Chain171 正式に日本の地を踏み
日本からロンドンへと旅立って五年……俺は自分の歪んだ感情を捨てて、そして自分のやりたい事を見つけて再び日本の地を踏む
そして、更に時は流れ……
「あの〜。モデルのRUIさんですよね?」
「はい。そうですよ〜」
きゃ〜きゃ〜と言いながらはしゃぐ女の子達に、俺は笑みを浮かべて握手に応じる。そして、差し出された手帳にスラスラとサインをしては携帯を持つ彼女に向かって笑みを見せる。
「あの! もしかして、日本で活動再開されるのですか?」
「そうで〜す! あと、俺の店も出来たので良かったら来てね!」
相変わらずはしゃいでばかりいる彼女たちにそう言って手を振ると、俺はそのまま荷物を持って去っていく。
久しぶりに掛けられた日本語……そう、ここは日本。成田空港に降り立った俺は、こうして君の元へ向かう。
ベルとの合同コレクションで帰国した時とは違う。俺はとうとう正式に帰国したのだ。ロンドンを発って……両親やリカルドに別れを告げて、こうして本格的に日本で仕事をする為に戻ってきた。
―――数日前
『琉依。K/Sのオープンセレモニーまであと僅かだね』
『あぁ……ようやくここまでやって来たよ』
ロンドンの“K2”で、荷物を整理している俺にK2が話しかけてくる。数日後に帰国を控える俺は、ロンドン支社にある自分の荷物を纏めていた。
荷物を纏める……五年前に同じ行為を、俺は日本の自分の部屋で一人行っていた。しかし、あの時と違う事は……荷物を纏めている時の心情だった。
五年前は、君と離れるのが辛くて今にも狂いそうな気持ちで纏めていたのが、今ではそんな君に会える嬉しい気持ちと日本での新たなプロジェクトに参加できるという、これもまた嬉しい気持ち。そんな気持ちの所為で、荷物を纏める手も早くなる。
『ルイ〜! ホントに行っちゃうのかい?』
『リカルド』
そんな俺の元に、リカルドが走ってきては強くハグしてくる。迷惑そうに離れようとする俺を、逃すまいとハグする腕に力を込めるリカルド。泣きながら叫ぶ……そんなリカルドに半ば諦めの気持ちで、俺は彼にされるがままとなる。
『行きますよ。とても責任重大の仕事だからね。気を引き締めて頑張りますよ』
『頑張らなくていい〜! 代わりに俺が行ってあげるから〜!』
そっちかよ……リカルドの涙の本当の理由を聞いた俺は、思いきり力を込めてリカルドを押し退ける。そして、自由になった右手で気持ちを込めてリカルドの頭を殴る。
『痛い! よくも頭を殴ったわね!』
ほんの冗談なのに〜と嘆きながら、K2に泣きついている。そんな子供のようなリカルドを無視して、俺は荷物を纏めることを再開する。そんな俺の元に、K2がやって来ると
「ロンドンと日本は離れているが、何か困った事があれば遠慮なく俺やヴァンに相談するといい。時差とか面倒なものも気にしないで……」
「うん、ありがとう」
父親とも上司とも取れるK2の言葉に、俺は素直に気持ちを表した……
―――――
そして、一人日本の地を踏んだ俺は空港を出てタクシーに乗る。兄貴は用事があって俺を迎えに来れないと連絡があった。
『お客さん、どこまでですか?』
「あぁ……日本語でいいですよ。じゃあ……」
自宅の住所を告げて深く座る。もともと外国人のような容姿もあり、さらに国際線ロビーから出てきた所為もあったのかタクシーの運転手も英語で話しかけてくる。
高速を走るタクシーの窓から見えるのは、ついこの間も見たがやはり懐かしく感じる景色。五年しか離れていないのに、何だか何十年も離れていたような……まるで浦島太郎の気分に浸っていた。
そんな俺の目に映るのは、ビルの上に設置されている看板たち。その中には、リカルドの顔がアップで写る“ベライラル・デ・コワ”の看板や“sEVeN”の俺の看板。君と無事に再会してからは、日本に流れる仕事も受けるようになった俺の写真も日本のあちこちで掲載されるようになった事は、ロンドンに居た時に尚弥からメールで教えてもらっていた。
「おや? さっきの看板に写っていたのは、もしかしてお客さんですか?」
「あぁ……まぁ、そうです」
つい今見た顔が看板に写っている事をさすがに気が付いたのか、運転手がバックミラー越しに問いかけてくる。そんな彼に、俺は笑みを浮かべて答える。
「はぁ、モデルさんでしたか。私はこの歳ですから、どうもモデルさんとか疎くてねぇ」
「いえ、僕も今こうして見るのは初めてでしたから。お恥ずかしながら、自分の看板をこうして見て戸惑っているくらいです」
少し照れ笑いを浮かべながら、俺は運転手に語る。それからは、再び沈黙が始まり俺は自宅に到着するまで目を閉じる。