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Chain164 矛盾した気持ち



 「琉〜依! ちゃんと言いなさい」

 まるで小さな子供に接しているみたいな母さんの説教(?)に、俺は少し顔を赤くしながら母さんの前で正座していた。

 「どうして、なっちゃんと一緒に居てあげないの? なっちゃん、あんなに楽しみにしていたのに……」

 それは俺も同じだよ……四年半も待っていたんだ。中途半端な楽しみではない……この日がやってくる事をとても心待ちにしていたんだ。だから、そんな日が来たら俺は絶対君をこの手から離したくない……そう思っていたのに、まさかこんな事になるとは思ってもいなかった。

 「俺も、楽しみにしていたよ。だけどね、それを壊したのは……夏海アイツだよ」

 「……? どういう事なの?」

 これまでとは違って暗い表情になった俺に、母さんは俺の両腕を掴んで尋ねてくる。そんな母さんに、俺は君と再会してからの出来事を話し始めた。


 ―――――


 「そう……それで、琉依は此処に来たの」

 「あぁ。すぐに家を出て行くなんて子供みたいかもしれないけど、それでも俺は今すぐにでもあの家を出たかったんだ」

 親の力に頼ればいいなんて君の口から聞きたくなかった……そんな事、まるで俺がK2の力無しでは何も出来ないと言われている様でとても気分が悪い。

 先日行われた“ベライラル・デ・コワ”と“K2”の合同コレクションも、俺はリカルドと共にK2の力無しで成功させた。少しずつだが、俺も一スタッフとして力を上げていっているのだ。それを、誰よりも俺を理解してくれている君があんな事を言うなんて……君に否定されたら、俺は誰に認めてもらえるんだ?

 「なっちゃんもちょっと言葉が足りなかったかもしれないだけで、そんな風に言うつもりは無かったのよ」

 「咄嗟に出た言葉かも知れない? でもね、それでも夏海アイツは少しでもそう思っていた事には変わりないんだよ」

 母さんのフォローもあっさりと否定する。今回の君の言葉は、どんなフォローも効かないくらい俺はショックを受けていた。


 せっかくの再会の日に、どうして君はあんな事を言ったの?


 無神経な所もあるのは知っていたけれど……

 「時と場合を考えてよ……」

 そう呟いては深く俯いてしまう。せっかくのいい雰囲気を何気ない一言で潰すなんて……何て最悪な再会の日なのだろうか。こんな展開って、ホント有り得ないよ。

 「俺だってもっと色々な事を話したり、もっと甘い時を過ごしたかったのに……」

 「あらあらまぁっ! 貴方もそんな恥ずかしいセリフを母さんの前で話せるようになったのね〜」

 しまった……愚痴がエスカレートして、つい思っていた事を素直に話してしまった。そんな俺に、母さんは嬉しそうにニコニコと笑みを見せている。

 「いや……ホントの事を言っただけですよ」

 「でも〜。琉依も尚人も日本で一緒に暮らしていた間、母さんに恋のお話なんて何も聞かせてくれなかったんだもの〜」

 つまんな〜い……そう言いながら、少女のように話す宇佐美亜里沙かあさん。これでも今年四十九歳……年齢を意識させないその人柄だからこそ、K2の嫁になれたのかも。

 実際、今目の前にいる母さんの格好はと言うと……白とピンクのレース付きの服を着ていて、世界的有名なデザイナーK2の妻にいい歳した二児の母親には見えない。


 「琉依はまだ二十四歳だからいいけど〜。尚人はもうすぐしたら三十になるのよ? そろそろ私にだって、孫の一人や二人くらい居てもいいわよねぇ」

 普通なら“おばあちゃん”になるのは嫌だと避けるであろう歳なのに、母さんの中では既におばあちゃんになる準備は出来ているらしい。俺よりも兄貴の心配をしながら、母さんはため息をつく。

 て言うか、いつの間に俺の話から母さんの人生計画の悩みに移っていたのか……

 でもまぁ、何気ない母さんの気配りのお陰でさっきまでの暗い雰囲気も明るくなった。子供っぽいだけでなく、こうしてさりげなく気を遣ってくれるところは流石は母さんだと思う。

 「琉依。なっちゃんにも、母さんに話したように自分の気持ちを告げないといけないわよ」

 「でもねぇ。俺だって嫌な事を言われたのだから、一言くらいちゃんと謝って欲しいですよ」

 意地とかじゃない……こればかりは本当に今までのように笑って許せる事ではなかった。俺の仕事について侮辱した君とは、正直すぐには話もしたくないし帰国する気にもならない。

 しかし、一方ではこのまま嫌な雰囲気で君と別れたくないという気持ちもあった。自分からは折れたくない……しかし、せめて君がロンドンにいる間は穏やかな状態で過ごしたいという矛盾した思い。


 やはり……俺から謝らないといけないのか?



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