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Chain161 俺たちのこれから


 離れていた時を埋めるくらい抱き締めたい……





 「琉依とこうして晩御飯食べるのなんて久しぶりだね」

 「うん。そうですね」


 君と再会の喜びを感じ合い、気が付けば空は真っ暗になっていてロンドンの街は様々なライトに照らされていた。そんな俺達は惜しむよう離れて、こうして久々の二人だけの夕飯を楽しんでいたのだが……

 「そういえば、琉依の手料理を食べるのなんて初めてかも」

 「そうだね〜。日本あっちに居た時は君の手料理を頂いていましたから」

 先ほどまでの涙は何処へ行ったのやら……気が付くと俺達は四年半前までと同じようなやり取りを行っていた。まるで此処がロンドンでは無いような感じ。昔のように俺の家に来ては一緒に夕飯を食べているような感じがしてならなかった。

 それを思わせるのは、更にもう一つ……


 「それにしても、何だかロンドンに来た感じがしないのはコレの所為かなぁ……」

 「あっ……やっぱりそう思う?」

 そう言って君がじっと見ていたのは、リカルドのリクエストである日本食のフルコースだった。豚汁に煮物に和え物など……こんなオプションがあれば、どう考えても此処が日本としか思えないよ。

 「そう。この他にも見事に“和”を感じさせる家ね」

 そう言って辺りを見回す君の視線の先には、和食器や掛け軸……最近凝り始めた盆栽……これのどこがロンドンにある家なのか。これじゃあ、君が自分の家のように寛ぎたくなるのも解かるよ。年々このリカルドの趣味がエスカレートする家に、正直参ってはいるがもう何も言う気にもなれなかった。

 唯一“和”を感じさせない場所は、もう俺の部屋しかなかった。リカルドの部屋も、いつか畳を入れたいと意気込んでいたからなぁ……。恋人アンリに振られてちょっと頭もおかしくなったのではないか。

 「なかなか……いい家に住んでたのね」

 「お褒めの言葉、ありがとうございます」

 いえいえ〜。そう言いながら、君は俺が作った夕飯に再び箸をつつく。

 ホント……久しぶりの心地よい雰囲気に俺は自然と笑みが零れる。君とこうして心から笑って過ごせたのは一体何年ぶりだろうか。素直に笑って過ごせていたのは、幼稚園くらいまでだったような……。それからは、俺の中で心が歪んでいたから君に対しても厚い壁を通して接していた気がする。


 ――――――


 「そう、夏海は中学校の教師をしているんだ〜」

 「国際学部に居たからね。英語の教師になろうと思って」

 食事を終えた俺達は、自室ではなくリビングでアイスココアを飲みながら四年半の間の出来事を語り合っていた。

 時間の流れも気にせず、ただひたすらお互いの話を聞いていた。成田で別れてから、君は自分のやりたい事を見つけてそれに向けて努力をした事……中学の英語教師になってからの事。俺が知りたかった君の成長を、君はたくさん話してくれた。

 「でも、語学留学していた琉依がまさかK2の跡を継ぐなんて思わなかったよ〜」

 「ロンドンで生活する内に決めた事だからね。モデルの仕事を活かしたかったし、今はとても充実しているよ」

 ロンドンに来てから今までの雑誌に掲載されている俺の写真を見ながら、君は驚いては話す。そうだね……俺もまさか自分の父親の仕事を継ぐとは思いませんでしたよ。

 けれど、八歳の時から始めた大好きな仕事だ。モデルとしてはもうすぐしたら終わってしまうので、それ以降もモデルに関係する仕事に就きたかった。

 “K2”のスタッフになって、K2や他のスタッフにモデル達のサポートをする……俺にとってかなりの適職だと思う。

 ロンドンの他にも欧米やアジアなどにある“K2”を巡りながら、俺は着々とスタッフとしても成長していた。


 「あのね、琉依……」

 「ん? どうしました?」

 ふと漏らした君の少し暗めの声に、俺は君の顔を覗き込んで尋ねる。さっきまでの明るさは何処へ行ったのやら……

 「私、夏休みを利用して来たから八月の末には帰らないといけないの」

 「知ってますよ。だから約一ヶ月は一緒に過ごせるね」

 当たり前の事を言う君に、俺はもっと重大な事を言われるのではないかと思っていたのでホッと安心する。しかし、それでも君は未だにその暗い表情を変えなかった。


 「琉依も……一緒に帰るよね?」

 「えっ……?」


 思いがけない君の言葉に、俺はそのまま言葉を詰まらせてしまった。それからは無言のまま瞳で訴えてくる君に、この仕事に夢中になっていた俺は正直全くその事を今まで考えていなかった。

 確かに君は自分が魅力的な女性になったら俺の元へやって来ると言っていた。俺もまた皆には語学留学と偽ってきたから、三年で日本に帰国するだろうと思われていたに違いない。だから五年もいた俺なら、別に何の障害も無く帰れる……君はそう思っていたのだろうか。

 語学留学も確かに行った……だから普通なら俺は君と一緒に帰れるのだ。しかし、“K2”の一員となった俺は今ではもうロンドンを拠点として働いているのだ。


 だから、君とは……帰れないよ……



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