Chain167 つかの間の幸せなひと時を
「仲直りした〜?」
「アリサちゃん!」
コンコンをノックをした後に入ってきた母さんに、君は仲直りしたと言わんばかりに母さんに抱きつく。そして、その後ろで頷く俺を見た母さんは笑みを見せて下に降りてお茶にしようと誘ってきた。
『お〜! 仲直りしたか!』
『何々? 二人ってケンカしていたの?』
リビングへ行った俺たちにリカルドが言うと、K2はケンカをしていた事すら知らなかったのか驚いて叫んでいた。
『大丈夫。もう仲直りしたから』
ねっ……君にそう言うと、笑みを浮かべて頷いていた。そんな俺たちの様子を見て安心している母さんとリカルド。そして、一人状況が掴みきれていないK2。
お互いの気持ちを伝え合った後、それから俺と君はこれからの一ヶ月の間の話をしていた。一ヶ月は一緒にロンドンで過ごしたらいいと当初K2達に勧められていた君だったが、俺が日本に帰国すると思っていたからまだ仕事を残していたらしい。
だから俺が帰国しないと決めた今、すぐにでも帰らないといけない……寂しそうに君はそう告げた。
そうだね、君も仕事をしているんだ……俺の我が侭でここに残すわけにはいかないね。君の言葉に、俺は本音を心に秘めて頷いた。
『そう……。それじゃあ、なっちゃんは三日後に帰るの』
『えぇ。これでも担任だからね。新学期が始まるまでにしなければいけない事がいっぱいあるのよ』
テラスで紅茶を飲みながら、母さんと君が話をしている。K2はそんな二人の話を聞きながら手は新作のイメージをスケッチブックに描いていて、俺とリカルドは書庫にあった雑誌を大量に持ってきてはそれらを見ていた。
『琉依。貴方は本当にそれでいいの?』
『ん? “それで”じゃなくて、“それが”いいんだよ』
自分の納得する仕事をしてこそ、俺は更に自分に自身を付けて君を本当に幸せに出来る。今まで時間を掛けてきたのだ……今さら手を抜くわけにはいかない。辛い思いをするのは今だけ……やがてやって来る幸せの為に、俺は今を選ばなければいけないのだ。
『ルイ。アンタも大人になったんだね〜』
『アンタはまだ子供だけどね〜』
リカルドの嫌味を更に嫌味で返す俺を、リカルドがムキになって雑誌で叩いてくる。そんなやり取りをしている間、俺も君もずっと笑顔だった。
せっかく再会したのに再び離れてしまうのは辛い……しかし、先ほどお互いの気持ちを伝え合ったせいか暗い表情を浮かべず心は清々しく自然と笑みも浮かんでいた。
三日後の別れよりも、すぐに来るであろう時を俺と君は見ているのだ。だから、寂しくは無い……
『あぁ、そうだ。K2、そういう訳だから俺のスケジュールの修正しておけよ』
『しておけって……何てキツイ言い方!』
だって、アンタが余計な事をするから俺のスケジュールが真っ白なんだから。ちゃんと責任もって管理しろよ……そんな思いを込めてK2を睨むと、K2はこちらを見る事無くひたすらデザインに集中していた。
そんなK2の様子を笑って見る俺たち。そして、俺はその表情のまま隣りに視線を移し、楽しそうに笑っては手を叩いている君の姿を目に焼き付けた。
―――――
それから、俺達は久しぶりの二人だけの時間を過ごした……
時間が過ぎるのを考えず、君の手を引いてロンドンの街を一緒に歩いてはショッピングを楽しんだり映画を観たり美味しいものを食べる。
初心者マークが付いているような恋人同士の過ごし方かも知れない……だが、俺達はそんな過ごし方をこれまで経験した事が無かったのだ。
美味しい物を食べたりショッピングはした事はあっても、それらは全て俺と君の関係がただの幼馴染みだった時の事。恋人という関係になってからすぐに、俺はロンドンへ発ってしまったから君には何もしてあげられなかった。
「こんな普通の過ごし方だけど、いいの?」
そんな俺の問いに、君は笑みを浮かべては
「これがいいの。手を繋いで歩けるだけでも、とても嬉しい」
なんて嬉しい言葉を言ってくれた。
君と二人で周りの目や時の流れを気にする事無く歩いた。お互いの手が熱を帯びても、決して離れる事無くずっと固く繋ぎあったままひたすら歩いた。
部屋にいるのは勿体無いからと、夜中になっても家に帰らず朝までドライブしたり朝まで開いている店に行ったりと学生に戻った気分で君との僅かなひと時を楽しんだ。
眠りたくない……そんな君の一言で、一緒に居る間は寝る間も惜しんで過ごした。眠るのは君が帰国した後にいくらでも出来るから……そう思うと、不思議と眠気など襲ってはこないのだ。
だが……学生の頃に戻った気分で気ままに楽しんだ俺たちにも、三日という短い時はすぐに過ぎるのだった……。
そして三日後……再び俺達は別れの時を迎える。