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Chain135 忘れない存在


 変わらない貴女の声に、変わらない貴女の瞳……全てが俺を惑わせる。





 『今夜は俺がメシ当番〜♪ 得意の料理も〜今では作る相手が野郎一人〜♪』



 即興で作ったのだろうか、キッチンからはリカルドのヘッタクソな歌が菜箸を叩く音と共に聞こえて来る。そんな雑音を耳にしながら、俺はデスクワークをしていたのだが……


 “宇佐美クン……?”


 久しぶりに聞いたかつての自分を包んでくれた声。

 綾子サンの声を聞いた時、俺の周りの騒音が一切消えてしまったかのように、彼女の声は俺の全てを独占していた。

 振り返らなくても解った……五年や十年過ぎても俺の中では綺麗に残り続ける……


 『ルイ!』


 さっきの出来事を思い返しては考え事をしていた俺は、肩を掴んで叫ぶリカルドの声で我に返る。


 『な、何? メシ出来たのか?』

 『そうだよ! さっきから何回呼んだと思ってるのか』


 身に着けていたエプロンを脱ぎながらリカルドはぶつぶつと何かを呟いていた。


 『悪い悪い。考え事をしていたから、聞こえませんでしたよ』

 『……アヤコの事?』

 『はっ!?』


 今度ははっきりと聞こえたリカルドの言葉に、思わず俺は振り返っては慌てて立ち上がる。そんな俺の反応を見て、リカルドは溜め息をつく。


 『あ〜やっぱりルイもハマっちゃったのか。アヤコだけかと思っていたのになぁ』

 『ハマったって、何を言っているんだ?』


 とぼけちゃって……俺の問いにリカルドはそう答えながら、リビングへと戻っていく。そんな何かスッキリしないリカルドの態度に、少し不快感を覚えながらも俺もまたリビングへと移る。


 ―――――


 『……で、俺が彼女の何にハマっているって?』


 食事を終えた後、俺とリカルドはさっきの話題を掘り返しては話を始める。

 俺たちの決め事で、どんなに言いたい事があってもそれを食事の場には持ち込まない。何か言いたい事があれば、食事を終えてから討論する事と約束していた。

 そして、俺はこうしてリカルドを向かいに座らせては続けて口を開く。


 『彼女は言ったとおり、俺が高校生の時に付き合っていた女性だよ。もう、とうの昔にその関係は終わったんだ』

 『知ってるよ。だからナツミと付き合っているんだろ?』


 俺の説明などあまり聞く事無く、リカルドは好物の煎餅を食べながら答える。だから、知っているならいちいち何か引っかかるような事なんて言わなければいいのに……


 『俺が言ってるのはね、ルイのアヤコを見る時の眼が普通じゃなかったんだよ』

 『何、言ってるんだよ。普通じゃないって気味が悪い……』


 リカルドの前に置かれている煎餅の缶を、自分の方へ引き寄せて中身を物色しながら俺は答える。俺がそこから一枚取ったのを確認すると、リカルドはすぐにその缶を自分の方へと戻す。

 『気味が悪い? そうじゃないよ。ルイのアヤコを見る眼は、まるで愛しいものを見る眼だって言いたいの』


 バリ……リカルドの言葉に、俺はタイミング悪く煎餅を噛み砕く。その行為を動揺から来た物と捉えたのか、リカルドはさらに続ける。


 『ルイが今捕らわれているのは錯覚だよ。ほら、よくあるだろ? エレベーターの中で二人っきりの状態で長時間閉じ込められたら、お互いを意識してしまう状態』

 『はぁ……』


 エレベーターの中の男女の話と今の俺の話がどう重なっているのか解からないが、それでも俺はリカルドの話を聴く。

 『それと、異国の地で出会った男女が恋に落ちるっていうのもそうだ。それらはその時の状態が起こさせる錯覚に過ぎないんだ』

 『それが、一体何の……』

 『今のルイもそうだよ』

 今度はリカルドがバリッと煎餅を噛み砕いて俺と指差す。俺はふ〜っとため息をついてリカルドの頭を軽く叩く。

 『バカじゃない? 何が錯覚だよ、俺には関係の無いリカルドの勘違いだよ』

 そう言って俺は再び缶を自分の方へと引き寄せようと手を伸ばしたが、向かい側からリカルドが缶を掴んで動かさないよう阻止する。


 『そう? でも、アヤコは違うみたいだけ……』

 『それ! さっきから気になってたけど、アヤコアヤコって連呼するなよ! 名前じゃなく“彼女”って呼べよ。俺でも……』


 最後まで言う事無く、俺は暴走する口を慌てて自分の手で塞ぐ。そんな俺の仕草を見て、リカルドは缶を掴んでいた手を離してそれを軽く押してはこちらを見る。


 『“俺でも……”何?』


 冷静な声でそう聞かれた俺の手は、未だに自分の口を封じてそれ以上何も言うまいとしていた。


 “俺でも……”


 この言葉の後に言おうとした台詞……それを口にしたら完全に俺はリカルドの考えを肯定している事になる。

 しかし、リカルドにはもう俺の口から聞くことなど必要が無いのか、それ以上何も聞いては来なかった。


 『だから、言ったじゃん』


 ただその一言だけを呟いて、リカルドは煙草に火を点けた。そして、煙を吐き出すと俺をチラッと見て

 『アヤコ……いつまでロンドンにいるんだろうね。二度目の再会はあって欲しくないね』

 そう告げると、リカルドは俺を置いて自分の部屋へと戻っていった。


 次、会えばどうなる……? 二度目の再会……俺にとって過去の出来事が鮮明によみがえってきた。


 “もし、もしどこかで再び会う事があったら……そして、その時の俺の気持ちが固まっていたら俺はどんなことしても貴女を放さないから”


 かつて沖縄で言った言葉は、数日経った後に現実のものとなった。あの時の出来事と今がこうして重なっている……。

 あの時と同じで、俺は再び綾子サンと会う気がしていた。



 俺でも……


 “俺でも綾子って呼び捨てで呼びたいのを我慢しているんだよ”



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