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Chain162 仕事と君の狭間に


 嬉しい筈の君との再会だったのに、何気ない一言でその雰囲気はガラリと変わる……





 “一緒に帰ってくれるよね……”



 待ち焦がれていた君との再会は、何気ない君の一言で緊張の空間へと変わってしまった。君の一言は、当たり前のものかもしれない。ロンドンへ来る前から来た当初は、俺だって君が会いに来てくれたら帰国すると考えていた。

 君が魅力的な女性になるまでに俺も歪んだ感情から抜け出して、君に堂々と会える人間になろうと思っていた。

 それなのに……いつの間にか俺の中では、仕事への想いが増していったのだ。大事な君がこうして来てくれたのに、君の問いに“YES”と即答出来なくなっている。


 四年半という時は、別の意味でも長すぎたのだ……


 俺に仕事の楽しさを、十分すぎるほど与えてしまった。目の前の愛する人と思わず天秤にかけてしまう程、俺の夢も自分の中でその存在を大きくさせていたのだ。


 「琉依……」

 「俺は……」

 君のすがるような訴えにも、俺はそこから言葉が出てこない。自分の中では答えはハッキリと決まっているのに、それを君に告げられない。今日再会したばかりなのに、早速君を悲しませたくないから……

 約一ヶ月はロンドンで君と過ごせるのだ……その間は笑顔だけで過ごしたい。そんな俺の思いは、君の考えとは違うのだろうか。

 君はそんな俺とは違って、俺が“YES”とさえ答えれば今すぐにでも日本に帰国するつもりだったのだろう。


 「夏海」

 そんな俺の呼びかけに、君は無言で俺の方を見上げる。何て悲しい瞳をしているの。せっかく再会できたのに、こんな嬉しい日にそんな悲しい瞳をしないで……

 「琉依が此処ロンドンで頑張っているのは知ってる。けれど、日本でも“K2”はあるから……」

 日本そっちでも出来る事だって? 久しぶりに会ったけれど、やっぱり変わってない所もあるね。君は俺の仕事への気持ちをそんな軽いように捉えているの? “K2”は世界中で展開されているブランドなので、ロンドンでしようが日本でしようが同じ事だと君は思っているのか。

 逆に言えば、君の教師の仕事も日本だけでなくロンドンでも出来るよね。日本人学校はいくらでもあるのだから……。

 自分の考えに同意して欲しい……相変わらず君は我が侭だね。


 「K2に言えば、琉依を日本の方で働かせてくれるわ」

 「……どうして、そこに親父の名前が出てくるの?」

 初めて言った“親父”という言葉に、君は表情を固めて俺を見る。K2は俺の親父だから、息子が頼めば親はそれを快く承諾して日本に帰国しても好きな仕事を続けられる……君はそんな単純に考えていたの?

 俺が“K2”に入社したのはそんな事も簡単に出来る……君はそう思っていたの?

 「夏海……悪いけど、俺出かけるわ」

 「えっ?」

 突然発した俺の言葉に、君は驚いて俺の方を見上げる。さっきまでのいい雰囲気から一変して嫌なものとなった二人の間。そんな俺は立ち上がっては自室へ行ってはジャケットと携帯を持ってくる。そして、携帯を開いては君の前で電話をかける。


 「琉依……」

 不安そうな目で見る君に応える事も無く、俺はそのまま呼び出し音に集中していた。

 “もしもし〜”

 『俺。お前、撮影あるとか言ってたけど、どうせそれも嘘なんだろ?』

 “あら……それもバレてたの?”

 明るい声で答えるリカルドに、俺は少しあきれながらも笑みを見せて話し続ける。

 『嘘はもういいから、悪いけど今から自宅こっちに戻ってきてくれない?』

 “えっ!?”

 「えっ!?」

 俺の言葉に、リカルドと同時に君も言う。俺はそんな君の反応など確認する事無く、電話の向こうで動揺するリカルドに続けた。

 『リカルド、お前はK2の家に居るんだろ? 俺がそっちに行くから、お前は今すぐこっちに来て夏海の相手をしてやって』

 “相手って……お前、一体……”


 ピッ


 リカルドの言葉を最後まで聞く事無く一方的に通話を終える。そして、ジャケットを着ると車のキーを持ってから改めて君の方を振り返る。

 「琉依……私」

 「しばらく俺は宇佐美の家にいるから……夏海は俺の部屋で寝るといいよ」

 なんて冷たい言葉……こんな冷ややかな態度をとったのは、いつ以来だろうか。こんなの、久しぶりに会った恋人同士がするやり取りでは無いね。

 俺はもちろん、君もまさかこんな展開になるとは思わなかったのではないだろうか。ヒースロー空港からここまで来るまでの間、君は一体どんな気持ちで来たのだろうか。まさか一日も過ぎないうちにこんな雰囲気になるとは思いもしなかっただろうね。

 俺もそうだよ……久しぶりの再会なのだから、もっと甘い雰囲気に包まれると思っていた。それなのに、こうして家を出ようとしている……。こんな所もまるで日本に居た時のようだね。

 「琉依! 待って!」


 バタンッ


 愛しいはずの君の声に振り返る事無く、俺は玄関の扉を閉めた。

 最高の日になる筈だったのが、徐々に崩れつつある……



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