Chain138 隠れて行われる情事
キスして抱きしめて……そして、再びキス。
幾度と無く繰り返される行為の果てに、貴女は俺の手を引く……
いつの間にか舞い始めた雪を道行く人々が見ている中、足を止める事なく歩く俺たち。
その間、一度たりとも離す事の無かった手は、先ほどよりも一層力を込めてお互いを繋ぎ合わせる。
誰にも切り離せない……鎖のように二人は繋がっている。
心も体も……何もかも……
――――
「ここは……」
しばらく歩いた末に辿り着いたのは、賑やかだった通りとは真逆で静まり返った住宅街の中に建つマンションの前だった。
「ねぇ、あや……」
何も答えない綾子サンに再度問おうとした俺の唇に軽く口付けては黙らせると、綾子サンは再びマンション内へと歩き始めた。
オートロックのエントランスからエレベーターに乗って七階のボタンを押す綾子サン。その間も、片手はしっかりと俺の手を握って離さない。
七階で止まったエレベーターの扉が完全に開くのを待たずに、綾子サンは俺の手を引いて抜け出す。
俺が知っている綾子サンは、自分よりも年上というせいか落ち着いていて穏やかな性格をしていた。
しかし、今目の前にいる綾子サンは、そんな事など構う事無く焦りを見せている。落ち着きを忘れては一心不乱に行動する……長い時間はそんな一面すらも作り上げてしまうものなのか。
そして、ある一室の前で立ち止まった綾子サンは、バッグからカードを取り出す。そんな綾子サンから扉の傍にあるプレートへ視線を移すと、そこにはなんと“KAWASHIMA”と表示されたいたのだ。
「あ、綾子サン……ここって……」
ガチャッ
カードキーでドアを開けると、そのまま俺の手を引いて中へ入る。そして、俺が入ったのを確認すると、綾子サンは空いている手で扉を思い切り閉じる。
バタンッ!
「……っつ」
そして、静まり返る部屋の中では綾子サンの荒めの息遣いだけが聞こえてくる。
ハァ……ハァ……今まで見た事が無い綾子サンの意外な一面を目の当たりにして、俺はそんな綾子サンの頬に手を添える。
ゆっくりと近付く俺の手に気付いた綾子サンは自分でその手を頬へ運ぶ。そして、その温もりで俺が実際に自分の目の前に居る事を改めて実感しているのだ。
俺もそう……貴女の吐息一つで、貴女と一緒に居る事は夢ではないのだと感じられた。
そんな二人が最初にした事は同じ……お互いをもっと感じたいと再び抱擁しあう。大切な人……そう感じながら、俺は綾子サンを愛しく抱きしめる。
綾子サンもまた、俺の背に手を回しては離さないといった感じで強く抱きしめてきた。
そして……ゆっくり離れた後の互いから始めるキス。もう何度もしているそのキスは、二人だけの空間になった所為か一番熱く感じた。
目の前にいるのも頭の中に居るのも、綾子サンただ一人だけだった。僅かな隙間にも君の存在は無い……今の女性よりも、過去の女性の方が俺を狂わしていた。
「嬉しい……やっと二人だけになれた」
ゆっくり離れた後、まだお互いの顔が目の前にあるうちに告げられた綾子サンの言葉。その言葉に、俺は自然と笑みをこぼす。
貴女は知っている筈……俺には既に貴女ではない別の女性が居るということを。それでもこうして俺を放さないのは、そんな事など気にする事ではないと決め込んだのだろうか。
悪い女性……でもそれは俺も同じ事。いや、もっと悪いかもしれない。
結局、俺は君一筋にはなれなかったのだ。こうして何年も離れて過ごしていると、心の中に隙が出来てしまうのだ。
それはやがて広がっていき、果てには君の存在の方が小さくなっていく……久しぶりに出会った綾子サンとのキスは、それくらい力が強かったのだ。
嫌いで別れた訳ではない……そんな思いが俺を甘くさせる。甘くしては、想いの再燃を更に増幅させる。
誰も見ていない……綾子サンが連れてきた一室で、俺は存分に彼女一人だけを愛せる。誰も邪魔できない……遠い日本にいる君にも。
――――
「ここは、綾子サンの家なの?」
外は既に暗くなっている頃、ベッドの中で俺は自分の腕の中にいる綾子サンに問う。綾子サンはそんな俺の顔を見上げると笑みを浮かべて
「えぇ、そうなの。私ね、琉依クンが卒業した翌年にロンドンへ移住したのよ」
綾子サンの話では、高校の養護医をしていた時からインテリアに興味を持ち始めて海外で勉強をしたいと思っていたらしい。
そして、俺が卒業した翌年に高校を辞めて単身で渡英しては憧れの仕事の勉強を始めたそうだ。そんな綾子サンは、今では有名な店で働いているそうだ。
「……と言っても、まだアシスタントだけどね」
笑いながら話す綾子サンだったが、その表情はとても嬉しそうで活き活きしていた。あの絶望の眼を見せていたのが嘘のように、目の前にいる綾子サンはとても綺麗だった。
「琉依クンは?」
「えっ?」
「琉依クンはいつからロンドンにいるの?」
綾子サンの問いに、俺は本当の事を言うべきかどうか迷ったがいちいち君の事まで話す必要はないと決め込む。
「うん、二年前からこっちにやって来たんだ。モデルの仕事に本格的に専念したくて、大学も退学したんだ」
「まぁ、そうだったの」
大事なところを除いて作った嘘を言うと、綾子サンは素直に驚いては小さく手を叩いている。
それから俺たちは、五年の隙間を埋めるように夜通し話をした。
お互い何があったとか……たくさんある話は、時間が経つのも考えたくなかった。