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イーストリアムの鍵 作者:南十字星 凪
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プロローグ

「“少し昔のホントのお話”聞かせて」

 暖炉の前で安楽椅子に腰をかけていた母に人懐っこい仕草の女の子が催促をした。彼女の名前はフロイデ。僕の双子の姉だ。姉は長く伸ばした美しい黒髪を首の後ろで束ね、南国の海のようなマリンブルーの大きな瞳を持っている。フロイデは母が座っている椅子の手摺に両手をかけ、体全部を使って椅子を前後に揺らしながら、何度もそのささやかな願いを頼み続けた。僕は姉の横で同じように体を動かしていた。
 僕の名前はリデル。特に覚えてもらう必要はない。この物語に関して僕は語り手として以外、何も重要な役割は果たしていないのだから。当時の僕はフロイデより少し小さな体つきをしていて、かなりの引っ込み思案で、いつも姉の陰に隠れるように傍をついて回るような子供だった。黒髪だが少しクセのついた茶色の髪の毛が混ざっている。母によると当時の僕は「華奢な体つきで少し頼りなく見える印象だった」が、「昔も今も強い意志を心の奥底に秘めていると感じさせる力強い眼差しをしている」と評されている。
「そうね。明日からピクルスを残さず食べると約束したら聞かせてあげようかしら。」
母が姉と僕の顔を覗き込むように尋ねた。
「食べるよ。」すかさずフロイデが答える。
「ぼ…僕も食べる。」フロイデの顔をちらりと見てから僕も答えた。
「良い子達ね。ではお話を始めましょう。その前にフロイデ、ホットミルクを作って持ってきてくれないかしら。」と優しく微笑みながら母が頼むと、「分かった。すぐに作って持ってくるね。」と言って姉は台所へ駆けていった。
「僕も…持ってくる…。」
フロイデの後を追って僕も台所へ駆けていった。
それを見送ると母は雪の積もる窓の外へ目をやった。

 この土地は「アルテルカド」と呼ばれている。世界に三つある大陸の内の一つ「イーストリアム大陸」の北東に位置している。険しい山奥の谷間にある、人口約ニ千人足らずの小さな村でテルカド湖という針葉樹に囲まれた、深く澄んだ美しい湖の畔にある。大陸の北部にあるにも関わらず比較的温暖な気候で、作物が豊かに収穫できるため自給自足ができている。冬は厳しく雪に閉ざされるが暖炉の暖かな炎の周りで、皆、慎ましくも明るく楽しい生活を営んでいる。

 僕たちが住むこの家は、この地方では一般的な太い丸太を縦横に組み合わせて建てられた家だ。部屋の居間には価値のさっぱり分からない絵が入った額縁や、柄に綺麗な宝石がはめ込まれたような剣、銀色の盾などが飾られている。この村の住人の家にはあまり見られないものではあるが、飾っていても不思議なものではない。しかし僕の家には少し奇妙なものがいくつかあった。一つは部屋の片隅に無造作に立てかけられている妙な形をした剣だ。まるで人目につきたくないと訴えているかのようにひっそりと、いつでもそこにあった。その剣の柄は龍の頭を形どっていて、刀身が異様に大きい。あたかも本物の龍がそこにいて首をもたげて狙われているような錯覚さえしてくる。普通の人間には持ち上げることさえできそうにないほどの大きさだ。力自慢の男でも持ち上げるのがやっとで、振り回すことはできないだろう。剣自身からも異様な気配が醸し出されていて、僕もフロイデも近づくことさえしなかった。
 もう一つは玄関の扉の傍に吊るされている鳥籠の中の鳥だ。一目見ただけでは大きな鷲のように見える。全身は雪のように真っ白な羽毛に覆われ、胸と羽の先に黒い羽が混じっている。鋭く黄色い嘴を持ち、眼も鋭く精悍な顔つきをしている。だが奇妙なことにその顔の奥に同じ顔がもう一つ見える。二羽いるのではない。よく見ると黒い胸から首が二つ伸びていて同じ顔が並んでいる。この鷲は頭が二つあるのだ。見た目と違い非常におとなしく、僕と姉はこの鷲と追いかけっこをしたり、餌をあげたりすることが好きだった。
 この不思議な剣と鷲のことは村人全員が知っていたが、誰も何とも思っていないようだった。
「私がこの土地に来て、もう五年以上が経つのね…。」
窓の外から剣と鷲に視線を移しながら、薄い緑色のショールを羽織った母はそっと呟いた。おそらく昔はフロイデのように美しい黒髪だったであろう髪の毛にも、薄っすらと白いものが混じっている。しかし、凛とした物腰と力強い眼の輝きは昔から何一つ変わっていないのだろうと誰しもが思わずにはいられなかった。

「ホットミルク持ってきたよ。お話聞かせて。」
姉が湯気の立つマグカップを持って台所から母のもとへ飛び出していった。僕も後を追って母のもとへ駆け寄る。母は不意を突かれ一瞬ハッとした表情を見せたが、すぐにいつもの自分を取り戻しマグカップを受け取った。
「ありがとう。フロイデ。リデル。」
二人の姉弟の頭を順番に撫でながらにっこりと微笑みかける。僕等二人はこの微笑みを見るたびに、またこの笑顔を見せてもらいたい、もっと褒めてもらいたいと強く思うのだ。

 フロイデは厚手の大きな毛布を奥の部屋から二枚持ってきた。一枚を母が座る安楽椅子の前に敷き僕を座らせ、自分もその横にちょこんと座った。そしてもう一枚の毛布の端を僕の肩に掛け、反対側の端を自分の肩に掛けた。丁度二人で毛布に包まれるような格好になった。
「ありがとうお姉ちゃん。暖かいよ。」
そう言いながら僕はフロイデの体に身を摺り寄せた。そんな時に感じる暖炉の炎と毛布、そして体温から伝わる温もりは、今思い出しても心地よい優しい気持ちを思い出す。母は椅子に深く腰を掛け直し、暖炉の炎に照らし出された愛すべき姉弟の顔をじっと見つめた。
「では始めましょうか。」そして静かに語りだす。

「少し昔のホントのお話」

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