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この小説には怪我に伴う流血表現があります。
01-ハジマリ
挿絵(By みてみん)

無機質な壁と天井。何の面白みもないそれが、ずーっと続く光景。
 此処はとある廃校の中。昼間でさえ気味が悪いが、夜となればもっと気味は悪くなる。明かりはついているが、中途半端なそれは恐怖を逆にそそるだけ。
 普通なら誰も近づきたがらない。もし近づく者がいるとすれば、それはきっと肝試しか罰ゲームにちがいない。
 そんなさびれた場所に、とんでもない悲鳴が響いた。

「ギャアアアアア!」

この声を人が聞いたら、誰しも『何事!?』と驚いて顔をあげるだろう。とてつもない声をあげていたのは一人の青年だった。高校生くらいだろうか、真っ青な顔をして廊下をかけている。
 幽霊でも出たか……と思いきや、違った。
「待って」
青年が出した悲鳴に続き、小さな声で別の声が聞こえる。
 もちろんこちらの声の主は彼ではない。彼の後ろにいた人だった。暗くて姿はよく確認できないが、確かに廊下を走る彼を追いかけている。青年はその人から逃げていた。
「たすけてくれええええ! 誰か、あああ殺されるうううウゥ!」
そして、何故逃げているのか。その答えは、追っている人が手に持っているものにあった。
 包丁。普通なら野菜や刃物を平和に刻むべき道具を手に持ち、なまはげの如く振りかざして追っている。
 しかも持っているのじゃ一本ではない。いや、確かに手には一本しか持っていないが、腰にたくさんつけている。まるでタガーナイフが何かのように袋に入れてぶらさげており、用があれば次々抜いて刺せるようになっていた。
「いやあああああああ!」
声をあげると、逃げる体力をロスするだろう。しかし恐怖のあまり叫び続け、彼は必死に廊下を走る。
 追いかけている人はというと、こっちはこっちで必死に追っている。だがスピードが遅く、逃げる彼にはとても追いつかない。見ている間にだんだん距離が広がっていって、もう少しで彼は逃げ切れそうだった。
 あと少し。あと少しで、彼は逃げ切れる。
 だがその刹那、追っ手は手に持っていた包丁を投げた。腕はおそろしく的確で、それは回転したりせず実にまっすぐ青年に飛んだ。
「ひいッ!」
とっさに右によけた彼。と、さっきまでいたところに包丁がグサリと刺さる。硬い床に突き刺さるのを見る限り、相当な威力であるらしい。
 的中したら十中八九、彼は死ぬ。
 一本、二本、三本、四本。料理のための道具を間違った使い方で扱いつつ、追っ手はひたすらそれを投げつける。
 腕は良い。しかし彼は右に左に動いて避けていた。おまけに二人の距離は広がる一方である。
「はぁ、はぁ………」
そうこうしているうち、彼より先に追っ手の方がバテたようだった。やがて荒い息をはき、ピタリと立ち止まった。しかし投げるのはやめず、やがて一本の鋭い刃が、逃げる彼の服を切り裂いて傷をつけた。
「いッ――」
彼は一瞬顔をしかめた。だが足は止めずに傷を抑え、階段を下り、下の階に行く。
「はぁ、はぁ、はぁ――っ……」
 あいたドアからまっすぐ中に飛び込んだ。荒い息をなんとか殺し、追っ手がここまで追いかけてこないことを確認し、彼はここでようやっと休息を得た。
「あぁ、どうして」
ようやく、一息ついた彼。しかし落ち着いたところで、頭に浮かぶのは疑問符だけだった。
 だがそれももっともだ。こんな廃校の中、包丁を持った人に追いかけられるなんて。まずあり得る状況ではない。
 あの、包丁を持った子は何者だ。そして彼はどうして、こんな場所に足を踏み入れたのか。

 そのきっかけは些細なことだった。だがその『些細なきっかけ』に到達するまでの道のりは、彼にとって悲哀の連続だった。
 不純異性交遊もしない。悪い友達もいない。酒も煙草も万引きもしない。学校での成績はいつも平均点より上をキープ。特に秀でていわけではないが、宿題はほぼかかさずやるし、真面目でズル休みもまずしない。
 彼は良くも悪くも『普通』な学生だった。が、先日、とんでもなく酷いことがおきた。
 それは人によっては「なんだ、そんな事」と言ったかもしれない。だが彼にとっては足元が崩壊しそうな出来事。
 まず一つは、返された模擬テストが、五教科、(そろ)いも揃って悪い成績でかえってきたこと。一番自信があった数学でさえ平均点と同じ点数で、あとは全部それより下。合計点は、彼の志望校にはとても到達していなかった。
 それでかなり凹んだが、あくまでこれは模擬のテスト。まだ本番までには時間がある。彼は「じゃあ、これからはもっと真面目に、心を入れ替えて勉強しよう」と思った。
 己の決心を強めるため、願書を提出するついでに、市役所にいって戸籍もとってきた。
 
 しかし、それが彼にとって第二の地獄となった。戸籍を見ると、驚いたことに彼は今、自分を育ててくれている父母の実子ではなかった。
 いや正確には、父は確かに自分の父だった。だが母の名前が違っていて、そして別の人の――彼が今まで「母親だ」と思っていた人の「養子」となっていた。
 相当なショックだった。すぐに親のもとにかけて問いただした。が、結果は戸籍の通り。
 それで彼は絶望に陥った。父親も父親だが、今まで母と思っていた人が赤の他人だったなんて……と。
 精神的にあまりに酷く追い詰められ、もういい加減首でもつろうか、それとも屋上から飛び降りようかと、そこまで彼は考えた。だがそんな(うつ)っぽい考えとはまた別に、妙に暴れたい気分になった。
 その日から彼はヤケになり、家を飛び出して夜の街をほっつきまわった。今まで足を決して踏み入れなかった場所を歩いてみる。
 ……が、ただそれだけ。何をする予定も計画もなく、ついでに金もない。大人であれば酒浸りになろうところ、変なところで根がまじめな彼はそんな事をしようと思わなかった。
 それ所か、アンダーグラウンドな世界を目の当たりにし、自分がひどく場違いな気がして、逆にまたひどく気を滅入らせてしまった。
 そんな折、ふとした事でチラシを手にした。

 そのチラシは、見たところ宗教勧誘のもののようだった。その内容は、こう。
『永遠の命を手にしてみませんか? 自然界に生きる本物のフェニックス-ベニクラゲの不死のライフサイクルを利用した再生秘術。本団体のみが有している世界最先端の科学技術に、貴方も身を委ねましょう。入会費・年会費一切不要! 詳細は以下にて』
ダサいというか何というか、低級なセールスさながらのあやしさ丸出しの文句。チラシはそれを、恥ずかしげもなく堂々記していた。
 そこで彼は考えた。フェニックスといえば不死鳥だ。しかしベニクラゲとは一体何ぞや。鳥とクラゲに何の関係がある? などなど。
 まともな状態だったらそんなもの、仮に手にしたとしても即座に無視してゴミ箱にいれ、後はきれいに忘れていたことだろう。
 だがその時の彼は鬱が半分、ヤケが半分の少々まともじゃない状態だった。またそのチラシに書いてある地図は、彼がその時いた場所から近かった。そこで彼はついつい、そこに足を踏み入れてしまった。
 夜の一時もまわった遅い時間だというにもかかわらず、建物には明かりがついていたし、門も解放されていた。
 そこへフラフラと引き寄せられるように入った彼を、出迎えてくれたのは見知らぬ人が二人。彼らは「ようこそ」と変に明るい声をかけ、彼が持っていたチラシを見て「体験希望ですか?」と尋ねた。
 彼は体験というのが何なのかよく分からなかったが、勢いに押されて頷いた。すると彼らは、彼の肩を抱くようにして建物の中に引きずって行った。

 気がつけば彼は十二畳ほどの部屋に入れられていて、イスに座らせられ、数人の人と一緒に黒板を前にてレクチャーを受けることとなっていた。
 学校の授業と大して変わらぬ雰囲気。そして時々耳に入ってくる単語は「不死」だの「再生」だの、そんなものばかり。
いったい何が何であるやら。学校でのクセが出て真面目に聞こうと努力はしたが、しかしその時彼は、眠くて眠くてしょうがなかった。
 時刻は午前一時を回ってすでに二時。こんな時間まで起きている事は普段なく、そのせいか彼はそのまま寝入ってしまった。
 それがいけなかったに違いないが、机の上につっぷして、ぐっすりと……


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