Chain170 ラストはやがて……
「琉依〜。ちょっと」
少し肌寒くなってきた頃のロンドン……いつも通り“K2”で仕事をしていた俺の元に、K2が顔を覗かせて呼んで来る。
返事もせず席を立ってK2が待つ応接室へと入ると、そこにはテーブルいっぱいに書類を広げて待つK2と母さんが座っていた。
「どうしたの? 母さんまでここに来るなんて」
「えぇ、ちょっとね。それよりも、座って」
いつも通り穏やかな笑みを見せる母さんの勧めで二人の向かいに座る。ビジネスモードのK2に比べて笑みを見せる母さんの様子を見ると、別に深刻な話をする訳でもないみたいだな。それを解かっただけでとりあえず安心した俺は、目の前に広げられていた書類に視線を移す。そこにあった書類は、慣れ親しんだ日本語がたくさん記載されていた。
「日本語の書類? これ、日本でのプロジェクトとか?」
「そう。実はね〜、来年“K2”の新店が日本に出来るんだよ」
また!? 俺が高校入学したばかりの時にはロンドンに三店舗出来るからと日本を離れて二人でロンドンへ行ったけれど……。
今度は逆に日本に出来るのか?
「日本には既に“K2”が数えきれないくらい展開されているじゃん。何でまた更に増やすの……」
書類を見る事無く呆れながら問う俺を、K2はフッフッフッと奇妙な笑い声を漏らす。そんなK2を気味悪いと思いながら見ていると、母さんが俺に一枚の書類を差し出してくる。
「……何?」
「いいから、見て御覧なさい」
そう言われて母さんから書類を受け取って目を通すと、そこに書かれていたのは“K/S〜K2/sEVeN〜日本初の二大ブランド直営店プロジェクト”という赤く長い文字。
「日本でsEVeNと合同の店を開くの!?」
「やっと興味を示してくれたね〜。そうだよ」
話に食いついて来た俺の表情を見て、K2は嬉しそうにテーブル上にある他の書類を見るよう勧めて来た。それらには、既に日本での工事が始まっている事やヴァンとの打ち合わせなど……俺が最も尊敬する人物の名前が様々な所に表示されていた。
「ますは一号店として、東京に展開する所まで打ち合わせもしていたのだけれど……」
そう言っては、視線を俺に移した。さっきまでとは違い再びビジネスモードになっていたK2の瞳に、俺は今度は何を言われるのか無言で待っていた。
「ヴァンとも相談したんだけどね。琉依、君がこの一号店を支えてくれないか?」
「はっ!?」
何を言ってるんだ……突然のK2の言葉に、俺は正直そう心の中で思った。“K2”と“sEVeN”という二大ブランドの直営店が生まれるという重大なイベントに、どうして俺の名前が出てくるのだろうか……。
「ば、バカ言うなよ? そんな重大プロジェクトを立ち上げておいて、どうして俺を責任者に採用しようとするんだよ」
「あら。私は響とヴァンの話に賛同したわよ」
しなくていいよ……母さんの一言に、俺は頭を抱えながら思った。俺は今まで通り“K2”の一スタッフとして、ロンドンで働けたらそれでいいんだ。
「琉依。これはね、ヴァンから提案してきた事なんだよ」
「ヴァンが?」
なんてまた無茶な事を言い出すんだ、あの人は。
「ヴァンがね〜両ブランドの知識を一番に持ちつつ、かつ情熱も一番強く抱いている。それにねぇ……」
「まだあるの!?」
ヴァンの過剰なほどの俺を褒めるセリフに、直接聞いている訳じゃないのに何だか照れくさい俺は、更に言おうとしているK2にうんざりしていた。
「目がね、違うんだって」
「えっ……?」
目? どういった感じが? ますます解からない発言をするヴァンに、俺は頭の中が混乱していた。
「ヴァン曰く、君の仕事に対する目が他の誰にもない強さが感じられるって。そして、そんな目を持つ君にヴァンは今回の新プロジェクトを任せたいって」
目力の強さ……普段言われた事が無い言葉に、俺はただ無言でK2を見ていた。そして、K2はフフと笑う。
「もちろん、俺もそう思っているよ」
父親ではなく、チームの上司としてのK2の言葉にも俺は何だか余計に照れてしまう。そんな俺を見て、K2は母さんと顔をあわせては微笑み合う。
「日本に……行ってくれるね?」
「はい。行かせて頂きます」
K2の一スタッフとして……そして、これからはK/Sの責任者として俺は日本に帰国する事を決意した。
そう……これで、俺は君の元に帰るのだ。
「来年オープンだけど、君はそれまではまだロンドンでヴァンや俺たちと一緒に打ち合わせに参加して欲しい。向こうの内装も全て君に一任するから」
「凄いプレッシャー……」
だけど、それはかえってやる気を起こさせる。自分の力を最大限に利用して、これからの新プロジェクトに取り組もう。
K2曰く、来年のオープンまでの間に何度か日本に行く機会はあるが、俺が正式に日本に帰国するのは来年……
それまで、君に帰国する事は秘密。ベルとの合同ショーの為、帰国した時と同じように今回も秘密にしよう。俺が正式に帰国するまで……俺は自分のやるべき事だけに集中する。
君も……それまで待っていて