ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
12-アヤマチ


そんな事をしばらく考えつつ、漫然と時計を見る彼。早く、一刻も早く時間が過ぎてほしい。
「これで大丈夫」
だが実際は一秒一秒が過ぎるのは長く、そうこうしているうちに手当の方が先に終わった。
「……ありがとう」
傷には綺麗に包帯が巻かれていた。それに少しだけ、この包帯にへんな毒でもかかっているのではと思った。が、これといった痛みはない。
「お前はここにずっといるのか?」
具合を確かめつつ、彼は聞いた。
「やけに私物があるけれど」
「ええ、そうよ。私はずっと此処にいるの」
柯月は半ばオウム返しに答えた。
「此処にはね、私の好きなものがたくさんあるの。此処は私の部屋なのよ」
「そう」
適当な返事をし、また腕時計を見る。まだあと十二分はある。

自分の役目は、あくまで一時間逃げ回ること。だが一時間後に、どこに行かなければならないという規則はない。
ということは、このまま彼女は何もしてこなければ――否。
 その時、遅れながら彼はハッと気がついた。彼女が追っ手である以上、この期間内に絶対に何かをしてくるはずだ。
ならばその前に逃げ出すべきだ。もう手当は終わったし、わずかの時間だったが、休んで意識も体力もしっかりしてきた。
本当はもう少しゆっくりしたかった……が、潮時だ。早急に彼女のそばから立ち去らないと。
「手当をしてくれてありがとう。でも、俺行くよ」
早口で言いつつ、彼は体をおこした。
「もう行かなきゃ」
「え? どこに?」
「部屋の外さ、もちろん」
だが彼女は彼の腕をつかんだ。
「だめよ」
短く言い、立ち上がろうとした彼を手を押さえる。
「まだ傷が治ってないのに。だめ、ぜったいだめ」
「ありがと。うん、でももう大丈夫だから。手当をしてもらったし」
礼を言いつつ、自分をつかむ彼女に彼はいよいよ危ない匂いを感じた。腕を抑えられて――このままでは思うように動けない。
つかまれる手をふり払おうともがきつつ、口だけは普通に彼は言った。
「あまり世話はかけられない」
「そんな事ないわ。ずっといて。お願い、此処にいてよ」
「……いっ」
その時、ぎゅうっと――本当に「痛いほど」強く腕を握られ、彼は顔をしかめた。
「私をおいて出ていくって言うの?」
彼をがっちりと自分の傍に固定して、柯月は続ける。
「私と一緒にいるの、嫌かしら?」
「お前のことは嫌いじゃないよ。でも、しょうがないじゃないか」
「どうして。あなたはこの部屋に来たんでしょう。なら、もう出る必要なんてないじゃない。外には追っ手がいるけれど、此処にいれば安全よ」
「…あのさ」
しつこく食い下がる柯月に、いよいよ思い切って彼は言った。
「悪いが俺はだまされんよ。お前だって追っ手だろ。先の三人と同じように、俺を殺そうとしているんだろ。
弱ったところを連れてきて、引っ張り込んで、それで殺す気なんだろう? …すぐに殺さなかったことだけは感謝しておく。でも、どっちにしたって俺、死ぬ気はないんだ」
「………」
「俺は逃げさせてもらう。もうだいぶ休めたし」
「ひどい」
柯月は軽く体を震わせた。顔を片手で覆い、泣く寸前までいっている様子。
「……」
そして、それを見て彼は正直かわいそうと思った。彼とて人の子、女性が泣きそうになっているところをみると胸が痛む。
が、ダメだ。今は同情なんてしていられない。
「悪いな!」
思いっきり、というよりむしろ「乱暴に」腕を振り払い、ダッと彼は走りだした。が、数歩もいかぬうちにガクンッと引き戻された。
「――え?」
「許さない」
一度は確かに離れたのだが、また柯月に腕をつかまれていた。見れば彼女はうつむいたまま、彼の左手首を締めつけていた。
「もう一回だけ、聞くわ」
うつむいているので、彼からは柯月の表情はよく見えない。そうして表情を伏せて、彼女は言った。
「私が何もしないと言っても、あなたは出ていくの?」
「何もしないって、嘘だろ。恩知らずで悪いけど、どうせ…」
「出ていくの? いかないの? どっち?!」
「出ていく」
「そう」
彼女は短く答えた。
それは言葉だけ聞けば、許可をしたようにも思えたかもしれない。が、実際はますます彼の左手をつよく握りしめていた。
……そして。
「でも、あなたは此処にいなきゃならないのよ」
「ひぃ」
そう言う彼女の右手の中、握られていたのはナイフだった。ギラッと光る刃物は彼にしっかりと向けられ、全く微動だにしていなかった。
「ど、どこからそれを?!」
「いなくなるなんて許せないわ」
「チッ」
舌打ちをする彼。
「お前、やっぱり狙ってたんだな! 最初から俺を殺すつもりでそんなの」
そんなのを用意して――と、言おうとした彼は、しかし言葉を最後まで言う事が出来なかった。
「ギゃああアアぁ!」
代わりに、今までのどれよりも変な声をあげて悶絶もんぜつした。

腕を伸ばした彼女に、ナイフで背中を刺されたのだ。腹部でないのが不幸中の幸いか、だが背中とて痛くないわけではない。
しかも骨が邪魔したせいで深くは刺さらず、それは中途半端に彼を傷つけただけだった。
 柯月が少し手を緩めると、ナイフは彼の体から簡単に抜けてぽとりと落ちた。
「うぅ、うあああああ……」
流れる血をおさえ、彼はもう矢も楯もとまらず、つかまれていた手を振りほどいた。
彼女は簡単に手を離したが、彼はもう立つこともままならず、四つん這いと二本足の中間のような、変な格好をとって逃げようとする。
「逃がさないわ!」
そして改めて、彼の腕を柯月はぐっと掴み、容赦なく背中にナイフを刺した。
「が…ギャ――!」
「あなたが悪いのよ。私から逃げようとするから」
「お、お前ぇ…うぅ……」
「そんな事言わなければ、私はあなたを刺さなかった。絶対よ」
彼女は淡々と言う。
「私たちはね、試験者を殺すと報酬が貰えるの。でも私、そんなのどうでもいいの。
ただあなたと一緒にいたかったのよ。この部屋に唯一来てくれた、あなたを試験に合格させて、入団してもらって――…それで」
彼が痛みにわめくのも構わず、ナイフを刺しては抜く動作を繰り返す柯月。その様子は正直、今まであったどんな追っ手よりも恐ろしかった。
「あなたのこと、私は何も知らない。いま会ったばかりで、あなたも私のことは何も知らないわよね。
でも、それでもいいの。あなたは私のところに来てくれた。誰も私のところになんて来てくれないのに……
私ね、実はずっと待っていたの。私にこたえてこの部屋の中にきてくれる試験者の人のこと。
今までは、誰も私のところになんて来てくれなかった。もちろん私が追っ手だからかもしれないけれど、だけどあなたは来てくれた」
「ギャあああ――あぅ、あ……!」
「なのに、あなたは出て行くって言った。わたしにはそれが許せないのよ。せっかく…せっかく一緒にいれると思ったのに。
どうして? どうしてなの? わたしはあなたを傷つける気なんてなかったのに。
あなたが悪いの。あなたがこうさせたのよ!!」
「ギャああああああああ――!」
血だらけになってもだえつつ、彼は彼女の地雷を踏んでしまった事にようやく分かった。
 本人が言うように、互いに互いのことなんて何も知らない。ただ、彼女は寂しがっているらしいという事は分かった。
もしかしたら、今この教団の中で彼女は仲間外れか何か、そんな状態でいるのかもしれない。
だから新しく来るであろう人に求めをかけた。友達になってくれるなら、相手がたとえ獲物であっても構わない、と……。

 思うに、彼女の心にはとても痛々しい愛が満ちている。しかし彼には、心の痛みなんてどうでも良かった。
そんな事より一番問題なのは、彼自身の体の痛みだ。ただ体中を突き刺す痛みが酷くなっていくのと同時に、意識がだんだんなくなっていくのを感じていた。

 もうすぐ、死んでしまう。

話によく聞く、「走馬灯のように」思い出が頭の中を駆け巡る。
が、なぜか直近ちょっきんの痛い目にあったことばかりが映像として流れていた。
家族のこと、学校のこと、もっと小さい頃の思い出、楽しかったこと。そういうことは何故か出てこない。
痛い痛いと思っているからだろうか? ああ、そう…それに、思えば自分がここに来たのだって、家族と学校に絶望したからだ。
楽しい思い出だって、むろんあった。けれど今の自分には、それらを打ち消すほどマイナス要素が強い。
何で、どうして、自分の何が悪いんだ――…。










+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。