Chain178 歪んだ愛情・束縛したい欲望4
大切な存在である筈の君から離れて、遠い異国の地へやって来た俺に変化が訪れるのはそうかからなかった。
傷付いた俺の心を癒す為に、同年代であるリカルドと同居させた方がいい……そう考えた両親の配慮が逆の作用を引き起こす結果となってしまった。
“ここは……どこだった?”
頬は蒼白くこけてしまい、目の下には見事なくまが浮かんでいる。手入れの行き届いていない髪はだらしなく伸びている……こんな姿を見て、誰がモデルの“RUI”であると気付くだろうか。
かつては数多のスポットライトの下を多くの観衆に観られながら歩いていた“RUI”は、ロンドンにある一室で酒と煙草に溺れて横たわるただの宇佐美琉依へと堕落していた。
“リカルドが……笑っている”
何て下らない被害妄想……しかし、あの時の俺は自分が周りの奴らから見下されていると感じていた。リカルドに両親、そしてここにいる筈の無い君にまで。
俺を見下すのは許さない……例え堕落した生活を送っていても、下らないプライドだけは維持していた俺が起こした行動。
それは、リカルドの部屋で彼が所持していた睡眠薬を酒で全て飲んでしまうという……自殺行為だった。
“俺を笑うのは許さない……”
薄れゆく意識の中、俺はずっとそう感じていた。これで俺は誰からも笑われなくて済む……それが例え死に繋がる行為だとしても、俺はそれでもいいと思っていたのだ。
――しかし、俺は助かってしまった。
霞む視界に映ったのは久しぶりに見る両親の姿と白衣を着た男。そして、心配そうに覗き込む同居人の姿だった。
俺は虚しくも助かってしまったのか? しかし、本当の地獄はこれからだった……。
薬とこれまでの精神不安定の副作用から、俺は記憶が曖昧になっていて……そして狂った。
“放せ! 俺はなっちゃんの元に帰るんだ!”
“琉依! なっちゃんはここには居ないんだ!”
人間が変わったかのように暴れては狂う俺を、必死になって抑えるK2とリカルド。そんな息子を見て泣き叫ぶ母さんに、俺の自由を奪っていく医者達。
お前たちはまた俺を笑っている……死ぬ事も叶わなかった俺は、ただ彼らの笑い声を聞き続けるという生き地獄を味わっていた。
何も食べられない、それなのに思い出したかのように催す吐き気。安定しない体調に苛立ちを覚える俺の怒りの矛先は、いつも嫌味のように傍にいたリカルドだった。
自分は安定した生活を送っていて何の不自由も無いから、哀れな俺を毎日見てやろう……抱きたくも無い被害妄想に囚われていた。
しかし、そんな俺を深い闇から救ってくれたのは……ロンドンに居る筈の無い人物だった。
“しっかりしなさい! アンタがこんな状態だとあの子達が知ったら、どんな思いをすると思ってるの!”
アメリカで暁生さんと一緒に生活をしている筈の真琴さんの言葉は、これまで被害者ぶっていた俺の心を救ってくれた。
そして、俺は今まで怠けていた分を取り戻そうと辛いリハビリを繰り返して立ち直る事が出来た。ロンドンでの新たなスタートは、こうして始まったのだ。
そして再開されたモデル活動……一度は底まで落ちていった俺も、地道なる活動のおかげもあって復帰するまでにはそう時間も掛からなかった。努力を惜しまず、人の倍以上動いた。
ロンドンでも多くの仕事を手にするようになった俺に、さらに衝撃が舞い込んできたのはロンドンへ来て二年が過ぎた時だった。
“宇佐美クン?”
そう呼ぶ懐かしい声を、俺は未だに鮮明に覚えていた。かつて心から愛していた女性である綾子サンとの再会。
それは、君としばらく会えない寂しさを抱く俺の感情の隙間にうまく入り込んできた。
“俺でも綾子って呼び捨てで呼びたいのを我慢しているんだよ”
そんな思いを抱いたのは俺が寂しいから……そして、そんな時に目の前に現れたかつての女性。何かが崩れるのは俺だけではなく、綾子サンも同じ事だった。
たとえ長い間離れていた関係でも、言葉など要らない。ただお互い強く抱きしめあって、キスをしてしまえばその溝も簡単になくなってしまう。
しかし、そう思っていたのはたったひと時の事だった。
お互いの温もりを感じあった後に生じる“ズレ”……それは、やはり俺たちはあの時に終わったのだという事実。それを同時に痛感していた俺と綾子サンは、今度こそ恋愛関係の本当の終わりを交わした。
“今度こそ……お別れね”
そして、さらに二年後……自分の気持ちを固めた俺は相変わらずロンドンの地でモデルの仕事と“K2”のスタッフとして働いていた。
自分自身こつこつと成長していく中、日本に居るメンバー達も当たり前だが変化は起きていた。就職に結婚……出産など、俺が知らないメンバーたちの成長に嬉しい反面正直寂しくも思った。
結婚という言葉だけで揺れる俺の心。三年の時を過ぎても戻らない俺に愛想をつかせて別の男と一緒になったのでは……なんて不安を抱えていた日々。
しかし、そんな俺の元にやって来たのは五年ぶりに見る君だった。突然の訪問に驚きはあったものの、それでも五年という長い空間を埋めようと俺たちはずっと語り合っていた。
そんな時に生じたすれ違い……俺の仕事に対する考えを理解してくれなかった君。五年の間に積み重ねられていた君の寂しさを理解できていなかった俺。このまま終わってしまうのではないかと思っていた時にアドバイスをくれた周りの人たちのおかげで、俺たちはそれぞれの胸に秘めていた事を告白する事でより身近に感じるようになったのだ。
そして、先に帰国した君からしばらくして俺の正式な帰国が決まった。日本の店のディレクターとして帰国した俺は、迎えてくれた君にこれまでの気持ちと一緒に未来への気持ちを告白した。
――俺と結婚してください
俺の告白に“イエス”のサインを与えてくれた君。これからも共に恋をしていこうと決めた俺たちは、そして……
今回で簡単な回想編は終わりです。あと最終話とエピローグで終わりです。ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。