Chain163 すれ違う気持ち
せっかく君との楽しい雰囲気が、何気ない君の一言で崩れては俺が家を出るという結果を生み出してしまった……
車を走らせる事三十分も掛からない場所に、両親の家はある。さすが“K2”デザイナーと言ってもいいくらいデザインに拘っていた。二人暮らしにしては広すぎるのでは……そんな二人の家に到着した俺は、車をガレージに入れる。
既にリカルドの車が無いのを見ると、俺が頼んだとおりすぐに自宅の方へと向かってくれたのだな。
ガチャッ
「ただいま〜」
「琉依! 一体どうしたの?」
玄関に足を踏み入れたと同時にリビングから走ってくる母さん。そんな母さんに俺は笑みだけを見せると、そのままリビングへと進んだ。俺とリカルドの家とは違って、こちらは欧風の家具がたくさんあるロンドンでありがちな家に何となく安心してはK2の向かいに座る。
「どうしたの? 突然リックを帰すなんて……」
メガネを掛けてデザインをしていたK2が、苛立ちを表している俺に声を掛けてくる。そんな俺の元に、コーヒーを持ってきては傍に座る母さんも頷きながら俺を見ていた。
「そんな事よりも……よくも俺を騙してくれたね。ヴァンの名前ですっかり騙されましたよ」
「だって、他の人間だったら琉依が断るかもしれないからね」
俺の言葉に悪戯っぽく笑いながら母さんの顔を見て告げるK2。そんなK2に対して、母さんもニコニコ笑顔で答えていた。
そんなご機嫌の二人の思惑とは裏腹に、俺と君の再会は見事に嫌な展開を迎えてしまった。それでも、俺は今すぐにでも自宅へ帰って君に謝ろうとは思わなかったのだ。今回ばかりは流石に俺も簡単に許せなかったから……。
大切な君……俺の事を誰よりも解かってくれていると思っていた君に“親の七光り”を匂わすような事を言われたのは、今までの中で一番ショックだったから。高月と付き合うと言われた時よりもショックは大きかったに違いない。
そして、両親の家にやって来ては子供のようにふて腐れる俺は目の前でニコニコと笑みを見せあう両親に何て言おうか考えていた。
―――――
「それで? なっちゃんが目の前に現れた時、琉依はどんな表情をしていたのかな!?」
「こ〜んな顔!」
ギャハハハッ! そうご機嫌に笑っているのは、お酒が入って少しほろ酔い気味になったK2と俺の宇佐美親子だった。
俺がここへ来てからしばらくしてK2の勧めで酒を飲み始めたのだが、徐々に量も増えてきてはこうして気分も良くなっていた。そんな中で、俺達は君との再会当時の話を始めたのだが……
「ほらほら。響、琉依から肝心の話を聞いていないでしょう?」
「これが肝心の話です〜!」
唯一素面の母さんの言葉も、K2が笑いながらうやむやにしていた。そんなK2に、俺もそうだそうだと頷く。呆れる母さんだが、それでも俺はこのままでもいいやと笑って誤魔化していた。しかし、そんな雰囲気もK2が酔いつぶれて眠ってしまうとガラリと変わってしまった。
「琉依。ここに座りましょう!」
「はい?」
K2を寝室に運んだ後、母さんは俺をリビングのソファに座らせる。今まで見たことの無い厳しい(とは言っても、そんなに凄くはないが)表情に、俺は素直に言う事を聞いた。
「母さん、俺も眠くなったから部屋に行きたいのですが……」
「いいから、母さんの話を聞いてね」
「……はい」
俺の言い分も聞かずに母さんは俺の前に座っては、俺も正座させる。普段からほんわかしていて、歳を感じさせない少女のような母さんが怒ってもあまり怖くないのですが……。それでも、本人にしてみたらかなり厳しくしているのだと思っているのだろう。
「琉依、どうして突然帰ってきたの? しかも、なっちゃん一人残して……」
「だから、リカルドをあっちに帰したじゃないですか〜」
やはりその話か……そう思いながら、俺は母さんから聞かれた事の答えだけを言っては酔っているフリをしてニコニコと笑う。そんな俺の額を軽く叩いては、俺の笑顔を消そうとする母さんは更に続ける。
「コラッ! だから、どうしてなっちゃんと一緒に過ごさないのかって聞いてるのよ?」
「過ごしたよ? 母さんたちに騙されたお陰で、夏海と二人で過ごす事が出来ましたよ」
どうも母さんは怒る事に向いていないらしい……いくら自分が怒る事を意識しても、こちらから見ると何だか子供が拗ねているみたいだった。
それが何だかわが母ながら可愛くて、思わず笑ってしまう。そんな俺を見て、母さんは頬を膨らませながら俺を叩いてくる。
「も〜! 母さんは怒っているんだからね! ちゃんと聞いてよ〜!」
痛くない程度にポカポカと叩きながら言う母さんに、俺は更に笑いがこみ上げてきた。しかし、いつまでもこのままではいけないのは俺も解かっている。だから、そろそろこの心の内を明かそうか……
俺がこれからどうしたいのかという気持ちを……