Chain172 共に恋をしていこう
タクシーが到着したのは、五年ぶりに見た自宅。俺は代金を払って荷物を受け取り、自宅の門を開ける。そして、玄関の扉を開けるとそこは五年前と同じ光景。兄貴が掃除しているのか、それとも君がたまに来ては掃除してくれていたのか……そんな事を思いながら、俺は中に入って二階へと上がった。
ガチャッ……
部屋の扉を開けると、そこには既にロンドンから送っていた荷物が解かれてはほぼ元の部屋になっている。君が今日俺が帰国する事は知らない筈……だから、兄貴がしてくれたのだろう。ついこの間まで使っていたベッドに倒れこみ、体の中から思いきり息を吐き出す。そして俺は、この懐かしい自室の空気を味わう事無くすぐに立ち上がると車のキーを持って階段を下りた。
靴を履きながら携帯を出してアドレス帳を表示する。
「あっ、伊織? 久しぶり〜。ちょっと頼みたい事があるんだけど……」
伊織に連絡した後、俺は玄関の扉を開けてガレージへと移動する。久しぶりに見る愛車も俺が久しく乗っていないのに綺麗に磨かれている。そして、車に乗り込んではエンジンをかける。
行き先は君の家よりも先に行くべき所……車を約三十分ほど走らせてたどり着く海が見渡せる丘の上に立てられた家。そう、五年ぶりにやって来たお祖父様の自宅だった。
五年前と何も変わっていない……俺の代わりに兄貴が管理してくれたお陰で、無駄な雑草も生えていないしまるで人が住んでいるかのような雰囲気を思わせる。
ゆっくりと門を開けて、持っていた鍵で中に入る。
久しぶりに入るお祖父様の家の中は、こまめに掃除されているので埃一つ無くかび臭い匂いも全くしなかった。そして、お祖父様が居た頃と変わりなく保存されている家の中。リビングまでまっすぐ進むと、壁には懐かしい写真が所狭しと貼られている。
その中には、俺も知らない……おそらく兄貴が貼ったものであろう、ロンドン滞在中にロンドンやパリで行われたコレクションの写真や雑誌の記事もあった。K2か母さんから送ってもらったモノだろうけれど、そんな最近の写真まで揃っていると何だかそんなに日本を離れていないような気分になる。
「やっと、ここに帰って来る事が出来ましたよ」
ボソッと呟いては、ゆっくりと椅子に座る。お祖父様が気に入っていた木製の椅子は、こんなにも心地が良かったのかと改めて実感した。目を瞑ると、此処での出来事がゆっくりと巡る。懐かしくそして心地よい……こんなにも余裕を持って思い返すのは、初めての事だった。
以前、此処に来た時やそれ以前も俺の心には君への歪んだ愛情を秘めていたから……苦しくて涙さえも見せていた。
「お祖父様……もうすぐしたら、貴方の大切な人が来るからね」
目を瞑りながら呟いたその時だった。遠くから扉が開く音が聞こえてくる。ゆっくりと開いて、ゆっくりと閉じる……そして、またゆっくりとこちらへ近付く足音。
「伊織が怒っていたよ? 用件だけ言って勝手に切っちゃうなんて! ……って」
笑いながら言うその声の方を振り返ると、君が苦笑いを浮かべて立っていた。そして、その手にはロンドンで別れた時に預けた淡いブルーの包みがある。そんな君の姿を確認しつつも、俺はその場を立つ事無く口を開く。
「だって、急ぎの用だったからね。伊織には後でちゃんと謝るよ」
俺がそう言い終わる前に、君はゆっくりと近付いてくる。そして、椅子に座る俺の前にやって来ると首を傾けて俺の姿を改めて確認する。
「うん、特に変わった所は無いね。元気そうだし、良かった良かった」
勝手に一人で納得してはうんうんと頷く君に、俺は笑みを浮かべて包みを受け取る。そして、君の前に立つと
「長い間、待たせてごめんね。本日をもって、やっと日本に帰国する事が出来ました」
さっきまでとは変わって真面目な雰囲気を出して告げる俺に、君は笑みを浮かべつつも俺の目を見て一つ一つ話を聞いている。
「日本に帰国したけれど、仕事の都合上たまにロンドンやイタリアに行かなければならないんだ。けれど、それ以外ではもう此処にいるから」
「うん。お帰り」
お帰り……他の誰よりも君の口から一番最初に聞きたかったセリフ。それを聞くと、俺はちゃんと帰国できたと実感できるのだ。
「ただいま……」
笑みを浮かべて言いながら、俺は君から受け取った包みを開いていく。袋から出した白い包装紙に包まれた四角い箱。君が見ている前でさらにその包みも解いていく。
「コレ、どこで保管していたの?」
「私の部屋よ。机の上にアンタと撮った写真と一緒に置いていたわ」
そう……君の返事にそう答えて、俺は包みから出てきた箱を君に見せる。グレーの箱を見ては、何が入っているのかと問うような目でこちらへ視線を移す。
そんな君に、俺は無言で笑みを見せてゆっくりと開く。
「えっ……」
箱の中身が見えた途端、君の大きな瞳は更に大きく開き口からは僅かな言葉が漏れる。そんな君に俺はその箱を左手一つで持ち、開いた右手で君の肩に手を乗せる。
「これが、俺の夏海への気持ちです」
「気持ち……?」
そう、俺の気持ち。そして、箱を近くにあるテーブルに置くと中からソレを取ってから君の手を取る。未だに表情を固めたまま立ち尽くす君だったが、俺はそんな君の薬指にソレを通していく。細く長い薬指に輝く指輪を、君はジッと見つめていた。
「ずっと、待っていてくれてありがとう。そして、これからずっと俺の傍に居て下さい」
「琉依、それって……」
光り輝く指輪から俺の方を見上げる君は、顔を赤く染めて目を潤ませている。あぁ、まだ肝心な事を言っていないのに、もう泣いてしまうの? ちょっと早いよ……そう思いながら、苦笑いを君に向ける。
けれど、そんな君の両頬に優しく手を添える。大好きだよ、夏海……これからもずっとずっと俺と一緒に恋をしましょう。笑って、時にはケンカもする……飽きなんて感じないくらい毎日楽しい恋をしよう。
「俺と結婚してください」