Chain145 俺の知らない君が増えていく
ロンドンにやって来て四年の時が流れた。その間、俺には様々な出来事があったが、当然同じくらい君にも様々な事があったに違いない。
嬉しい事や哀しい事、辛かった事などたくさんある中、その隣に自分の姿が無かった事は正直寂しいと感じていた……
俺が日本を離れて四年……彼らに告げた約束の三年を軽く一年過ぎていた。
そんな中に届いた尚弥の結婚を知らせる一枚のポストカードは、俺が知らない彼らの四年という時間を痛感して何だか寂しい気持ちにさせた。
四年は長い……俺が重ねてきた四年の間には、酒や煙草に溺れて自分を見失っていたり綾子サンとの再会、モデルと学生を兼ねての生活など様々な出来事があった。
その間に、メンバーたちには何があったのだろうか……たまに送られてくる尚弥からのメールでそれらを知る事はあったが、俺自身が実際に見ていることでは無いからそれらを実感する事は出来ない。そして、君の事に至っては……約束をしたから何も知らないでいるのだ……。
大学を卒業した後、一体どんな職業に就いたのか。暁生さんたちが帰国した事は知っているが、今は家族三人でどんな風に過ごしているのか……。
君の隣には、俺ではない男性がいるのではないか……そう考えてしまう。
メンバーの中で、ちゃんとした情報を知る事が出来たのは伊織の事だけだった。何故なら……
『琉依〜! ほら、見てみろ!』
考え事をしていた俺の元に、K2が雑誌を持って走ってきた。“K2”のスタッフに正式に加入した俺は、モデルの仕事もしながらオフの時はこうしてデスクワークに専念していた。
そんな俺のデスクまでやって来たK2は、持っていた雑誌を広げてそこに掲載されている記事を見せてくる。
『あっ、また載ってるじゃん』
『そうなんだよ〜! やっぱりアイツは才能あるわ』
そう言ってK2が褒めたおすそこには、“Shiryu”というブランド名と共に一人のデザイナーのインタビューが掲載されていた。
そのデザイナーの名前は『鷹司紫柳』……本名は東條伊織で、俺の親友の事だった。
日本人デザイナーである事を生かして、自分のデザインのテーマを“和”にしている伊織の作品はK2も高く評価していた。
そんな伊織は、デザイナー名とブランド名にかつて自分が舞台に立っていた時の名前でもある“鷹司紫柳”を使っていた。
尚弥曰く、夢に負けてはいたけれど日舞も好きだったからという理由でこの名前を使ったそうだ。長年付き合ってきたこの名前も自分の一部である事には違いない……その存在をこれからは別の舞台で使いたいと、ご両親に頭を下げてまで頼んだらしい。
しばらく冷戦状態だった親父さんは、伊織の熱意にとうとう負けてしまったのか伊織の進路も“鷹司”の名前を使用する事も許したらしい。伊織の新たな道に、これまで舞台での伊織のファンだったオバサンたちも変わりなく応援してくれているそうだ。
伊織もそんなオバサン達の声に応えるよう、作品に彼女たちの年代向けの物も展開していっている。アイツは昔からオバサン達の心を掴む事を得意にしていたからなぁ……。
俺が知っている伊織は梓ラブのオカマだったからなぁ……それが今ではこうして海外の雑誌でも取り上げられるくらい注目を浴びている。
時の流れは恐ろしい……そう感じる日々だった。
『ほら、見て見て! ここの回答!』
K2が指している欄を見ると、そこには伊織の憧れの人物という質問に対して“K2”と答えているものだった。嬉しそうにその記事を見るK2を、何だか子供みたいだと思わず感じてしまった。
尚弥は、結婚式のポストカードを送ってくれてから色々メールでやり取りをしているが、後に彼が既に“パパ”であると判明した。そして、その事で伊織や渉にもからかわれたと愚痴をこぼしていた。
この尚弥も俺が知らない間に変わったと思う……俺が初めて出会った時は、とてもまじめで俺みたいな人間を苦手としているのがとても見ていて解かった。そして、君によってメンバーと親しくなっていくうちにその警戒心も解けていったっけ。
それでも、俺が日本を発つ時にはまだ真面目さが残っていた尚弥が、今ではパパになっているわ明るい性格になって愚痴を溢すわで人間の変化に驚きを隠せない。
伊織と尚弥だけでこんなにも驚くのだ……他のメンバー全員の変化を知った時、俺はどんな反応を見せるのだろうか。
自分の仕事もまだ安定していない今はまだ日本に帰るわけにはいかないが、それでも俺は日本に帰った時の楽しみを心に秘めていた。
そして、その時には君が傍に居てくれる……そんな理想も一緒に抱く。
こんにちは、山口維音です。
これも恋の始まり?シリーズ第五弾も、とうとう百五十話を超えましたが、とうとう完結が間近に迫ってきました。今回の話から半年後……とうとう二人の再会が叶う時が来ます。