(1)ご挨拶
「行って来ます」
誰もいないんやけど、一応声を掛けて家を出る。
学校までは歩いて20分くらい。
平次ん家はアタシん家よりちょっとだけ学校に近いから、部活や委員会で時間が合わん時以外は、平次ん家に寄って一緒に登校するんが日課。
「おはようございま〜す!」
玄関の引き戸を開けて声を掛けると、奥でオバチャンが平次を呼ぶ声が聞こえた。
いつもきちんと鍵の掛けられてる玄関は、この時間だけアタシのために開けられてる。
ちょっと嬉しい。
「けどなぁ……」
たまには迎えに来て欲しいて思うんは、贅沢なんかなぁ。
遠回りんなるとか、そう言う事は取り合えず置いといて、恋する乙女としては『彼にお迎えに来てもらう』ってシチュエーションにも憧れたりするやん?
一応『彼氏・彼女』なんやし。
そんな事考えてたら、相変わらず軽そうなカバンを抱えた平次が出て来た。
「おはよ」
「おう」
いつもは玄関に顔を出してくれるオバチャンは、忙しいらしい。
「行って来ま〜す!」
奥に向かって声を掛けたら、遠くから返事をしてくれた。
「なあ、平次。今日の1限の数学……」
門の所で振り向いたら、目の前至近距離にガクラン。
へ?と思った瞬間、おでこに柔らかい感触がした。
「いっ……いきなり何するん!?」
顔が真っ赤になるんが自分でもわかる。
「何て、『おはよう』のキス。やっぱ、ご挨拶は欠かせんやろ?」
おでこを押さえて抗議するアタシに、平次はしれっとそう言うと、スタスタと歩き出した。
……平次がキス魔なん、忘れてた。
人前ではそんな素振り見せんくせに、誰も居らんとこうやって触れてくる。
別に嫌なワケやなくて、どっちか言うと嬉しいんやけど、やっぱり困る時もある。
やって、こんな赤い顔で学校行ったら、絶対からかわれるもん。
……恋する乙女の憧れのシチュエーションは、夢のままで終わらせた方がええんかもしれない。
平次の背中をちょっとだけ睨み付けながら、アタシは明日からも服部家に迎えに来ようと心に誓った。
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「いきなり何するん?」(和葉)
『キスにまつわる20の御題』(http://tw.skr.jp/kiss/) |