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Chain139 嘘で隠される嘘


 君が好き……


 その気持ちは嘘じゃないのに、俺は目の前の快楽に溺れようとしている。



 「それじゃあ、保護者がうるさいから帰るね」


 こう言っている今でも、持っている携帯からはしつこく着信音が流れていた。ディスプレイを見なくても解かる……同居人のリカルドからに違いない。


 「うん。あっ、そうだ……」


 そう言って綾子サンは傍にある棚からカードを取ると、それを俺の手をとってはその上に乗せた。

 「合鍵……?」

 「前と……一緒ね」

 そう言っては微笑む綾子サン。過去は繰り返す……俺の中で、再びそのフレーズが蘇って来る。そんな思いを胸に、俺はそのカードをポケットに入れると綾子サンに軽くキスしてマンションを後にする。


 明け方のまだほんのり薄暗い道は、通行人も少なくとても静かで心地よかった。ひんやりとした空気は、未だ火照る体を気持ちよく冷やし熱を下げていく。

 ふと立ち止まった俺の前には、昨日再会した場所でもある俺が大きく写っているパネルがあった。

 そんなパネルのすぐ前まで近付くと、そこへ手を当てては昨日の出来事を思い返す。


 “どうして、此処に貴方がいるの!”


 それは……俺の台詞だよ。どうして、此処に貴女がいるのか。今でも一宮高校で養護医をしていると思っていたのに、何の偶然か貴女も俺と同じくロンドンへ移住していたなんて……。


 「偶然……?」


 運命とでも言いたいのか? いや、偶然だ。運命などあるはずが無い。

 しかし、此処で再会しなければ俺は想いが再燃する事は無かった。そして、貴女も……俺と会わなければロンドンで大好きな仕事に専念できたのに。

 後悔……? いや、後悔などしていない。偶然であっても、一度再会して熱を帯びた心はもう元には戻らないのだ。


 俺の中に……まだ君は生きている? 君を傷つけたり自分を狂わす……果てにはロンドンへ行く程、君を愛していた。それなのに、たった一度の過去の女性との再会がそれをさらに狂わせる。

 そして、それは貴女も狂わせていく。俺には自分ではない別の女性が居るという事を知っているのに、構わず俺を求める……。潔癖な性格の綾子サンを俺が悪い方へと歪ませているのだ。


 ロンドンでの新たなる分かれ道……今、俺が進むべき道はどっちなのか……



 ―――――



 『お・か・え・り!』

 『た・だ・い・ま!』


 玄関の扉を開けたそこには、仁王立ちで俺の帰りを待ち受けるリカルドがいた。寝ていないのだろうか、たまにその目を細くさせつつあるリカルドは俺を中へ入れた後、リビングへと連れて行く。


 『それで? 昨夜はどこの誰の家に居たのかな?』


 リビングのソファに座ってコーヒーを口にしてからリカルドが問いかけてくる。疑いの眼差しを見せるリカルド……もしかしたら綾子サンとの事を疑っているのかもしれない。

 君とも親しいリカルドにだけは……ばれる訳にはいかない。


 『家? 俺は昼から買い物に行って、それから映画を観てからさっきまでバーで飲んでいたんだよ』


 そう言って傍に置いていた大量の紙袋を見せる。買い物までは本当の事で、後は適当に嘘を並べて答える。

 リカルドはそんな俺の答えを聞くと、厳しいものだった目つきを緩めてため息をつく。そして、キッチンへ行ってタオルをぬらして持って来てはそれを俺に渡す。


 『まったく……徹夜はするなよ。お前もプロのモデルなんだから、商売道具でもある顔は大事にしろ』


 そう言うリカルドに手を挙げて礼を言うと、濡れタオルを少し赤くなっている目に当てる。あぁ、今日から撮影が入っていたんだ……綾子サンとの情事は、そんな事も忘れてしまう程衝撃的だった。


 『……間に合うかな〜』

 『そのひどい目か? さぁ、どうだろうね〜』


 ケラケラ笑いながら答えるリカルドは、自室に入って着替えの準備を始める。


 間に合う……この目の事ではない。俺の今の状況の事だった。

 愛する君を守りたくてロンドンへやって来たのに、そこで再会してしまった過去の女性。その衝撃的な再会に駆られて再び熱を帯び始めた二人の心。

 それを鎮めるとしたら……もう今しかないのだ。

 君への想いを貫き通すか……それとも、綾子サンを選ぶか。今なら、まだその分かれ道の手前なのだから間に合うのだ……。


 『リカルド〜、俺って酷い奴だよね』


 着替えているリカルドに声を掛ける。以前、似たような質問を当時の仲間にした事を思い出す。その時の彼の答えは……


 “情けないというよりかは、女にだらしないよね……”


 過去に言われた事なのに、今の俺にもピッタリと当てはまる。そんな事を考えると、思わず笑みもこぼれる。


 『酷いって言うか……馬鹿だって思う事もあるね』


 それはキツイな……そう笑いながら答える俺だが、確かにリカルドの言う通りだった。俺は当てていたタオルを置くと、部屋に戻って着替え始める。


 俺に与えられた昔の言葉と今の言葉……この二つは、バカな道に進もうとしている俺の心を確実に刺していた。



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