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Chain146 敏感になりつつある足音


 皆が俺の事を知らない以上に、俺は皆の成長を知らない……



 『へぇ〜、ロンドンでも日本と同じようなランキングがあるんだね〜』

 『……そのようだね』


 今日は二人とも完全オフだった為、久しぶりにこうしてリビングでココアを飲みながら昨夜リカルドが買ってきた雑誌を見ていた。

 そして、その雑誌で特集されていた記事を目にしては驚きながらも笑みを見せる俺と、それに対して不満顔を見せるリカルド。

 その雑誌はロンドンの女学生をターゲットにしたもので、常に俳優やモデルなどを特集にしている。“K2”のスタッフとして、そして一モデルとしてそんな彼女たちの声を気にしているリカルドは毎月その雑誌を購入していた。


 そして、今月号には熱心な読者でもあるリカルドを落ち込ませる事態が起きていた。

 『リカルドが今まで俺には内緒で一人で満足していたからだよ〜。ダメだね、天狗になっていたら』

 『テング? 何だそれは!』

 意味の解からない言葉にも過敏に反応するリカルドだが、それくらい今回の出来事がショックだったのであろう……。

 そんなリカルドがここまで動揺する原因にもなったこの雑誌で取り上げられてたのは、大好きな俳優・歌手・モデルランキングだった。

 そのランキングは一年に二回行われていて今年で十回目だったのだが、過去九回はモデル部門においてリカルドが一位を獲得していた。

 そして、ランキングの中には俺の名前もあったのだが自分よりも下位である事に満足をしていたという醜さを曝け出していたという。しかし、徐々に自分に近付きつつある俺の名前に不安を見せていた今回、とうとう俺が逆転してしまった訳だ。


 『リカルド〜、お前がこんな雑誌を買っていたなんて知らなかったよ』

 『……俺が唯一心の拠り所にしていましたから』


 雑誌を見て落ち込んでいたリカルドに声を掛けた時、慌てて雑誌を隠そうとしていたので無理やり奪い取って今回の事が明らかになった。


 『それにしても、リカルドが俺をそこまで意識しているとは思わなかったよ』

 『まぁね……今のアンタは初めて会った時からはだいぶ成長しましたから』


 “No.1 RUI No.2 Ricardo”の文字を見ながらリカルドに告げると、リカルドは自分の胸の内を明かしていった。

 『アンタと初めて会った時はまだ中学生で、日本あっちでもそんなに目立つモデルではなかったのに。それが徐々に力を発揮したかと思えば、ロンドンで見事に開花するんだもんなぁ……』

 ロンドンにやって来てから二年間のブランクがあったのに……聞き取りにくいくらい小声で呟くリカルドに、俺は呆れながら見ていた雑誌を閉じてリカルドが座るソファに投げる。

 『アンタはそう思っていたかもしれないけどね、俺はモデルとしてではアンタの事を尊敬していましたよ』

 『……何?』

 俺の一言に、落ち込んで俯いていたリカルドはその顔を上げてこちらを見る。そんなリカルドの向かいに座ってココアを一口飲むと、さらに話を続ける。

 『アンタと初めて会った時、俺はアンタの知名度をK2や真琴さんから聞いてショックを受けたよ。モデルを始めた年も年齢もそんなに変わらない……ただ、場所が違うだけなのにアンタは既に頂上近くまで上っていたんだ』

 俺の名前は当時は海外で無名に近かったのに、逆にリカルドの名前は日本でも十分広まっていた。既に数ブランドの看板モデルにもなっていたし、一つの年の差など思わせないくらい大人の雰囲気を見せていた。


 いつの時かロンドンへやってきた時、どこを見てもリカルドの顔があった事で俺もいつかはそうなりたいと彼を目標にしていた。

 普段はK2と一緒に馬鹿みたいな事をしているが、モデルとしてではそんな彼をずっと尊敬していたのだ……


 そういった俺の胸の内をリカルドに淡々と言い聞かせるが、その間リカルドはただ黙って聞いていた。いつもは煩い彼も、真面目な話を前にすると黙って聞いているのだ。

 『さっきはさぁ、ちょっとした意地悪で君を超えて上位に上がった事を自慢したけど……本当はこういったランキングは気にしていないよ。俺は、ちゃんと自分の実力でアンタを超えたいのだから』

 『気にしていない……? それ、本当?』

 当たり前でしょ……子供みたいに尋ねてくるリカルドにそう返事すると、リカルドは再び俯いてしまい無言になってしまった。

 何だ……いい年してまだ落ち込んでいるのか。そう思ってリカルドに手を差し伸べようとしたその時だった。


 『ふふ……フフフフフフフフフのフフフ!』


 その奇妙なリカルドの笑い声に、伸ばした手を止めては引っ込めてしまう。そして、恐る恐るリカルドの方を見ると……


 『そうか! 気にしていないか! それじゃあ、今回の勝負は無効だな!』

 そう言って立ち上がったリカルドの表情は、先ほどまでの落ち込み様は綺麗に消えていて俺が知っている傲慢なものになっていた。

 そんなリカルドの単純で素早い変わり様に、俺はさっきまでの自分の言葉を撤回したい気持ちで呆れていた。しかし、リカルドはそんな俺の事など構う事無く、声高々に笑っている。

 『そうか! ルイはこの俺の事を尊敬しているのか!』

 どんどん敬え敬えと高笑いしているリカルドを置いて、キッチンへ移動したその時だった……。


 パタパタパタ……


 外から少し大きめの足音が近付いてきた事に過敏に反応してしまい、思わず玄関へと走っていく。そして、ドアを開けると……


 『あら。おはよう、ルイ! 今日はオフなの?』

 そこに居たのは、隣に住んでいるおばさんだった。勢いよくドアが開いた事に驚きを見せていたおばさんに、俺は咄嗟に笑みを見せると

 『おはよう。あぁ、今日はリカルドと一緒でオフなんだ』

 『そう。いい一日をね』

 挨拶をして隣の家に入って行ったおばさんを見送ってからドアを閉める。そんな俺は、ドアにもたれてそのままずるずると体を落としていった。

 『ルイ?』

 そんな俺の元へ、リカルドがやって来ては声を掛けてくる。そんな声に応える事無く、今度は俺が俯いていた。


 この部屋に近付いてくる女性の足音……この音に敏感になったのはいつからだろうか。俺はこの足音が聞こえるたびに、こうして慌てて玄関の扉を開けてはその主を確認していた。

 デリバリースタッフに同じマンションの住人……こうしてドアにもたれて俯くのはこれで何度目だろう。そんな俺の奇行に、リカルドも変に思っているのではないか。

 『ルイ……お前、これで何度目だ? 一体、何を待っているんだ?』

 『……奇跡だよ』

 『奇跡?』

 そう……奇跡。ロンドンへやって来て五年目になろうとしていた今、そろそろやって来るのではないかと思ってはこうしてドアを開けていた。

 やって来る奇跡……夏海という奇跡が。


 “魅力的な女になってロンドンへ行くから”


 その約束を君は覚えているだろうか? 俺は少しも霞む事無く今でも鮮明に覚えている。覚えて覚えて、今でもこうして君の来訪を心待ちにしていた。

 君は今、何をしている? 約束通り魅力的な女性になっているのだろうか……そして、いつその姿を見せに来てくれる?


 変な意地なのか、決してこちらから連絡しようとは思わなかった……。



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