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Chain160 隙間もなく触れ合いたい


 未だに実感できないこの幸せ……





 突然告げられた“ドッキリ”に、俺は未だに受話器を持ったまま呆然と立ち尽くしていた。そんな俺の隣に居た君は、俺の手から受話器を受け取ると俺を余所にリカルドと一言二言話してから電話を切る。


 「明日から俺はヴァンと一緒にバカンスを……」

 「だから! それは全くの嘘だって言ったでしょ?」

 状況をちゃんと飲み込めていない俺はただ同じ事を繰り返していた。そんな俺に、君はそう告げては俺の手を引いてリビングへと行く。


 「リックと二人暮らしなのに、凄い広い家に住んでいるのね〜」

 「そうだね」

 二人暮しにしては広いリビングを眺めてはそう驚きの声を上げる君だったが、俺はただ簡単な返事しか出来なかった。

 けれど、そんな俺の目の前では確かに君が動いていた。俺の知らない四年半の時を抱いて、俺の知らない成長を経て君は俺の前にいる。写真や夢の中のように静止した君ではなく、生身の君……

 家中を覗いては感嘆の声を漏らす君の行為もまた愛しく、思わずこの手を伸ばしてしまう。

 「琉依?」

 リカルドの部屋を見ていた君の背後からゆっくりと抱きしめる俺の手に触れながら、君は振り返る事無く問いかけてきた。

 「部屋はいつでも見れる……。だから、もう少しだけ俺から離れないで」

 そう告げると、君の返事も聞く事無く俺は君を連れてリビングへと戻りソファに座る。そして、それから再び君を抱きしめては先ほどの様に君の体温を感じる。そんな俺に応えるよう、君もまた俺の背に手を回すとより一層俺にその温もりを与えてくれる。

 僅かな隙間も許さないくらい、俺と君は無言で密着する。さっきもこうして抱きしめあったのに、それでも足りない……。四年半の隙間を埋めるにはもっともっと時間が必要だった。


 スッ……


 ふと、俺の腕の中から僅かに離れた君が両手で俺の両頬に手を添える。そして、ゆっくりとその手を動かしながら肌の感触をその手に感じさせる。すると、そんな行為をしていた君の瞳から再び涙が溢れ始める。

 「夏海……」

 「……っ。本当に目の前に琉依がいる……やっと、やっと手の届く所まで来る事が出来た」

 溢れる涙を流しながら、君はそう告げると何度も俺の顔に触れていた。

 愛しい……どうして君はそんな愛しい言葉を俺に与えてくれるのだろうか。そんな言葉を聞かされたら、俺はもう自分を抑えられないよ。


 ほら……俺も涙が溢れては視界がぼやけてくる。


 俺の顔に触れる君の手をゆっくり掴むと、その手を再び俺の頬に当てる。僅かに震えている君の手……少し冷たい君の手もとても愛しい。

 「長かった……」

 四年半の時の流れをたった一言だけ告げると、俺は目を閉じてその重みを改めて実感する。あの日、空港で別れた時から今日までの間……君の居ない事に耐え切れず堕落した生活、モデル復帰と思いがけない綾子サンとの再会に抱擁。

 そして、予定外の帰国……君が知らない四年半の間に、俺はこんな時の過ごし方をしたのだよ? 君は? 君は一体どんな生活を送ってきたの?

 十五年も離れず一緒に居たから、この離れていた四年半は本当に長くて辛かったね。やはり、俺には君の居ない生活は向いていないよ。

 「もう、一生離したくない」

 「離さないで……ずっとずっと私の傍に居て」

 離したりしない……そんな気持ちを胸に、俺はそっと君の頬に触れるとそのまま四年半ぶりのキスを交わす。キスして抱きしめて再びキスをする……まるで十代の新鮮な恋人同士のような行為。けれど、今の俺達にはそんな新鮮な行為から始めるんだ。


 日本に居た時には出来なかった純粋な気持ちで君を愛する事……四年半の時を超えて、俺はやっと君を心から感じる事が出来たのだ。歪んだ愛情と君を束縛したい欲望が己の中から消え去った今、そんな単純な愛情表現も愛しく思える。

 「夏海……愛してる」

 始めて君に告げた“愛してる”の言葉。“好き”という気持ちだけでは足りない“愛してる”のキモチ。俺は二十五になる前にやっと君に告げる事が出来たんだ。

 そんな不器用な俺の気持ちを、君はどう思ってくれている? 君のことだ……余裕が無い俺の事をからかっては笑うのかな。

 「うん……私も愛してる」

 余裕が無いのは君も同じなのか、そう告げては俺の顔に自分の顔を寄せる。自分の顔を相手の顔に寄せるなんて、まるで動物の愛情表現みたいだね。でも、そんな野性的な行為で愛情を確かめ合うのもまたいいかもしれない。

 そんな行為のほうが、俺たちらしいと感じるからね。


 「あのね、琉依……一つ言ってもいい?」

 「ん? 何かな?」

 愛しているという言葉の他にも、何か言いたい事でもあるのだろうか。もうこれ以上俺を喜ばせたら、君をこのままロンドンに残したいくらい離せなくなるよ。

 「あのね。リックが“今日からしばらく帰らないので、夕飯はいりません”って」

 何だ、そんな事か。俺はてっきり君が……


 「えっ!?」


 リカルドがしばらく帰らない!? しばらくって……俺は再び唖然となると、視線を遠いキッチンの方へと向ける。

 そこには、リカルドのリクエストで早めに作り終えた豚汁と煮物が食べてくれるのを待っていた。


 しかし、そんな嘘もまた俺の為に用意されたサプライズの一つ……そういい方に考えておこう。


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