Chain153 そして、再びロンドンへ……
無事にショーを成功させた俺は、ベルからのご褒美と尚弥の奥さんとの顔合わせという二つのサプライズを受けた……
日本でのショーを無事に成功を収めてから僅か二日後、俺とリカルドは再び成田空港のロビーにいた。
K2は、ベルと一緒にイタリアでの会見に臨む為に明日の便で日本を発つ事となっていた。そして、その他のスタッフはというと……
『いいなぁ……俺も一緒に残りたかったよ』
不機嫌なのか、少々声をいつもよりも低めにしてリカルドが呟いていた。そんな愚痴を、もう何度も聞かされていた俺は今となってはもう頷いてやるだけだった。
『俺も行きたかったなぁ……京都』
『それじゃあ、今から行けば?』
いい加減ウンザリしていた俺は、そんなリカルドに愛想無く答えては航空券を破るフリをしてみせる。そんな俺の手を慌てて止めながらも、リカルドはため息をついては俺をチラッと見る。
『ルイがすぐに帰るって言うからだよ……。彼らと一緒に何で行こうと思わなかったの?』
俺が最低限の滞在期間を設けた理由を知らないリカルドは、ただ今日に至るまで何度も尋ねていた。ここまでしつこく理由を聞いてきたのは、“K2”スタッフがショーを終了してから一週間ほど日本での休暇を与えられていたからだ。
“滅多に来る事の無い日本だから、しばらくは皆で自由に遊んでおいで!”
K2はそう言うと、暁生さんにガイドを頼んで彼らに休暇を与えたのだ。そんなK2のサプライズをリカルド唯一人知らされていなかったのだ。まぁ、前もって聞かされていた俺が黙っていただけなのだが……
自分も京都に行きたい! そう駄々をこねるリカルドを説得しては成田まで
やって来たのだが、その引き換えなのか……さっきからこうしてしつこく理由を聞いていた。
そんなリカルドに対して、俺は何度も何度も誤魔化してはいたのだけれど……どうやら今回はそうもいかないらしい。仕事の理由はリカルドには使えないし、K2や母さんもダシには使えない。適当な理由が思いつかない俺は、ただリカルドから視線をそらせるしか出来なかったのだ。
『で? どうして、俺もロンドンへ帰らなければいけないの? 京都に行けない理由は何?』
形勢逆転といっていいのか、リカルドは更にしつこく尋ねてきた。あぁ……どうしたものか。そう思っていたときだった。
『宇佐美がね、また別の時にリカルドを案内したいって言ってたんだよ』
『えっ?』
そう助け舟を出してくれたのは、見送りにきていた尚弥だった。俺の短期滞在の理由を知っている尚弥は、しつこく尋ねるリカルドにそんな嘘の理由を言ってくれたのだが……
そんな嘘はちょっと辛いものがあるよ……そう思っていた俺の手を、リカルドがガシッと握ってきた。
『そうなの!? ルイ! アンタ、本当に俺を京都に案内してくれるプランを立てていたの?』
変に目を輝かせてはそう迫ってくるリカルド。そんなリカルドに愛想笑いだけを浮かべては、リカルドの後ろで笑っている尚弥に目で訴える。余計な嘘を……しかし、今の状況ではそんな理由でしかリカルドを説得出来ないか。
『そうですよ〜! また今度、アンタを京都に連れて行ってやろうと思ったのですよ。ほら、今は忙しくて体も疲れているでしょ? だから、さっさとロンドンへ帰ってゆっくり休ませたかった訳ですよ』
尚弥の嘘から更に作り上げた嘘を述べると、さっきまで不機嫌顔だったリカルドの表情はあっという間に輝いては俺を苦しいくらい抱きしめてきた。
『そうだったんだね! ありがとう、ルイ! 俺、楽しみにしているから!』
そう言いながら力を緩める事無く俺を抱きしめるリカルドの背をポンポンと叩く。
『あぁ、そう。ずっと楽しみにしていてね〜』
そう呟きながら、俺は恨めしそうな表情を尚弥へと向けていた。
―――――
四年と数ヶ月前に君と最後に別れた場所、今回そこにいるのは俺とリカルド。そして、そんな俺たちを見送りに来てくれた尚弥が居た。
懐かしい場所……俺は再びここからロンドンへ発とうとしているのだ。あの約束をした場所で、その約束を守る為に……
「それじゃあ、また」
「あぁ、尚弥も元気でね。今度はいつ会えるのかな……」
その返事は、いつ正式に帰国できるか解からないという事を匂わせるものとなっていた。しかし、そんな俺の心情は尚弥にもちゃんと伝わっている。
『ルイ、そろそろ行きましょうか〜』
『あぁ、わかったよ』
先ほどの嘘のサプライズで、一気にご機嫌になったリカルドの呼びかけに返事をしては尚弥へと視線を戻す。
「槻岡さんの事だけどね……彼女は活き活き頑張っているよ。それだけは、言っておこうと思って」
「あぁ、ありがとう。おかげで安心できたよ」
尚弥のささやかな情報に礼を言っては笑みを浮かべる。そして、足元に置いていた荷物を手にしてその場から離れる準備をする。リカルドも尚弥と握手を交わしては一言二言何かを言っていた。そんなリカルドに、尚弥も笑みを浮かべながら言葉を交わす。
そして、最後に俺も尚弥と握手を交わす……次にこうして会えるのは、いつになるかは本当に解からない。その時というのは、俺が君と再会したときになるのだから……
尚弥に別れを告げて、俺とリカルドはその場所を後にした……
再び、俺はロンドンへと向かうのだ。