03-カミサマホトケサマ
ロールパンに目玉焼き、炊き込みごはんにシャケの切り身。豚肉の生姜焼きが添えてある皿には、なぜかポテトサラダとひじきの煮物が同席している。
さらに手前にはサシミがあって、携帯用のしょうゆパック。そしてその横にはポタージュに杏仁豆腐。
メニューが豊富なのはいいが、和洋折衷すぎる。要するに一貫性がない。
「けっこう豪華だけど…ね、何でこんなバラバラなの?」
「残り物だからです。アナタが起きるのが遅かったから」
「へぇ~…って、え。残りってまさか、これ全部誰かの食べ残し?」
「違いますよ、失敬な。いくらなんでもそんなの出しません。衛生的に問題がある。でも、いらないなら食べなくていいですよぉ」
「いや要る! 食べる!」
何のかんの言って、食べ物を前にすると食べずにいられないのが成長期の青年の性。
彼は食器を下げようとした男の手を留めて奪い取った。早速ロールパンを口の中に押し込み、続いて好物のサシミを食べに入る。
「さっき行ったように、試験は八時半からです。八時二十分くらいになったら移動し、それから十分ほど重要なポイントだけおさらいします」
男は言う。
「なのでそれ以外で、試験の内容にかかわることを教えましょう」
「あ、ちょ、その前に。場所は?」
「ここから近い廃校ですよ。うちが貰い受けて試験場所にしています。で、場所の案内は僕がします」
「そりゃどうも」
返事をしながら杏仁豆腐をすすり、シャケの切り身を食べ、ご飯をかっこむついでにポテトサラダをついばむ。
一つ一つは何てことのない普通の食材だが、こんな取り合わせで食べたことは一度もない。
「このテストはね、試験者と体力と運、精神力を見るものです。というか、痛い目にあわせるのが目的ですね」
「いたい?」
「はい。大変ですよぉ…アナタはこれまで会ったことのないような恐ろしい目、痛い目にあう。刻まれ、ちぎられ、貫かれ、そして死ぬ」
「死ぬ?!」
「……で、死んだら不合格です。やり直しってことになりますよ」
「おいおいおいおい」
食事をかっこみつつ、彼は思わず待ったをかけた。
「死んだら試験なんでもう出来ないだろ?」
「できますよ。いくらでも」
男はあっさりと言った。
「ああそうそう、で、失敗したときの『再試験』ですが。一回目は無料ですけど、二回目以降はお金かかりますので。そこのところ宜しく」
「いやいや、だから死んだらムリだって」
と言いつつ、死ぬというのは何らかの比喩だろうと少年は思った。
どんな試験であれ、失敗したら死ぬなんてひどい。が、死んだら再試験なんて出来るわけがない。
死者が生き返るわけはないし、第一人を殺したら此処だって無事じゃ済まないはずだ。立派な殺人事件になる。
目玉焼きをつっつく彼に、男はさらに続ける。
「話が前後しますけどねぇ、たとえ入団をしなくても、この試験には合格するまで何度でも受けて貰うことになります。
精神的・肉体的な苦痛や痛みをアガガー様に捧げ、現世のケガレを落とすことが目的です」
「アガガー様って誰」
「全知全能なる我らの神様です」
「…………」
オカルトがかった話が出て、彼は少し渋い顔になった。早い話引いた。
アガガーなんて神様は初耳だし、いや何より、こういうあからさまなのが今時あるとは驚きだ。
せめてもうちょっと婉曲して言ってくれれば…だが男は気にせず続けた。
「試験に合格した者はケガレが浄化されたとみなされ、祈りを捧げることが許されます。そして希望すれば、入団が許可されます。
試験に合格しなかった者は、まだケガレが浄化されていないとして、合格するまで試験を受けてもらいます」
「それさぁ、もうパスしなかった時点で解放してあげたら」
「一度祈りを捧げ、仕えると決めたものはもう変更出来ません」
「……」
入団は自分の意志で決められるのに? なんか変な話だ。
しかしこの強引さ、エセ宗教団体らしいといえばらしい。まだ試験に金をぼったくられないだけマシかもしれない。
――とはいえ、二回目以降は金がかかるとか言っていた。
男は『一度で合格できれば』なんて言っていたが、どうせ一度や二度でパスする試験じゃないんだろう。たいへんなのに捕まってしまった。
「ちなみに僕は一度で試験をパスしました」
「え、嘘?!」
「本当ですよ。だって何度もやると金がかかりますし」
「……」
ケロッと言われ、彼は頭を混乱させた。
試験者を何度でも強制受験させ、金をとる組織じゃなかったのだろうか?
いやでも油断は禁物だ。第一、男の言葉に証拠がない。
なんとかして逃げ出さないと。家に帰るにせよ帰らないにせよ、危なそうな匂いがする。
こんな妙な輩にぼったくられるのは嫌だと、彼はここを脱出しようと考えた。
「で、でも俺さぁ…あの、家がキリストだから。実はその、あんまりこういうのは…ほら、俺んとこ一神教だし」
「今の宗教は関係ありませんよぉ。かくいう僕だって家は神社です」
「え、ホント?!」
「はい。此処から遠い場所だから、言ってもどうせ分からないでしょうけど。小さい神社ですし」
「でもさ、そしたらアンタは神社の息子さんってわけ? こんな事やってていいの?」
「いいんです。家は姉が継いでますから」
「そーじゃなくって、宗教的に」
「それは全然。我らが仏・清廉大使様は、信者の宗教に関わらず、自分に祈りと苦痛を捧げるものをお守りくださいますから」
「は? え、ちょっとまって。大使様? さっきお前、アガガー様とか言わなかった?」
「呼び名は変われど、信じる者は救われます。大事なのは心です」
男はケロッというが、それに彼はポテトサラダを詰まらせた。慌ててポタージュで流し込む。
「待て待て待て。いくらなんでも変わりすぎだよ。しかもさっき『神』と言ったはずなのに『仏』になっているし」
「神仏混合って言葉を知りませんか? 神も仏も、もとは一緒です」
「それを言うなら『神仏習合』だよ。混合しているのはアンタだろ。それにもとは違うよ、神仏習合ってのはな…」
「まぁ、とにかくです。神様でも仏様でも、苦痛と痛みを捧げることが目的のこれ、生半可なテストじゃありませんよぉ。心して下さいね」
「ふーん…」
とはいえ、イメージが湧かないので中途半端な返事しかできない。
神様や仏様に「捧げる」といえば、彼の頭にあるのはお賽銭や食べ物、はては生贄だ。
それが「苦痛と痛み」だなんて抽象的すぎる。
しかしこの男、本当に信者なのだろうか。何かかなりいいかげんっぽいが――しかし、まだそれについて熱弁されないだけマシだろう。
それより、もっと気になることがあった。『テスト』『試験』というが、項目は何だろう。
筆記? 面接? 実技? その他?
「さて。そろそろ食べ終わったみたいですね。まだ時間はありますから、ちょっと待っててください」
「食器はどうすればいいの?」
「ああ」
男は綺麗に空になったそれを見た。
「今回だけは僕が特別に片づけておいてあげましょう。でも今度からは自分で用意して、自分で片付けるんですよ」
「……用意?」
「自炊するんです。でもそれはまた後での話。さっきの部屋に戻っていなさい。時間がきたら呼びますから」
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