Chain158 それは突然……
夏休み……君はどうしていますか?
『それじゃあ、行ってくるね〜』
『ハイハイ、行ってらっしゃい。アンタの好きな豚汁を作って待ってます〜』
やった〜! 俺の言葉にそう言いながらリカルドは外出した。何だかリカルドのおかげで、ここ数年は日本食しか食べていない気がするなぁ……。
五年も日本を離れているのに、全く日本食が恋しいとは思わなかった。いや……思いようが無かった。
撮影の仕事に行ったリカルドを見送った後、完全オフの俺はキッチンへ入って冷蔵庫を開ける。すると、そんな冷蔵庫の中にも味噌や佃煮などまるで日本の冷蔵庫のようだ。これも“健康”を大切にするリカルドのおかげだわな。
「さ〜て、こんにゃくとじゃがいもと……」
冷蔵庫や野菜棚から今夜の夕食の材料を取り出しては、鼻歌交じりに調理を始める。
“今日の夕飯、何がいいですか?”
俺的にはパスタが食べたい気持ちだったが、何となくリカルドに聞いたらこの様だ。
“豚汁!”
あいつに聞いても返って来るのは日本食しか無いのに……既に用意していたパスタを名残惜しそうに見つめながら、俺は“出汁”を取り始めた。
――――――
「ん、うん。いける」
出来上がった豚汁の味見を終えてから、今度は副菜数品を作り始める。ロンドンへ来てから自炊する機会が増えた為、ますます料理の腕が上がったような……。
料理を終えた後、自室に戻ってはパソコンを開いてデスクワークを始める。いくらオフが多くても、自分がすべき事が無い訳では無い。
デスクに置いていたコーヒーを一口飲んでから、煙草に火をつけて書類に視線をやる。いくつかの作業の他にも、明日に控えたヴァンとのバカンスのプランの再確認もしなければ……。
「っつぁ〜!」
そう言いながら伸びをして再びパソコンと睨み合う。
〜♪
「えっ? こんな時間に誰だよ……」
廊下から聞こえてきた電話の着信音に、出るのが面倒だと言わんばかりの声が自然と出てくる。せっかく自室に籠っていたのに、こういう時にリカルドがいてくれたら……なんてリカルドをパシリ扱いするような事しか思いつかない。
〜♪ 〜♪
「あ〜! はいはい!」
鳴り止む事を知らない着信音。一時は放っておこうかと思ったが、あまりにものしつこさにとうとう席を立って廊下へと出た。
『はい、どちらさん?』
『ルイ〜? 俺だよん!』
イライラしながら出た俺の耳に入ったのは、先ほどまで家にいたリカルドだった。ただでさえ電話に出るのも面倒なくらい忙しく作業をしていたのに、いざ出てみると相手はリカルド!? 俺の中で苛立ちが更に湧き上がってくる。
『切・る・ぞ!』
『わ〜! 待て待て!』
一言だけ言って切ろうとした受話器から慌てて聞こえてくるリカルドの声。かなりの慌て様に、俺は仕方なく受話器を自分の耳元へ戻す。その際に大きなため息をつきながら……
『……で、何ですか?』
『あ〜、良かった。あのね、俺大事な事を言わなければならないのですが……』
大事な事? 普段あまり聞かないリカルドの沈んだ声に、俺は回していたペンを止めてリカルドからの言葉に集中する。
『どうした? 夕飯の事なら心配するな。リカルドのリクエストの豚汁の他にも、煮物とか副菜もちゃんと作りましたよ?』
『えっ、マジ!? もう作ったんだ〜。早いね……って、そうじゃなくて!』
違うのかよ! それなら、さっさと用件を言ってくれないかなぁ……。俺だってマジで忙しくしているのだから。そう思いながら、更に苛立ちが募る。
『実はですね……俺、間違って持ってきちゃったんだよね〜』
『何を?』
言いにくそうにゆっくりと話すリカルドに対して、簡単な返事しかしない俺は早くこの会話が終わらないかとばかり思っていたが……。次にリカルドの口から出た言葉は、そんな俺を更に驚かせるものだった。
『ルイ〜。リビングに何かが無くなっていなかった?』
『無くなっていたもの……? 何かな……って、あっ!』
一瞬何の事か解からなかった俺だったが、ふとある事を思い出した俺は受話器を放して慌ててリビングへと走る。そして、ソファの傍に置いていた筈のモノがなくなっている事を確認しては、思わず立ちくらみを起こしかける。
「あ……んの、バカ!」
小さく呟くと、再び廊下へ行き受話器を手にする。
『このバカ野郎! あそこにあった書類を持って行ったのか!?』
『ごめん〜』
ソファに置いていたモノ……それは、明日に控えたヴァンとの休暇の間に利用する施設などのチケットが入っていた袋だった。確認などまだしなければいけない事があったのに、それを深夜に帰ってくるリカルドが持ってるって?
『どうしてくれるんだ! 俺に恥をかかせる気か!』
今すぐにでもリカルドを殴りたい……そんな気持ちだったが、今はどうしてもこうして怒鳴るしか出来なかった。あぁ……何でこうなるのか。
『ごめんって! だから、今スタッフに持って行かせてるから……もうすぐしたら着くと思うよ』
『それなら、そう先に言え! このバカ!』
ガチャンっと受話器を投げつけるよう切る。そして、壁に拳をガンッガンッとぶつけながら自室へと戻る。あの書類が無いと何も出来ない……全く、時間の無駄になるような事をしやがって。あまりの苛立ちに、作った夕飯を捨ててしまいたくなる。
〜♪
「来たか!」
意外と早かったのか、それともリカルドの連絡が遅かったのか……苛立っていた俺を宥めるかのように、チャイムが部屋中を鳴り響かせていた。それを聞いた瞬間、すぐに部屋を出て玄関へと向かう。
『はいは〜い、今開けます』
訪問客が誰かも確認せず、俺はただそう告げると玄関の扉を勢いよく開けた。
ガチャッ
扉を開いた俺だったが、“Van”と書かれていた書類を手にしていたスタッフを見て思わずその場で立ち尽くした。しかし、そんな俺の事など構う事無く持っていた書類を渡してくるスタッフ。
『どうぞ。リックから聞きましたが、とても急ぎの書類なんですよね?』
『はぁ……』
笑みを見せて告げる彼女に、俺はただ呆然と相手を眺めていた。すると彼女は、浮かべていた笑みにちょっと妖しさを込めると
「そんなに大切なのかな? そうね……私よりも?」
妖しく笑みを見せてそう言う彼女……。いつの間にか英語から日本語へと変わっていたのに、それでも俺はただ目を開かせては一点に集中させていた。何を告げればいいのか……こんなサプライズは有り得ないよ。ねぇ……
「なっちゃん……」
扉を開けると、そこには君が立っていたんだ……
こんにちは、山口です。今作も164話を迎えてやっと夏海との再会を果たす事が出来ました。大変お待たせして申し訳ございません!