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Chain155 そして時は現在に戻り……


 君との出会いから今までをずっと振り返ってきた。純粋な気持ちでいたあの時から、歪んだ愛情を抱き始めた時……狂いかけた時から今まで。全てを振り返り終わった時、時は現在に戻る……



 そして、時は現在に戻る……


 『ルイ〜っと、起きていたのか?』

 これまでの出来事を少しずつ思い返していた俺は、ベッドから上半身だけを起こして外を見ていた。そんなところへ、トレーを手にしたリカルドが入ってきた。

 君との出会いから今までを振り返り始めてしばらくしてから、ずっと風邪をひいていた俺をリカルドはこうして看病してくれるのだが……


 『いや〜、アンタが日本びいきなのは知っていましたが……』

 そう言いながらレンゲですくってリカルドに見せるのは……日本では風邪をひいた時にお母さんが作ってくれる定番食である“お粥”だった。しかも、タマゴ粥と工夫しているそれを一口食べてはその違和感の無い味付けにうんうんと頷く。

 『まさか、こんなものまで作れるとは思いもしませんでしたよ……』

 『アリサから聞いたのさ! 風邪をひいたら、オカユが一番だって!』

 初めて作った料理を褒められたからなのか、とても嬉しそうな笑みを浮かべながらそう語る。別にそこまでしなくてもいいのに……そう思ったが、それでもリカルドの好意には素直に甘えていた。


 『しばらく何か考え事をしていたようだけど、一体何を考えていたんだい?』

 お粥を全て綺麗に平らげた俺に、ご機嫌のリカルドは薬と水を持ってきては俺に手渡す。それを受け取って薬を体内に流すと、グラスをリカルドに返す。

 『あぁ……ずっと夢を見ていたんだ……』

 『も、もしも〜し。俺は君が“起きて考え事”をしていた内容を聞いているのだけど?』

 『うん。だから、夢を見ていたんだ……』

 俺の答えに、一瞬固まっていたリカルドはすぐに我に返ってはそう尋ねてくる。そんなリカルドに対して、俺は同じ答えしか言わなかったものだからリカルドは更に悩んでいた。

 夢……確かにそう。君との出会いから今までという夢であって欲しい、夢であって欲しくない……そんな出来事を思い返していたのだから。

 ある時を境にして生み出された、俺の君への歪んだ愛情と束縛したい欲望。そして、その結果やってくる事となったロンドンでの堕落した生活……。自分のしたい事が見つかって仕事にも就いて落ち着いた時、俺はそれらが自分の中から消え去っていたのを感じる事が出来た。

 これで、いつでも君に会う事が出来る……そう思った時、俺はこれまでの出来事すべてを振り返る事が出来たのだ。

 しかし、数日をかけて全ての出来事を振り返り終わっても、君はまだ此処ロンドンにはやって来なかった。何度も何度も“女性の足音”に反応しては、玄関の扉を開けていたのに……それでも君の姿は一度も確認出来なかった。


 『リカルド〜。今日の俺のスケジュールって何だっけ?』

 『今日はモデルの仕事だけだよ。“K2”の撮影と、雑誌のインタビューの二つ。それと……』

 まだあるの? そう言いたげな目でリカルドを見上げる。すると、リカルドは今日一番の笑みを見せると

 『夕方からは、俺と一緒に買い物へ行く事になってま〜す!』

 『はっ!?』

 買い物? リカルドと一緒に……? 何やら嬉しそうな表情を浮かべてはそう告げるリカルドは、俺にただ頭を傾けるしか出来なかった。そんな俺を見て、リカルドはベッドに座ってくると何やら真剣な表情に変わっていた。

 『ルイ。今日なんだけど……』

 『な、何だよ?』

 いつもは滅多に見せないリカルドの真剣な表情に、俺も思わずつられて真剣な表情でリカルドにその続きを問う。すると、リカルドは一気に表情を正反対のものへと変えると

 『今日の夕方から! トイレットペーパーがセールなんだよ!』

 『トイレット……ペーパー……?』

 思いがけないリカルドからの答えに拍子抜けした俺は、ただその単語しか口から出てこなかった。そして、すぐに頭の中に現れたのは……


 “いや〜、ルイ! 今日はいい買い物が出来たなぁ”

 “あぁ! まさか、トイレットペーパーがこんなにも安いとは思わなかったよ!”


 いい買い物をした〜! ……そう二人でトイレットペーパーを持ちながら、喜びを分かち合う俺とリカルドの姿があった。そんな光景が頭の中を過ぎった途端、思わず身震いをしては未だに笑みを浮かべるリカルドの頭を殴る。

 『リ・カ・ル・ド! 俺とお前の職業は何だ? 言ってみろ!』

 『モデル兼“K2”のスタッフ〜』

 当たり前の事を聞くなと言わんばかりの態度を示すリカルドに、俺はさらにもう一発リカルドにお見舞いする。

 『そうだよな? そんな俺たちが、二人で仲良くトイレットペーパーを手にしてロンドンの街を歩けるのか?』

 仮にも俺とコイツはモデルという人の目につく仕事をしているのだ。ファッション関係の仕事をしているのなら、当然プライベートでもそれなりのスタイルは貫かないといけない。それなのに、夕方のセールで主婦の波に飲まれながらもトイレットペーパーを買うなんざ……

 『恥ずかしくて出来るか!』

 最後に一発殴ってそう怒鳴ると、俺はついに倒れてしまったリカルドを置いてシャワーを浴びに部屋を後にした。


 『だって〜、安いんだよ〜!』

 全く……そんな所も日本人みたいだ。変なところまで影響されやがって……微かに聞こえてきたリカルドの訴えに、ため息をつきながらも俺はバスルームのドアを閉めて完全に無視を決めた。


 時は七月……日本の学生で言うと、夏休みを迎える……





 こんにちは、山口です。前回で過去のお話は終わり、今回から現代へと戻りました。話の設定は夏休みを迎える頃……そろそろ、完結も迎えます。


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