面に座り込んだまま、ナージャが弱弱しくそんなことを言った。


「できれば我々を呼ぶときは、音量を押さえてください……。日常的にこんな力発揮されては、耳が持ちません……」

「発揮したくねぇし、俺も」


 俺はナージャの言葉に首を横に振って、今更ながら身震いを起こす。

 全力で声張り上げただけでこれかよオイ。最終的には火が吹けるようになったりしねぇだろうな……?

 ともあれ、貴族どもを黙らせるのには成功したな。俺はナージャに目をまわして気絶しているアンナを回収するように言ってから、アルトに近づいた。


「おいアルト。ちょっとでいいから、ツラ貸してくれよ」

「は…は……?」

「いいから来いって。貴族どもが起きると面倒だからよ」


 いまいち状況がのみこめていないらしいアルトの首根っこ引っ掴んで、無理やりにでも引きずっていく。放心状態の礼美の回収は、光太にやらせておく。貴族たちは当然放置。

 そして別室へと移動した俺たちは、次に奪還する貴族領の話を始める。


「まあ、とりあえずは近い場所になるんだよな?」

「ええ。レストとほぼ同じ距離にある領地が、まだかなりありますので」


 まあ、近いっつってもあのカメ馬車で六日もかかるような場所なんだよな……。

 いっそ、乗り物なしの方が早く着くんじゃねぇのか?


「そうですか……。でも、それ以外にも奪われた領地はあるんですよね?」

「ですが、それ以外の場所となりますと、往復で二週間以上かかる場所もございますから……」

「あまり、王城も空けられないですもんね……」


 極めて残念そうな光太と礼美。こいつら、ほかの領地も奪還する気満々か。

 できなくはないんだろうけど、そうなると王都の防衛力強化がキモだよな。


「その辺は、真子ががんばって開発しようとしてる魔道具に期待かね。あいつ、騎士団の戦力の底上げを狙ってるらしいから」

「そうだね……」


 俺の言葉に、心配そうな顔をする礼美。

 帰ってきてからこっち、ほとんど顔を見せない真子のことを心配してるんだろう。

 なんか鬼気迫る勢いでいろんな道具の設計図を書いてるってサンシターが言ってたが、大丈夫なんだろうな?

 今ここにいない魔法少女の姿を脳裏に浮かべつつ、俺は次の奪還領に関する話し合いを進めることにした。




 魔法少女というには歳を(ry まあ、真子さんは元々そっち方面は似合わなさそうですが。

 そして例によって人外化が進む隆司。今度は声だけで遠距離攻撃が成立しそうです。つっても、部屋の中だからできる芸当なのであって、屋外じゃひるませる程度しか期待できないでしょうけどねー。

 そんなわけで次は真子ちゃん。若干荒れ気味かな?


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