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光指す未来

作者:栖坂月
自分の見たことのない過去を知りたいと思うのは、誰しも一度は思うことですよね?
例えばホラ、好きな人の過去とか。
 人類がその石を発見したのは、偶然であり必然である。
 第三惑星唯一の衛星である月の本格的な開発が始まるなり、本星では見られない鉱石という理由で好奇な視線を浴びた。見た目には黒く濁った半透明の石ながら、採れる場所によっては青みがかっていたり深い緑が混ざっていたりと、当初は宝飾品として世間に出回ることになる。光沢が真珠に似ていたこともあり、一般的には『ムーンパール』という名前で知られることとなった。
 そのムーンパールが、ある論文の発表を境に価値を跳ね上げる。
 その論文は地質学者の研究グループによって発表されたもので、その題名にはこう記されていた。
 真実を刻む石、と。
 論文の内容を要約すると、この石は真珠のように層を重ねながらゆっくりと固まっていくのだが、その際に印刷するように周囲の景色を写し取っていくという奇妙な特性を備えていることがわかった、というものだった。その時の論文には、五百万年前と推定される地球の姿が資料として添えられていた。
 この発見にいち早く飛び付いたのは、歴史学者と考古学者である。記録されている映像が過去のものであるのなら、それは明確な歴史認定の資料になると考えたためだ。
 こうして立ち上げられた人類史認定プロジェクトによって、ムーンパールに記録された映像の解析が始められた。当初は映像に歪みがあったり、思ったような時代の映像がなかったりと難航したが、本星に最も近いポイントで採取された大きなムーンパールが、その状況を打開する。
 それは近年の映像まで綺麗に残っており、状態も良好だった。五万年以前の映像は劣化していたが、それより新しい部分に関しては満足の出来る資料として専門家達を喜ばせることになる。
 それまで明確でなかった真実の多くが証明された。
 闇に埋もれた歴史の裏側が光を浴びた。
 歴史認識による対立は、この発見によって大半が解決せざるを得なくなった。
 神は死んだ。
 英雄は人間に過ぎなかった。
 大義名分は言い訳だった。
 同じようなやり取りが、惑星のあちこちで何度も繰り返される様を、飽きるほどに見ることとなった。
 彼らは人間が動物に過ぎないことを、改めて思い知る。
 そしてこの瞬間、人類は歴史という浪漫ロマンを失ったのである。


 真実の歴史は、すぐに人々の知るところとなった。経過も含めて大々的に報道していたので、都合の悪い部分だけを隠すことが出来なかったからである。
 衝撃が世界をはしる。
 いや、奔る筈であった。
 人々の反応は、個人差こそあったものの、比較的静かなものであった。過去の事象が確定したという事実は、今を未来に向かって生きる人間達にとっては、さほど興味のないことなのかもしれない。そのニュースを耳にして、一時の興味を引かれはしても、翌日には仕事と将来のことで頭が一杯になる。そういう者が大半であるようだった。
 この反応を悲観的に捉える者もいる。確かに過去、積み重ねてきた時間に対して興味を持てないというのは、自らに対する考察が不足していると受け取られても不思議ではないだろう。
 だが私は、彼らが過去に対する考察を怠っているのではないように思えた。
 彼らにはわかっているのだ。そこにある真実が、人間としての当たり前で構成されているのだという事実に。だからこそ、確定した過去を単純に認め、未だ確定していないこれからを見詰めるべきなのだと判断したのだろう。
 その証拠とも言える変化は、確実に起きている。
 まずは歴史学者が激減した。皮肉な話ではあるが、これはあまりにも単純な必然だった。確定した以前の調査や考察も含まれる考古学は未だ健在だが、新しい人材の育成には苦心している。
 次いで歴史の学問的価値が下がった。より正確には、歴史以外への興味が増したために歴史への興味が薄れたと言うべきかもしれない。この裏側には、歴史教育を通じて国家観を押し付けようとする思惑がやりにくくなったためという側面も存在する。どう言い訳したところで、確定した事実には太刀打ちできないのだから、当然と言えば当然だろう。
 更に宗教が廃れた。三大宗教と呼ばれる勢力ですら、特定の習慣や思想の中に息を潜めるのが精一杯で、もはや組織としての体は整えなくなってしまった。そのため宗教的な対立は自然消滅的に鎮火し、結果として紛争のほとんどは規模を縮小していくことになる。むろん経済格差からくる紛争やテロの類は残されたが、理由が単純な分だけ対処の速度は上がった。
 それはまるで、人類が不安定な思春期を終えたように、私の目には映る。己を知り、今の自分とこれからの自分にできることを模索し、そのための具体的な努力を始める。今までは眺めるだけだった未来に向けて、懸命に手を伸ばし始めているのだ。
 その手を取ることを、我々は躊躇して良いのだろうか。
 決断の時は、間違いなく迫っている。これは明確な事実だ。
 確かに、人類は未だに幼い。個々の見識は未熟で、短絡的かつ粗暴な輩も多数存在している。経済的、民族的、国家的な差別が蔓延する現実を挙げるだけでも、時期尚早という意見には一定の説得力が見られるだろう。
 だが、忘れてはならない。
 我々が未来を見据えた瞬間が、歴史を失ったその時であったことを。彼らも今、その時に立っているのだということを。


「キミの報告書は読ませてもらったよ」
「恐れ入ります」
 突然の呼び出しに、私は正直なところ面食らっていた。母星ではともかく、前線であるこの艦では私のような意見を持つ者は少数派である。今回のような報告書など無視されると思っていたし、事実今までは無視されていた。
「そう不思議そうな顔をするな」
「はぁ……」
 そうは言われても、どのような思惑でこの場に呼ばれたのかがわからない以上は仕方がない。
「艦内では慎重派が多勢だが、私自身は推進派でな。正直言ってキミの報告書は毎回惜しいと思いながら見ていたものだ」
「そうでしたか」
「それに、状況が変わった」
「変わった?」
 艦長の不敵な笑みに、返す言葉が少し高揚する。
「政府高官のスキャンダルは、キミも知っているだろう。それがどうやら、かなり飛び火すると見られているらしい。あるいは、議会の解散が早まる可能性もあるな」
「今の与党は、あまり評判が良くありませんからね。失点が大きければ当然でしょう」
「まぁ、政府の無能は今に始まったことではないが、だからこそ目に見える実績にこだわるものだ」
「それはつまり……」
 ようやく話が繋がったことに気付く。
「そうだ。政府は話題性のある実績を欲している。新たな未開惑星とのコンタクトは、それだけで民衆の目を惹き付けるからな。絶好の実績となり得る訳だ」
「少し……複雑ですね」
「我々の一方的な都合だからな。地球人類にとっては迷惑な話かもしれん。とはいえ、これは私にとってもキミにとっても有意義な話であることに違いはあるまい?」
「はい」
 そうだ。そこに至るための理由など、大した問題ではない。
「では准将、改めて命ずる。キミが中心となり、来るべき地球人類とのファーストコンタクトを果たすための人選と準備を始めてくれ。議会の許可が下り次第、正式なカウントダウンに移行する」
「承知いたしました」
 形式通りに『トサカ』を折り、受諾する。
 神妙な面持ちではあったが、私の内面は高揚感に溢れていた。私自身、他の知的生命体との直接的な接触は初めてであったのだから。
 不安はある。しかしそれ以上に、我々と彼らの未来がどのように確定するのか、楽しみでならない。

 この三日後、地球時間にして五日後、カウントダウンは開始されたのである。
本作は企画用の一品であるため、普段より200%くらい真面目成分が増量となっております。
ご了承ください。
空想科学祭2009
空想科学祭2009参加作品

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