Chain141 違和感2
何の為にロンドンへやって来たのか……
それを思えば、これから俺が取るべき行動は簡単に判断できた……
自室に入って携帯を片手にしてから数分して、俺はデスクの奥にしまっていた綾子サンの連絡先が書かれた紙を取り出す。
そこに書かれている番号に掛けて呼び出し音を聴きながら、これから言うべきであろう言葉を整理する。
こんな風に彼女に連絡を取るのは何年ぶりの事だろうか……。かつては心を躍らせたり辛い想いを抱きながら掛けていた貴女への連絡を、今の俺はこれまでに無い複雑な心境で取っていた。
〜♪――ッ
しかし、流れていた呼び出し音が突然切れたかと思うと、そこから留守電に繋がってしまった。時間は昼時……今日は仕事だったのだろうか……。
普段から留守電にメッセージを残すという習慣を身に付けていなかった俺は、思わずそのまま何も残さずに電話を切ってしまった。
もう一度掛けようか……そう思ったが、わざわざメッセージを残さなくてもいいかと携帯をベッドの上に放置する。
メッセージを残しようにも、今の俺には数秒でまとめられるような言葉が見つからなかった。履歴は残る……彼女から連絡が来る時まで、俺はその言葉をまとめる猶予とした。
『ルイ! 今日の夕飯は何がいい? 俺様が今から買出しに行ってくるから〜』
ベッドに横になった俺の部屋に、リカルドがドアを開けて声を掛けてくる。しかし、そう言ってもさっきランチを摂ったばかりの俺には、夕飯の事まで考えられなかった。
『ん〜。ランチが日本食だったから、今度はイタリアンがいいかな。パスタはやめてね』
考えるのも面倒だった俺は適当にそう答えると、リカルドは了解と言ってはそのまま外出した。
そして静かになる部屋……そんな中、俺は放置していた携帯を取ってもう一度綾子サンの携帯に掛ける。
もちろん、さっきの発信から数分しか経っていないので今回も先ほどと同じ留守電のアナウンスが流れる。
僅かな時間の間に伝えられる言葉……思いつく言葉を、俺は一方的に告げる。
「琉依です。貴女に伝えたい事があるので、時間がある時に連絡下さい」
ピッ……
僅かな時間の間に言いたい事を告げる……何だ、思ったよりも簡単な事ではないか。あっという間に済んだ出来事に、俺はため息をついては再び横になる。
彼女は連絡をくれるだろうか……そう思いつつ携帯を今度は離さず目を閉じた。
―――――−
『さぁ! リック特製のディナーだ! ルイのリクエストに応えて、心を込めて作りました〜』
召し上がれ! そう言って俺の前に出されたのは、リカルド特製の……
『リカルド……これのどこが、俺のリクエストに応えたイタリアンなんだ?』
本来なら必要な筈のナイフとフォークではなく、ランチの時と同じく箸を持ってテーブルに所狭しと並べられたモノを指す。
『これ? ルイがパスタは嫌だって言うから、ちゃんと避けて作ったものですよ』
『俺はパスタ以外のイタリアンだと言ったんだ! それなのに……』
それなのに、俺の目の前に並べてあったものは色鮮やかなイタリアンではなく、まぁ地味な色が揃いに揃った日本食たち。肉じゃがに吸い物に和え物……その他にも数種ある見慣れた食卓に俺は呆れながらリカルドに問う。
『お前……結局は自分の作りたいものを作ってるじゃないか!』
『あっ、お前は馬鹿だな〜。俺たちモデルにとって体調管理は必須! メシも日本食が一番バランスの取れた栄養を摂取できるんだぞ!』
だから、それって全然俺の問いの答えになっていないし……呆れながらも俺は出された肉じゃがに箸を進める。
栄養摂取って、そこまで言うなら本当に料理の道に進めばいいのに……そう思いながらも口に運んだ肉じゃがは、やはり美味しかったのだ。
『ったく……明日は、俺が作るからな』
『あっ、イタリアンとフレンチと中華以外でお願いします〜』
遠まわしで日本食がいいと言っているリカルドを一度睨んだが、再び食事を再開する。それから何気なく始まったリカルドとの食事中のいつもの会話は、待ち続けた結果未だに来ていない綾子サンからの連絡の事も頭の隅のほうに移るほど盛り上がった。
しかし……彼女はそんないい加減な女性ではない……。
〜♪
『あれ? ルイ、部屋から携帯の着信音が聴こえるぞ』
先に気付いたリカルドによって、俺の耳にもその呼び出しが聴こえてきた。丁度、食事も終えたところだったので、俺は食器をキッチンまで持って行ってから急いで部屋へと戻った。
バンッ!
少々手荒にドアを閉めると、ベッドに置いていた携帯を手にする。ディスプレイに表示されているのは、やはり綾子サンの電話番号。そして、一呼吸置いてから通話のキーを押す。
「もしもしっ」
“琉依クン? ごめんね、せっかく連絡くれたのに遅くなって……”
仕事が終わったばかりなのか、電話の向こうでは綾子サンの声のほかにも車が走る音や人の声など騒音も一緒に聞こえてくる。
“ごめん。今仕事終わったばかりで、まだ外にいるのよ。だから、ちょっとうるさいでしょう?”
「えっ? いや、そんなのいいよ。こっちこそごめんね。忙しい時に電話しちゃって」
そんなの気にしなくていいのに……電話の向こうから聞こえてくる綾子サンの声は、とても明るく活き活きしていた。
そんな彼女の声質を、今から言う言葉でどう変わってしまうのだろうか……。
“それで? 話って何かな〜。何なら、今からマンションに来る?”
「えっ? でも、疲れていない?」
“いいのよ、そんなの。じゃあ、マンションの下に着いたら連絡して? ドアを開けるから〜”
えっ……?
じゃあねと言って切られた通話。向こうからはツーツーという無機質な音が聞こえる中、俺は綾子サンが最後に言った言葉に違和感を覚えた。
だって……ねぇ?