11-タスケテクレタヒト
「大丈夫? 立てる?」
「……え?」
「あなた、追われていたんじゃない?」
声からして、足の主は女性のようだ。一体、誰。
「ひどい状態ね。私がかくまってあげる。きて。一緒に話をしましょう」
「……」
「肩を貸してあげるわ」
と優しく言ってくれるが、彼女は何だ…敵か、味方か?
だがここにきて、疲労のため意識が半分近く飛んでいた彼にはろくに確認できなかった。
ただ柔らかいぬくもりを感じつつ、彼は彼女にその体を運ばれた。
+++
どうやら、途中で完全に意識を失っていたようだった。目が覚めると、彼はふんわりとした毛布にくるまって部屋の隅に寝かされていた。
「……?」
此処は、もとは他と同じように教室であったのだろう。だが床はきれいに掃除され、壁にはカレンダーやその他絵などが飾られてある。色々と飾り付けがされていて、ぱっと見ではそれと思えない。
さらに中央にはコタツに隅にはテレビ、ベッドまである。後ろにある備え付けのロッカーは物入れだ。本やぬいぐるみ、その他衣類などが入れられている。
この部屋全体から、生活感が感じられた。誰かが此処にずーっと住んでいるのだろうか。
廃校となり、今やヘンな団体の「血の惨劇をともなう試験所」となっているこの場所に?
……試験所。
それを思ったとたん、彼はいきなりバクバクしてきた心臓を服の上から手で押さえた。
死ぬ。殺される。本当に…本当に!
「うわあああああ!」
「静かに。声をあげたら危ないわ」
「あ゛あァ…」
「大丈夫、大丈夫よ」
やさしい声と手が彼を慰めてくれる。その温かさを感じて、彼ははぁはぁと、荒い息をはきつつ何とか感情を抑えた。
「私は柯月っていうの」
彼を優しく包みつつ、彼女は言った。
「心配しなくていいわ。あなたは? 名前はなんて言うの?」
がその時、扉の向こうからドンドンという激しい音が聞こえ、彼は返事より先に身を震わせた。
「今、悲鳴みたいな声が聞こえたぞ。そこに誰かいるのだな? 出てくるのだ!」
「何この扉。鍵をかけるなんて、まぁ図々しいわね。いいわ、蹴破って――…」
「破れますかね? きっとそう簡単にはいきませんよ」
アリーシュ、ミシェル、エイリスだ。前に彼が階段に突き飛ばした三人だ。
もう珍しくも何ともないが、しかしこのタイミングとは。
「ヒッ」
彼は頭を抱えて丸まった。もし此処で彼らが一斉になだれ込んできたら、絶対に自分は殺される。
ミシェルとエイリスなんて、仲が悪いんだから何もつるまなくてもいいのに…しかし、仲がよかろうが悪かろうか、彼らには共通の目的がある。それは、一人の罪なき少年を本気で殺ろうとしていることだ。
「来ないでよ。来たら承知しないわよ」
彼のかわりに柯月が答えた。
「ここには私がいるの」
「ああ、柯月ですね。え? でもどうして」
エイリスの声だ。
「上のプレートを見てよ。ここ、私の部屋よ」
「えぇ? あぁ本当だ。…って、またひきこもっていたんですか? ちょっと。君、自分の役目を分かっていますか?」
「そうなのだ。我々は試験者を追い、あわよくば殺すのが任務なのだ。それを貴様、いつもサボって」
アリーシュも口をはさむ。
「さっきも声が聞こえたのだ。きっと少年がこの近くにいるのだ。見かけなかったか?」
「知らないわ。それと、サボってなんかいない。私は体力使って追いかけるより、待ち伏せする方が性に合うの」
「知らない? 本当なのだな? じゃあ、此処には誰も来ていないのか?」
「知らない」
柯月はあくまで言った。
「さぁ。もう用がないなら出てってよ。邪魔なの。あなた達がいて、戸口でわめいてたら、警戒されて本当に誰も来なくなっちゃうじゃない。
出てって。さもなきゃ、いくらあなた達でもタダじゃ済まさないわよ」
「おぉ、怖」
エイリスの茶化し気味な声。だが確かに、扉の前から人が動く気配がした。
「あーあ、いい気なもんだ。吾輩なんて原稿の締め切りが近いのにこれに参加しているというのに」
「原稿? 何よそれ。貴方マンガでも描いていらして?」
「おや、よく分かったのだな。実はそうなのだ。吾輩は――」
「アリーシュ、ミシェル。しゃべるなら小声にして下さい。柯月が言ったでしょう、声を聞かれたら試験者が逃げてしまうでしょう」
「そんなの今更だわ」
「でも一理あるのだな。それじゃ、ここからはまた別れて探そうなのだ」
「別れるも何も、私は最初からそのつもりでしたわ。アリーシュはともかく、エイリスが勝手に――」
「失礼な! だいたいね、君が不甲斐ないからこうなるですよ」
「階段を突き飛ばされたのはどこの誰よ。全く、人をクッションがわりにして。覚えてらっしゃい」
「まだ言ってるんですか。だから、あれは彼が……」
そんな会話をしつつ、三人の声は遠ざかっていく。やがて足音も、声も、一切聞こえなくなった。
「もう大丈夫よ」
扉に耳を付けて音を確認し、柯月は彼の方をむいて言った。毛布をかぶって小さくなっている彼に近づき、そっと毛布をとる。
こうして毛布をとられた彼の目に、まっさきに飛び込んできたのは白い箱。
「しばらく使ってなかったから探したわ。でもようやく見つけた…あなた、怪我をしてるのよね。見せて」
彼女は優しく腕をとり、彼が前に包丁で切られた個所と、フォークを刺された個所を見た。
「手当をしてあげるわ」
そう言って箱をあけ、取りだすのは消毒液に脱脂綿。薬、包帯、ピンセット。
「腕を出して。ああ、あと足もね」
言われるがまま、彼は大人しく腕を出した。柯月はそでをめくり、傷を見てそっと手当を行う。
ケガをしている人に対して傷の手当。それは別に普通のことだったかもしれない。
しかし今、この状況下においては実に不思議なことだ。手当をしてもらいつつ、彼はじっとそれを考えていた。
あの三人に追われ、逃げ、反撃はしたが疲労で動けなくなって。
そこを彼女――柯月が手を差し伸べて助けてくれた。だが、彼女は自分と同じ「試験者」ではないようだ。
この部屋に『すんでる』と言っていたし、あの三人と同等に喋れる立場でいる。ということは追っ手なのだろう。
であれば、本来なら試験者を殺すべき立場の人間である。なのに…どうして?
疑問符を頭に浮かべつつ、彼はあらためて彼女をよく見た。ゆっくり見れば、柯月は先のエイリス達と年は大差なかった。
しかし丈が長めのキャミソールを軽く着こんだだけの恰好で、正直、露出がけっこう高い。
先のアリーシュやミシェルほど胸は大きくないが、いや…しかし……
「……」
あまり彼女の体を見ないようにしつつ、彼はしかし、つとめて冷静に考えた。
このシビアな状況下、いくら相手が優しくっても、少しでも怪しいと思ったら逃げる。本当は、すぐにもそうしたかった。
今ケガを診る彼女の手を払いのけ、ダッシュで飛び出すこともできただろう。
だがずーっと逃げ続けていて、彼の体力はもう限界に近かった。今走って逃げたところで、柯月が追いかけてきたらすぐに捕まる。
それより、少し休んでから逃げ出した方が逃げきれる確率が高そうだ。それにケガの手当をしてくれるのは有難い。
見たところ物騒な武器はなさそうだし、相手は女性。何とかなる。
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