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06-ナカマワレ?

こうして片足を引きずり、安全な場所を探していた彼。
だがその夢はすぐに破られた。ふいに、ガラガラッという音とともに彼の右斜め前の扉があいて、二人の女性が現れたのだ。
「………」
どちらも二十代くらいだろうか。見目麗しい巨乳に谷間。片方は黒、片方は赤の綺麗な髪の毛。
黒髪の方は黒い鞭を、赤髪の方は先がとがったペン…おそらくはマンガを描くとき等に使われる、先のとがったペンを手に持っていた。
二人の女性は、彼を見てまず目を丸くした。が、彼は矢も楯もたまらず、考えるより先に反射的に逃げ出した。
 そして、それは正解だった。
「ミシェル、彼は試験者なんだな。早く追いかけて捕まえるんだな!」
「分かっているわ。…命令しないで下さる? アリーシュ、言っておくけれど私たちは同じ立場よ」
なんて事を喋りながら、彼女らは颯爽と手に持っているものをふりかざして追いかけてきた。
 巨乳のお姉さん二人に追いかけられるなんて、年頃の少年にしてみれば夢のまた夢である。
もしも彼女らが「待って~」と甘い声で言いつつ、すり寄ってきたならそれはもう大喜びだ。
が、殺す気で来てくれてはたまらない。いや、仮に殺されるのだとしてもだ。
豊富な胸に顔をはさまれて窒息死なら多少浮かばれるかもしれないが、
片方は鞭をふりかざし、もう片方はとがったペンをふりかざしているときては……。
「ギャああアアああぁあああァ!」
逃げる彼の頭には、もう傷の痛みのことなどなかった。痛みを忘れるほど必死だったのである。
ただそんな必死の最中に、考えるのは赤髪の女――アリーシュと呼ばれていた方だが――の持っているものだ。

――黒髪の持ってる鞭はともかく、ペンって何? 何の拷問用具だ!

そしてついさっき、フォークという平和な「武器」でエイリスにされそうになったことを思い出し、ますます足を速める彼。
しかし先ほどから思い返せば、追手が凶器に使っているのはわりと普通なものばかりだ。
 武器と言えば、普通は刀剣や銃、ピストルといった(たぐい)。なのにそれらが全くない。
包丁は確かに危ないが、ホームセンターで手に入る。フォークやペンに至っては、本来は凶器ですら無いものだ。
鞭は日常で使うものではないが、それだって別に違法なものじゃない。
「いやだああああ!」
もっとも、だから何ってわけではない。いずれにしても傷つけられることには変わりない。
 逃げる彼の脳裏には、もし捕まったらどんなメにあうかの、おぞましい想像が思い浮かんでいた。
四つん這いにさせられて鞭で叩かれ、Gペンで指の先を一本ずつぐりぐりと…もしくは爪と指の隙間にさしこんでツメをはがすとか……。
好きな人にはたまらないかもしれないが、幸にも不幸にも彼にはマゾの気は特にないから辞退である。いや仮にマゾだとしても、ツメをひっぱがされるのは遠慮願いたい。

しかも、だ。
「げえっ」
突然、彼は急ブレーキをかけて立ち止まった。
「あ」
三メートルほど先にて、小さな声をあげてひょいっと顔をあげた人。それは一番最初に、彼に包丁を投げつけてきた子であった。
これで会うのは三回目。しかもよく見ると、手にはべったりと血のついた布をもち、それで包丁の刃を拭いている。
どうやらそれに夢中になっていて、彼が近づいたのも気付かなかったらしい――…ではなくって。
「いやあああああああああ!」
彼は血を見たとたんパニックになった。あれはきっと誰か…自分ではない、哀れな他の試験者を刺した傷に違いない。
しかも、その人は重症か、最悪死亡だ。さもなければあんなに布が真っ赤になってるわけがない。


彼はリターンし、先ほどまで逃げていた二人の女性にむかって突進した。
「およよ?」
「あら、観念したのかしら」
驚くアリーシュに、鞭を構えなおすミシェル。大して広くもない、薄暗い廊下に二人の女性が並んでいる。
正直、この二人を突破するより、包丁の恐怖をおして一人の子をすっとばした方が助かる率は高い。
が、軽いパニックとなった彼にそんな余裕はなかった。ただただ焦ってこう叫び、前に進もうとした。
「そこどけぇ!」
だが、あえなく二人にとっつかまる。女性相手とはいえ、やはり二人相手は無理だった。
「退くわけにはいかないのだな」
アリーシュが、やたら豊富な胸に彼を抱きしめながら言った。
それに一瞬頭がボーッとしたが、しかし天国はすぐに終わり、彼はビシッと走った背中の痛みに現実に引き戻された。
「そう。試験者を傷めつけ、殺そうと狙うのが私たちの役目ですもの」
そんな言葉と共に、ビュッという音が続き、また背中に痛みが走る。
「ぎゃんっ!」
ビクッと体をひきつらせ、暴れたものの、しかしアリーシュにおさえられていて思うように動けない。
己の胸と両腕を使い、彼を抱きしめる形でおさえつつ、アリーシュは言った。
「ミシェルは相変わらずドSなんだな」
「あら、いけないかしら?」
「吾輩が思うに、早くトドメをさすべきなんだな」
「だってすぐに死ぬなんてつまらないじゃない」
ビシッと音がして、また背中に痛み。彼が声をつまらせるのをよそに、彼女は悠々と言った。
「それに私たちの仕事は絶体神ヴァルヴァース様に、試験者の痛みと苦痛を捧げることよ」
普通に喋りながら彼女は鞭を振るい続ける。
「それに耐えるか、逃げるか。それが試験者に課せられた使命なのだから」
「まぁ……そうではあるが。しかし」
「ちょっとくらい楽しんでもいいじゃない?」
「ひいいぃぃぃぃ!」

痛みにきゃんきゃん泣きながら、彼は先に彼女の言った『ヴァルヴァース』というのが何かをちょっと考えた。
何が何だかいまだに分からないが、痛みと恐怖を捧げよ――と。名前こそコロコロ変わるものの、その趣旨だけは共通らしい。
だがそれが分かったところでちっとも嬉しくない。どうせヴァルなんとかってのも、彼女の口からでまかせの名だろう。
というより、背中が痛い。鞭で…いや鞭の痛みだけじゃない。これは。
「アリーシュ、悪いけど、そのGペンしまって下さらない? 邪魔なのよ。鞭で飛ばしてしまうわ」
「そんな事言わないでほしいのだな。吾輩だって少しは任務を全うしたいのだ」
「体のツボを刺激しているだけじゃなくって? ダメよ、もう」
鞭の音と痛みのドサクサにまぎれ、鋭いものを突き刺される痛み。
気がつけば、彼はアリーシュにおさえられながら、背中をチクチクペンで刺されていた。
……地味だ。地味に痛い。
「いてぇ、いてぇって。畜生、お前ら俺で遊ぶんじゃねーよッ」
「口が悪い子ね。もっとお仕置きしなきゃダメかしら」
「うっせぇよ。…っだぁ! いてぇ、うわぁ…助けてぇ!」
「まだ序の口よ。服も破れてないじゃない?」
「いやだあああ! 俺はこういう趣味はないんだ。はなせ、おい離せって」
アリーシュにがっちりつかまり、上半身もとろも腕が動かせないので、足だけひたすら暴れさせるが、そのたびに鞭をあてられる。

しかも、だ。
「ミシェル、どいて」
小さな声が、また後ろから聞こえた。
「いたぶるのは後にして。まず致命傷を与えないと」
「ヒッ」
無理やり首を動かして、見ればそこにいたのは包丁を持った子。綺麗になった刃をかざし、ミシェルを何とかどけようとしている。
しかしミシェルは動かなかった。
「この子は私の獲物よ。渡さないわ」
「でも彼はまだ元気だから逃げるかも」
「逃げれないわよ。アリーシュが押さえているもの」
「彼女に裏切らないって保障は?」
「………」
「即死がダメっていうのなら、それでも…。時間内に死ねるよう、包丁で首に少し切り込みを入れるだけ」
何気に物騒なセリフを吐く。まったく背筋が凍る話だが、しかしそれを聞いて、彼は思った。

――こいつら、一枚岩じゃないんだ。

会話内容からして、さほど互いに協力しあっているように見えない。どうも好き勝手バラバラに『任務』とやらを遂行しているようだ。
三人がせーので襲ってきたら確実に死ねる。が、これなら少し勝ち目はあるかもしれない。


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