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Chain166 二人の素直な気持ち




 母さんにバカ二人の見張りを頼んで、俺は君と二人きり部屋に入る。


 再会した当時とは違う雰囲気に、俺はどうしてこんな事に……そうがっかりしつつも俺自身の言葉を今から伝えなければと閉じていた口を開く。

 「五年前、俺に言った事覚えてる?」

 「?」

 突然の質問に、君は顔を上げて首を傾げる。そんな君に俺はソファに座るよう促すと、俺はその向かいに座って続ける。

 「俺がロンドンに行く事を告げた後日、夏海は俺にこう言ったんだ。“魅力的なオンナになってアンタを振り向かせてやる”って」

 「あっ……」

 今の自分だと一緒にロンドンへは行けない。自分も日本こっちでやりたい事を見つけて、さらに自分に磨きをかけて魅力的な女性になったら必ずロンドンへ行く……そう君が告げた時、俺は本当に君が愛しくてたまらなかった。

 実際、五年という長い年月が流れたものの君は英語教師という素晴らしい職に就いて、活き活きとした姿を身につけて俺の前に現れた。


 これまで俺を困らせてばかりいた君の成長ぶりに、思わず涙も溢れたくらいだった。

 「俺は夏海がそうやって頑張るのだから、俺も負けないくらい頑張らないと……時間はかなりかかったけど、ブランドのスタッフというモデルを通してやりたい事を見つけて頑張ってきたんだ」

 ロンドンに来た当初は君が居ない辛さに負けて堕落した生活を送ってきたが、真琴さんのお陰でモデル復帰から大学編入、“K2”入社など次々と自分の周りを固めていった。未だ解からない君の成長ぶりに負けないよう……その時の俺は確かに頑張っていたのだ。

 「俺が“K2”に入ったのは最も憧れの場であり身近な職場だったからで、しょっちゅう父親の助けを請おうとは思ってもいないんだ。俺は確かにデザイナーK2の息子だけど、一スタッフ宇佐美琉依として職場では付き合っているんだ」

 だから、これから困った事があっても“親子”として助けを請うつもりも無い。自分で解決できるものならば、それらは全て俺自身の手で解決したい……。

 職場での俺達は、親子“宇佐美響一と宇佐美琉依”ではなくて、仲間“K2とルイ=ウサミ”であって相手の力を借りる関係ではないのだ。


 「俺はね、夏海と一緒に日本に帰りたいよ。でもね、今の仕事を手放して一緒に帰る訳にはいかないんだ」

 「琉依……」

 「誤解しないで? 夏海よりも仕事が大切だと言っている訳じゃないんだよ?」

 俺はね、仕事を中途半端に投げ出して一緒に帰国するような人間は決して君を幸せに出来るとは思わないんだ。本当なら今すぐにでも君をこの手で幸せにしたいと思う。だけど、中途半端な状態では君も俺も幸せにはならない。

 「今、親に甘えて日本に帰国すると……俺はこのロンドンでの日々が全て無駄になってしまうんだ。これまで自分の力で積み重ねてきたものが、親のたった一言でそれが無駄になる」

 親の力は頼りたくない……そうじゃないと君を支える事にはならないでしょ? これまでの俺の言葉を、君は黙って見つめながら聞いていた。

 「夏海……そんな俺は嫌ですか?」

 少し低めに言った俺の言葉に、君は無言で首を横に振っていた。そんな君の頭にポンっと手を乗せる。ほら……やっぱり俺は君にだけは甘いのだ。さっきまでの意地はどこへ行ったのやら、今ではこうして俺から君に歩み寄ろうとしているのだから。


 ねぇ、夏海……今度は君の気持ちを聞かせて?


 「私……琉依が家を出てから、自分の言った事を酷く後悔したの。後悔する前に気が付けばいいのにって思うかもしれないけど、それでも私はどうしても一緒に琉依と帰国したかったから……」

 だから、言ってしまった訳だ……。あれだけ怒っていたのが、自分の気持ちを全て吐き出した後となるとそれも緩くなっている。

 「頑張っているのは自分だけじゃないって……琉依もロンドンで一生懸命だったんだって、リックにも言われたわ。そうよね、琉依も慣れない土地で頑張っていたのよね」

 自分の気持ちを告げていく君を、今度は俺が無言で見つめていた。一夜明けてお互い自分の素直な気持ちを言い合う……何て基本的なやりとりを、俺達はすぐに出来なかったのだろうか。長年の付き合いだからこそ、なかなか自分からは歩み寄れない意地がそれを邪魔していたのか?

 「私、琉依と一緒に帰りたい気持ちもあるけど……貴方ルイの仕事の応援もしているの。お互い違う仕事だからどんな仕事かわからないけれど、それでも私は昨夜琉依が仕事について話していた時の表情がとても輝いていて好きなの」

 突然の俺を賞賛する君の言葉に、思わず目を大きく開かせる。顔は赤くなっていないだろうか……そんな事を気にしながら、俺はただ無言を通して君の話を聞き続ける。

 「だから、私は一人で日本に帰るわ。琉依がちゃんと自分に納得が行くまで待ってる……」

 「夏海……」

 自分の気持ちを告げてきた君の瞳からは一切涙は見えない。いつの間に君はこんなにも強くなったのだろうか。外見だけだけではない……心も君は確実に強くなっている。


 「仕事頑張って。私も日本あっちで頑張るから……」


 君は俺の知らない間に、強くなっていた……



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